71 祖父と孫 3
夕食に使われた食器をひとまとめにして廊下に出す。
汗を拭いたりしようかなと思っていると、ディフェリアがやってきた。
「なにか用事かしら」
「ん-ん、一緒にいる」
「近くにいたいだけか。まあいいんじゃないか」
「仕方ないわね」
いいわよとシーミンが許可を出すと、ふわりと笑いシーミンの隣に座る。
扉がノックされ、開けるとローガスさんがいた。座っているディフェリアを見て、ほっとした顔になる。
「やはりここにいたか。なにも言わずにいなくなるから心配したぞ」
「どこに行くか言わずに出たんですか」
「すぐ隣だから大丈夫だと思ったのだろうな。すまないが、寝るまでそちらで預かってもらっていいだろうか?」
大丈夫かなとシーミンに視線を向けると頷きが返ってきた。
それを見てローガスさんは隣の部屋に戻っていく。
ディフェリアは相変わらず近くにいられれば満足なようで、会話に混ざってくることはなかった。
そのうちに眠そうにあくびをして、こてんとシーミンに寄りかかる。
「寝ちゃったわ」
「ローガスさんに渡しに行こう」
シーミンがそっと抱き上げて運ぶ。タナトスの子供たちで慣れているのか、抱き上げる仕草にぎこちなさなど感じさせなかった。
扉をノックするとすぐにローガスさんが出てきて、ディフェリアを受け取る。
「ありがとう」
「この調子でミストーレに着くまでに別れられますかね?」
「難しいかもしれないな。ミストーレまで行って医者探しをした方がいいのかもしれない」
悩んだ表情でローガスさんはディフェリアをベッドに運んでいく。
俺たちも部屋に戻り、ベッドに入る。
「腕のいい医者か、俺は心当たりないな。シーミンはある?」
「うちは昔から同じ医者にかかっているから、ほかの医者については知らないわね」
代々医者の家系があり、そこに頼んでいるのだそうだ。
その医者のように昔から世話になっている武具職人などもいるといったことを聞きながら寝る。
朝が来て、のんびりと出発準備をしていく。
まとめた荷物を持って宿を出て、ローガスさんたちと一緒に補充のために買い物をして、ついでに魔晶の欠片も売る。
少し早めの昼食をとってから、馬車に向かう。
馬車の出発準備は整っていて、すぐに出られるということだった。
俺とシーミンとディフェリアが荷台に入り、ローガスさんは御者台の方に座る。
村を出発し、休憩を入れながら街道を進む。
後方に馬に乗った二人の旅人がいて、しばらく同じ速度で進んでいたが、夕方前にはこちらを追い抜かして去っていった。
そして宿場に到着し、行きと同じ宿をとる。
これまでと同じようにディフェリアはシーミンにくっついており、ミストーレに到着しても別れるのは無理そうだなと思えた。
馬車の旅は続き、夕方前にはミストーレに帰れると馬車の中で話していると、馬の悲鳴とローガスさんの驚き声が聞こえてきた。馬車も大きく揺れて止まる。
「なんだ!?」
「矢が飛んできた!」
俺の疑問にローガスさんがすぐに答えてくれる。
「野盗?」
武器を手にしながら疑問を口にする。
「ミストーレが近いこんなところで?」
不思議そうに言いながら鎌を持ちシーミンは外に出る。
それに続いて俺も出て、ディフェリアも出る。ディフェリアは馬車の中の方がいいのではと思ったけど、外の様子がわからないのも不安だろう。
「ディフェリアはローガスさんのところに行くんだ」
この状況でもシーミンのそばにいようとするディフェリアに指示を出す。
俺を見たディフェリアは迷う様子を見せる。
ローガスさんのそばに行きたいという気持ちとシーミンのそばにいたいという気持ちがせめぎあっているらしい。
「向こうに行ってなさい」
「うん」
シーミンが指示を出すとすぐに動く。
