エピソード22 Promise
そこにいたのは、三奈美だった。
「一ノ瀬さんちょっと、良いですか?」
思い当たる節があると言えばある。約束の話しだろう。
「あぁ、約束の話か?」
「はい…」
そう言うと三奈美は顔を赤らめて下を向いた。
「わかった」
そう言い俺は言われるがままに三奈美についていった。
連れてこられたのは静まり返った、静寂の限りである校舎裏だ。
「一ノ瀬さん、約束覚えてますか?」
「何か一つお願いを聞くって話だったな」
「はい、それでその…」
三奈美は先ほどよりさらに顔を真っ赤にしている。そして絞り出すように言った。
「目を…閉じてください」
そう言われて俺は目を閉じた。
何かが俺の頬に触れる。
頬に触れたのは、柔らかくて、あたたかい感触だった。
ほんの一瞬。
でも、その一瞬がやけに長く感じられる。
……え?
思考が、止まる。
遅れて、ふわりと甘い香りが鼻先をかすめた。
太陽に温められた髪の匂いと、ほのかなシャンプーの香り。
心臓が大きく跳ねる。
どくん、と。
そして──
耳元に、柔らかい吐息。
「……約束、守ってくれてありがとうございました」
小さな声。
震えているのに、不思議と芯がある。
俺はまだ目を閉じたまま。
開ける勇気が出ない。
さっきまで全校生徒の前で走っていたはずなのに、今は世界に俺と三奈美しかいないみたいだ。
距離が、近い。
近すぎる。
制服の袖が、かすかに触れ合う。
息が、混ざる。
「……今日、本気で走ってくれましたよね」
囁きが続く。
「逃げなかった」
胸の奥を、真っ直ぐ射抜かれた気がした。
「ずっと思ってたんです。一ノ瀬さんは、本当はもっと前に出られる人だって」
声が、少しだけ強くなる。
「だから今日、それをちゃんと見せてくれたのが……嬉しくて」
喉が鳴る。
言葉が出ない。
頭が真っ白だ。
三奈美は、学年のマドンナ。
近寄りがたい存在。
いつも誰かの中心にいる人。
そんな彼女が──
今、俺のすぐそばで、こんな声を出している。
「……私、ずっと前から決めてました」
耳元で、はっきりと。
覚悟のこもった声。
「ちゃんと伝えるって」
心臓がうるさい。
逃げ場がない。
でも、不思議と嫌じゃない。
指先に、柔らかい感触。
三奈美の手が、俺の手をそっと包む。
小さい。
でも、震えている。
緊張してるのは、俺だけじゃない。
それでも、離さない。
「……好きです」
世界が止まった。
風も。
遠くの歓声も。
全部、消える。
「ずっと前から」
握る力が、少し強くなる。
「目立たないふりしてるところも、全部知ってます」
心臓が、跳ねる。
「本当は誰よりも優しいことも」
喉が乾く。
「今日の走り、かっこよかったです。本当に」
静寂。
校舎裏の空気が、甘く重い。
ゆっくりと、目を開ける。
そこにいたのは。
頬を真っ赤に染めながらも、まっすぐ俺を見上げる三奈美。
逃げない瞳。
崇拝される側の顔じゃない。
一人の女の子の顔。
「……」
声が出ない。
本当に、何も。
思考が停止している。
三奈美が、少し困ったように笑う。
「思考、止まってますよね?」
図星すぎる。
なんとか口を開く。
「……急すぎる」
それだけ。
情けないくらい、それだけ。
でも三奈美は、安心したように微笑んだ。
「ですよね」
そして、ほんの少し距離を取る。
でも、手はまだ離さない。
「返事は、今じゃなくていいです」
静かで、優しい声。
「今日は、伝えるだけって決めてたので」
覚悟の顔。
逃げ道を与える強さ。
「ちゃんと考えてくれたら、それで嬉しいです」
そう言って、ふわりと笑う。
さっきまでの緊張が嘘みたいに、柔らかい笑顔。
でも、その奥には揺るがない想いがある。
「……逃げないでくださいね?」
少しだけ悪戯っぽく。
でも本気で。
心臓が、また強く打つ。
体育祭のゴールよりも。
さっきのキスよりも。
今の方が、ずっと。
甘くて。
熱くて。
逃げられない。
三奈美は一歩下がる。
「じゃあ、戻りましょうか」
何事もなかったみたいに歩き出す。
でも。
ほんの一瞬だけ、振り返る。
「今日の一ノ瀬さん、私だけのヒーローでしたよ」
完全に、とどめだった。
俺はその場に立ち尽くしたまま。
思考は、まだ戻らない。
体育祭は終わった。
三奈美ちゃん本気出してきましたね、最近投稿してなかったのは試験のせいです…でも終わったのでぼちぼちやっていきます。




