72 祖父と孫 4
戦いが終わりシーミンに近づく。
「野盗は殺すのか?」
「そうしてしまってもいいと思うけど、気になることを言っていたから拘束してからポーションを使うつもりよ」
「俺が戦った方も気になることを言っていたな」
話しながら野盗の持ち物を回収し拘束していく、急がないと出血死してしまう。
「そっちはなんて言っていたの?」
「ディフェリアを捕まえて、ようやく確保したと。最初から狙いはディフェリアみたいだった。そっちはどんなことを言っていたんだ」
「適応した成功例とかなんとか。二人の発言と、ディフェリアたちの話をまとめると行商人の仲間とみてよさそうね」
「どうもそうらしい。こいつらは少人数で行動してなくて、どこかの集団に所属しているみたいな感じがする」
「私もそう思う」
少なくとも例の行商人から情報を得て、動く少数の集団はいるよな。
野盗の持ち物に小瓶があるのを見て、パワーアップの件についても聞く。
「俺の戦っていた奴は薬でパワーアップしたんだけど、こっちはどうだった」
「なにか飲もうとしたから石を投げたりして邪魔したら飲めないままだったわ。パワーアップって具体的にはどんな感じだったの」
「筋力量が増えたように、体が少し大きくなった。頑丈さも上がっていた。ただ技量は俺と似たものだったから、身体能力を生かせてなかったな」
「パワーアップの薬……すぐに効果が出たのだから魔法薬の一種よね」
「護符を使わず薬を飲んだってことは、護符を上回る効果があるのかも」
「そういった薬の存在を聞いたことはないのよね。薬作りの専門家なら知っているのかもしれないけど」
小瓶を薬師に分析してもらったら判明するかな。
話しているうちに拘束が終わり、使用期限が迫っているポーションを野盗の傷に少量振りかける。傷口は塞がったが、暴れたら開くかもしれない。
目が覚めてもおとなしくさせるためわざと少量のみをふりかけたと、シーミンが説明してくれる。
「拘束は終わったし、デッサも怪我を治療しなさいな。赤いところが顔とかにあるわよ」
「そうするよ」
ポーションは荷物の中だから今すぐには無理だけどね。
野盗を二人で抱えて、馬車に戻り、近くにいる馬も回収する。
御者さんに怪我の有無を確認し、野盗たちの拘束を再度確認して、猿轡を噛ませて、目も塞いで荷台に入れる。
「ローガスさんは馬に乗れる?」
シーミンに聞かれてローガスさんは頷く。
「だったらディフェリアを乗せて町まで移動してちょうだい」
「わかった」
「デッサは馬に乗れる?」
「無理」
「だったら私が乗るわ。デッサは御者台に乗るか、私の後ろに乗るか決めてちょうだいな」
「どっちでもいいけど、乗馬の練習になるかもしれないし後ろに乗らせてもらうよ」
「ん、了解」
「鎧は脱いでいた方がいいかな」
シーミンは少しだけ考えて、休憩を入れればどうにかなると結論づけて、そのままでいいと言ってくる。
「あの二人の仲間が襲いかかってこないとも言い切れないっていう理由もあるし」
「いると思う?」
「現状なんのアクションもないから、いない可能性の方が高い。でも念のためにね」
そういうことなら武具はそのままでいいか。
シーミンが馬の背に乗り、差し出してきた手をとって俺もシーミンの後ろに乗る。
ローガスさんたちも馬に乗っていて、いつでも出発できる。
それを見た御者さんが馬に合図を送り、馬車が動き出す。
ミストーレへの道を休憩を入れつつ、その休憩中に乗馬の練習をしてたりして、夕暮れに到着した。
ミストーレに入る手前の馬宿で俺たちは止まる。
そこで御者さんとはお別れだ。
御者さんに礼を言い、野盗二人を下ろす。拘束された二人へと周囲の視線が注がれる。
野盗たちは目を覚ましていたようで、なにか言っていたが猿轡のせいで明瞭な発言ではなく聞き取れなかった。
地面に下ろされた二人は、もがいて逃げ出そうとしたが、拘束がしっかりしているためできなかった。
荷車に荷物を入れて、シーミンがそれを引いて、俺は野盗の首元を掴んで引きずる。
もう一人の野盗はローガスさんが引きずっている。
野盗たちが乗っていた馬は御者さんの伝手で一時的に預かってもらうことになっている。今回の出来事の証拠として調べたあとは、売却されて俺たち四人の収入になる。怪我もなく、健康状態も良いので、それなりの値段になるだろうということだった。