さすがにシーミンの指示には従うか。
「矢はどちらから来たの?」
シーミンがローガスさんに声をかける。
隠れられるようなところは街道の右に見える林くらいだ。一応林のほかに小さな藪もあるし、確認したんだろう。
「林からだ!」
ローガスさんの返答と同じタイミングで矢がまた飛んでくる。
馬狙いなのだろうが、腕はあまりよくないらしく外している。
「林に行く?」
「その前に藪に石を投げこんで隠れていないか確認しましょう」
「了解」
地面に落ちている石を拾って手当たり次第に投げ込んでいく
一般人よりも強い力を持つ冒険者の投石は、立派な武器であり、当たれば悲鳴の一つでも上がるだろう。
「いないかな」
「そうみたいね。ローガスさん、私とデッサで林に行ってくる。馬車の守りをお願い」
「わかった。気を付けてな」
「そっちもね」
矢を警戒しながら林へと駆ける。
「来るわ。避けてっ」
シーミンの声を聞き、即座に進路をずらす。
矢が俺たちのいたところを通り抜けていく。
俺はまったく前兆なんか感じなかった。シーミンの勘や察知能力はすごいな。
そんなことを考えつつ林に足を踏み入れると、逃げていく馬が見えた。その背には弓を持った野盗がいる。
「追う?」
「やめておきましょ」
追いつけないからその方がいいか。戻ってくることを警戒しつつ馬車に戻る。
するともう一人の野盗が馬に乗って林の別のところから出てきて、馬車へと一直線に走る。
「弓の方は囮か!?」
「みたいね。走っても間に合いそうにないわ。また石を投げて牽制するわよ!」
返事する暇も惜しく、その場に落ちている石を拾って賊へと投げる。
まともに狙いもつけていないので当たることはないと思っていたけど、運良く馬の尻に当たって馬が驚き足を止めた。
その挙動に対処できず、賊は落ちないように必死に手綱を握っている。
「これなら間に合う!」
魔力活性を使ったシーミンが走り、俺も同じように魔力活性を使用しながら走る。
野盗は馬を落ち着かせることには成功したが、こちらへの対応が間に合っていない。
その野盗へとシーミンが鎌を振る。
野盗は馬上で体をそらして避けようとするが、完全には避けきれず鎌の先が革鎧に引っかかり落とされる。
俺もその野盗の腹へと剣を振る。腹ならば鎧に守られて、死ぬことはない。
落馬の衝撃と攻撃の衝撃に野盗はうめき声をあげた。
シーミンがさらに追撃しようとしたところ、矢が飛んでくる。
「仲間を助けに戻ってきたみたいね」
「ローガスさん、それの拘束をお願いします」
「任された」
倒れている野盗から視線を外すと、打撃音と野盗のうめき声が聞こえてきた。
もう一人の野盗へと進もうとしたら、背後からさらに破裂音のようなものが聞こえてきた。
「おじいちゃん!」
振り返ると吹っ飛ばされたローガスさんに駆け寄るディフェリアの姿が見えた。
それをやったのは立ち上がりかけている野盗だろう。
魔法を使ったのかと思っていたら、シーミンからそっちは任せたと頼まれる。
「わかった。向こうは頼んだ」
「ええ」
シーミンが駆けていき、俺も立ち上がった野盗へと駆け寄る。
剣を振り下ろすと、ショートソードで受け止められる。
「邪魔だっ。吹き飛ばせ、強き風よ!」
鍔迫り合いで俺が押し切る前に、野盗から突風が吹く。魔属道具らしき指輪が左手の指にはめられていた。三つの指輪の一つが風の魔属道具だったんだろう。
咄嗟に地面に剣を刺して踏ん張って、風に耐える。
風が止むと同時に追撃がくると思っていたんだけど、野盗は俺ではなくディフェリアの方へと行く。
ローガスさんを心配そうに見ていたディフェリアの襟首を掴む。
「きゃああああっ!?」
「ようやく、確保したぞ!」
狙いは最初からディフェリア!?