御者さんと別れて、兵たちに近づく。
シーミンは話がスムーズに行くようにと言って、荷車と一緒に少し離れたところで待機している。
「その二人はどうして縛られているんだ?」
「野盗ですね。数時間前に街道で襲われました。ただしなんらかの狙いがあるようで、野盗のふりをしているだけだったかもしれません」
「狙いというと?」
「わしの孫を狙っていたんだ。馬車の荷物には見向きもせず、この子の誘拐を優先していた。二人が発した言葉も、ただの野盗ではないと示していると思う」
「その子はなにか狙われる事情でもあるのだろうか」
「ある、といえるだけの事情はある」
「襲われたときのことや事情とやらを、詰所で聞かせてもらいたいがかまわないか?」
「襲われたときタナトスの一族も一緒だったんだが、あの子も連れてきた方がいいのか?」
ローガスさんの発言に兵は一瞬動きを止めたが、すぐに頷いた。
「連れてくるので、これをお願いします」
野盗の一人を渡して、シーミンに事情聴取が行われることを伝える。
シーミンと一緒に兵のところに戻り、全員で詰所まで移動する。
野盗はとりあえず、身体検査ののち地下牢へと連れていかれた。野盗が持っていた荷物も兵に渡してある。
俺たちは応接室に通されて、そこで襲撃とディフェリアの事情について話すことになる。
兵たちは調書をとりながら一通りの話を聞いて、溜息を吐く。
「えらいめにあったな。事情は把握した。あの二人がその行商人と関係しているのかも聞き出すことにしよう。とりあえず今日のところは終わりだ。わかったことがあれば伝えたい、どこに宿をとっているか教えてくれないか」
「わしらは到着したばかりでまだ宿をとっておらん。タナトスの一族が住んでいる場所に近い宿をとるだろう」
「そうか、だったら明日にでも宿について知らせてくれると助かる」
ローガスさんが頷いて、話は終わりになった。
詰所から出て、歩きながらローガスさんと話す。
「結局、ミストーレに滞在ということですかね」
「ああ、あの野盗たちから情報を得たい。行商人と繋がりがあるなら、わしらの行動はどこまで筒抜けになっていたのか知っておきたい」
国内にいるかぎり行動を把握されているなら、国外に出ることも検討するとローガスさんは言う。
「滞在ついでにディフェリアを見てくれる医者を探すとするさ」
みつかるといいな。ギルドを頼れば協力してくれるかも。
宿に向かうローガスたちと別れる。俺たちは教会に行って、ハスファに帰ってきたことを伝えるつもりなのだ。
ディフェリアは何度も振り返りつつ、祖父と手をつないで去っていく。
道を歩く人たちの中に消えた二人を見送って、俺たちも教会に向かう。
聖堂に入って、そこにいたシスターにハスファを呼んでもらう。
「二人ともおかえりなさい!」
俺たちを見てほっとしたような表情になったあと近づいてきて、嬉しそうにおかえりと言ってくれる。
こうして出迎えてくれる人がいるのはありがたいね。帰ってきたんだって気にさせられる。
俺もシーミンもただいまと返す。
「大きな怪我はないみたいでよかった」
「中ダンジョンは順調だったよ。帰り道で野盗に襲われたけど」
「人数が少なかったからなんとかなったけどね」
「街道に野盗が出たんですか。珍しいですね」
「ただの野盗じゃなかったみたい。一緒に行動していた人たちを狙っていたようだから、野盗を装った別のなにかかも」
「その人たちは無事なんですか」
「大丈夫、大きな怪我はないよ」
「よかった。野盗はどうなりました?」
兵に突き出して任せたと答えると、ハスファはうんうんと頷く。
「兵たちならなんとかしてくれますね。中ダンジョンの行き来でなにかあったのか、もう少し聞かせてください」
「俺たちは大丈夫だけど、ハスファは仕事終わったの?」
「大丈夫です」
そういうことならと三人で長椅子に座って、もう少し話すことにする。
「俺たちが出ている間に、町ではなにかあった?」
「特にこれといったことはありませんでしたよ」
「長く留守にしたわけじゃないし、そうそうおかしなことなんて起きないわ」