野盗はディフェリアの首に剣を突きつけて人質にしようとしたが、その前にローガスさんが野盗の下半身に体当たりをしかけた。
「放せ!」「誰が放すものかよ!」
言い合いをしている今がチャンスだ。近寄り、剣の腹を野盗の頭部へと振り抜く。
「ぐが!?」
この隙にローガスは野盗の手からディフェリアを奪い返した。
「そのまま守っててください」
「ああ、わかった!」
ローガスさんはディフェリアを抱き抱えて距離を取る。
野盗は頭を振り、俺を怒りの表情で睨みつけてくる。
「何度も邪魔を! お前から始末してくれる!」
野盗がそんなことを言っている間に、距離を詰める。距離が空いているとまた魔法を使われる。
魔法防御の護符をリュックに入れっぱなしにしとくんじゃなかった。
「散らばれ炎!!」
散弾銃から放たれた弾丸のように炎の欠片が広がり、襲いかかってくる。
(回避は無理だっ。だったら魔力活性で耐えるっ)
即座に魔力活性を使用し、熱さを我慢しながら剣を振る。
剣先が野盗に届き、なにかを斬った感触がある。
朱色に染まっていた視界がもとに戻ると、野盗が右腕の上腕を押さえていた。流れ出た血が右手の先からポタポタと落ちている。
ダメージを与えることはできたけど、こちらも露出している腕や顔にチリチリとした痛みがある。
(この程度なら問題なく動ける)
追撃しようと剣を振りかぶる。
すると野盗はポケットからなにかを取り出し、地面に落とす。
それがなにかはわからないが、ミスで落ちたのではなくわざと落としたことはわかる。
なにが起きても大丈夫なように防御の態勢をとると、次の瞬間煙が広がった。
「逃げるつもりか!? ローガスさん、大丈夫ですかっ」
「こっちはなにもない」
ディフェリアを奪うつもりで煙幕を使ったと思ったけど、そうじゃないらしい。
煙はすぐに晴れて、野盗はどこに行ったのかと周囲を見ると、二十メートルほど離れたところで小瓶を二つ捨てていた。
片方はポーションだろう。でももう一つはなんだと思っていたら、野盗の体がわずかに膨らんだ。
(筋力強化の護符の薬版?)
そう思うと同時に、俺も魔力活性の先を使うことにする。魔力増幅の指輪はポケットに入れっぱなしにしていたのだ。
あの男が護符を使わずにわざわざ薬を選んだのは、そちらの方が強力だからなのだろう。
こっちもできるだけの強化をしておいた方がいいと思ったのだ。
パワーアップを終えた野盗がこちらへと迫り、あと三メートルもなくなったというところで魔力活性の先の使用を終えることができた。
野盗が振り下ろしたショートソードを、俺は剣で受け止める。
一瞬だけ拮抗し、じょじょに押されていく。
魔力活性の先を使った状態で押されることに驚いていたら、野盗もまた同じように驚いていた。
「今の俺に拮抗するだと!?」
「自慢の薬だったのか? 残念だったな!」
言いながら力を抜いて、下がる。
体勢を崩した野盗へと剣を振る。狙いはまた腕だ。
「かったいな!?」
肉を切った感触ではなく、ギュッと詰まったゴムを斬りつけた感触だ。
でもこれならうっかり殺してしまう心配がなく、攻撃する場所を選ばずにすむ。
こっちは制限時間付きのパワーアップだから、いっきに決めさせてもらう。
躊躇いのない攻撃を連続でしかけて、野盗を斬っていく。
野盗も抵抗するが、技量は俺より少し上というくらいで全てを防ぐことなどできないでいた。防ぐことは諦めて反撃してくる。
俺は防具のおかげで、致命的なダメージを受けることはない。
そうして野盗のダメージが重なり、ショートソードを弾くことに成功する。そのまま剣の腹で野盗の頭部を叩き、ふらついたところで背後に回り込んで見様見真似のチョークスリーパーをしかける。
完全には決まっていないらしく野盗が暴れる。
「もう少し腕をずらすんだ」
俺たちの様子を見ていたローガスさんのアドバイスに従い、腕の位置を調整するといい位置に入ったようで野盗の抵抗が弱くなる。
「気絶しているぞ」
「ありがとうございます」
助言に礼を言い、野盗から離れる。
倒れた野盗から身に着けているものを回収して、野盗の服を使って拘束していく。
ローガスさんが縛り方を知っていたので、目が覚めても動きづらいように縛る。
作業を終えて、シーミンはどうなったのかと見る。
シーミンと馬から降りた野盗が互いを見たままじっとしている。
「膠着しているのか?」
「最初野盗が矢を放っていたが、それをシーミンが全て撃ち落としたんだ。矢が尽きたのか突進をしかけたが、それも回避されて、反撃を受けた。さらに突進を行ったんだが、シーミンが野盗を落とすことに成功して、互いの出方を窺うといった状況になった」
「そういう流れですか……逃げ道をふさぐように迂回してきます」
「わかった」
シーミンたちを迂回するように林を目指す。
俺が動いたことに野盗は気付いたらしく、シーミンへと攻撃をしかけるものの、対処されて有効打を与えることはできないでいた。
俺が迂回する前に逃げ出さないのは、仲間を回収したかったからだろうか。
シーミンと野盗の戦いは、焦りを見せた野盗の負けだ。シーミンは冷静に隙をついて、野盗を袈裟斬りにした。立ち上がろうとした野盗を叩き潰す。
感想ありがとうございます