シーミンの発言にハスファが頷く。
「そりゃそうか。だったらいつもとそう変わらない毎日だったんだな」
「祭りの準備を少しずつ進めていたので、いつも通りとはまた違った日々でした」
「祭り?」
「あと二ヶ月もせずに収穫祭ですよ」
あー、そんな時期か。
デッサの記憶が刺激される。収穫祭はいつもより多く食べられたから嬉しかったらしい。
村で行う祭りだから大きくやるようなものじゃないけど、それでも楽しかった思い出があったみたいだ。
「収穫祭ってことは地の神ゴルトークがメインか。ほかの神の信者は手伝いかな」
「はい、そうですね」
「ハスファたちミレインの信者は年末がメインなのよ」
「そうなのか。どういったことをするのかわからないな」
「その年に死んだ人たちが安らかに眠れるように祈りを捧げるんですよ。そして年が明けると、朝の神エンテ様の信者たちがその年に生まれてくる命が無事に育つことを願うという感じです」
「年末は町中が静かになってそうだ」
「昼はそうでもないけど、夜はいつもより静かですね。そんな中を私たちが鎮魂の鈴を鳴らしながら歩きます」
「ほとんどの店が日暮れ頃には店じまいするの。そして寝る頃に鎮魂の鈴を聞きながら寝るのが、年末の夜の過ごし方」
年末の風物詩か。日本の除夜の鐘みたいなもんだな。
「年末はわかったけど、収穫祭はどんな感じなんだろう? ミストーレはあまり農業が盛んというわけじゃないだろう?」
大ダンジョンからたくさん魔晶の欠片が得られるから、それを収穫しているともいえるかな。
「周辺の村から収穫物が持ち寄られて、騒ぐ感じかしら。農村の人たちは教会に祈りを捧げにいくけど、町の人たちは感謝よりも楽しむことがメインだと思う」
「そうですね。その認識で間違いありません」
「そういった騒ぎのおかげで、私たちタナトスの一族も楽しめるのはありがたいの」
タナトスの人たちも楽しめるのか。人々の視線を避けて祭りの日も家で過ごすものかと。
そういった意外だという表情をシーミンは見抜いたようで苦笑を浮かべた。
「祭りを楽しむという雰囲気が町を満たすことで、私たちの雰囲気を打ち消してくれるのよ。この髪を見て身構える人はいるけど、雰囲気が感じ取りにくいから対応もいつもより柔らかくなる。町を歩いていても避けられることはほとんどないの」
「町の住民が陽気な雰囲気になって町中を満たしてようやく、その気配が抑えられるのか」
町の人口はタナトスの一族の何倍だろうな。それだけの数が必要になるくらいには、タナトスの一族が放つ気配は厄介なものなんだな。
「教会では農家の人たちの対応をすることになっていて、町中では市が開かれたり、芸人があちこちで芸を披露したり、芸の大会が行われます」
「冒険者に関わるものなら、力試しの大会が開かれるのよ。国外からも挑戦者がやってきて、大陸東部で一番が決められるとも言われる規模の大会なの。祭りの前から予選が行われて、祭りの四日間で本選を行うのよ」
「思った以上に大きな大会なんだな」
大ダンジョンがあって冒険者が集まっているから、自然と規模がでかくなってんのかねー。
「参加する?」
「しない。対人戦には興味ないし。見に行くかどうかもわからん」
大会見物じゃなくて、ダンジョンに行くことを優先しているだろう。
「気になったんだけど、祭りの間転送屋も休みになってたりする?」
「そういった話は聞いてないけど、祭りのときもダンジョンに行くつもりなの」
「そのつもり」
シーミンとハスファから呆れた視線を向けられる。
「お祭りを楽しむつもりはないんですか?」
「いや、あるよ。さすがに祭りの間ずっとダンジョンに入るつもりはない」
鍛えることを優先するけど、祭りを少しくらいは楽しむ気持ちはある。
二人の祭りに関した思い出を聞きながら一時間ほど雑談し、教会前までハスファに見送られて、少し歩いてシーミンとも別れる。
宿に帰り、従業員におかえりさないと言われながら部屋に戻って、荷物を置く。
洗濯物を籠に入れて、財布だけ持って宿を出る。
今日は贅沢して、ルガーダさんたちに教えてもらった店に行くことにしたのだ。
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