★★ びっくり・・・。 : 児玉かすみ
最近、駅からマンションまでの距離が短くなったような気がする。
慣れたから?
……違うよね。
雪見さんと一緒だからに決まってる。
雪見さん……緊張してる?
ここで手をつないで歩くのは初めてだったっけ?
そうだ。
一度、腕を組もうと思って、暑くてやめたんだった。
可笑しかったなあ。
タオルをはさんで組んであげようとしたら、雪見さんは複雑な表情で。
そういえば、その日だ。
別れ際に雪見さんが急に耳にキスなんかしてきて、びっくりして……。
あれはほんとうに、びっくりした。
あのときまで、雪見さんにはまったく警戒する必要がないと思ってたから。
いくら「好きです。」って言われても、雪見さんをそういう行動と結び付けて考えられなかったから。
雪見さんはいつも紳士的で……、っていうよりも、かなりの恥ずかしがり屋さんなんだって、今は知ってる。
この前の日曜日だって、今だって、自分から手をつないだりできなくて。
でも、いやじゃないってことは、あの顔を見ると分かる。
あの嬉しそうな顔……。
あんな顔されると、可愛くて、ドキドキしちゃう。
……着いちゃった。
マンションの入り口。
ここまで?
見上げたら、すぐに意味を察した?
「玄関まで送ります。」
少し微笑んで。
声がいつもより優しくて深い。
「うん。ありがとう。」
もう少し一緒にね。
エレベーターのボタンを押すために雪見さんの手を放したら、ドアが開いて乗り込んだ途端にまたつながれて驚いた。
そういえば、周りに誰もいなければ平気なひとなんだっけ。
でも、エレベーターって、防犯カメラとかあるんじゃないの?
やだな。なんだか恥ずかしい。
さっきまでと逆?
どうしよう? 鼓動が速くなって。
もしかしたら、顔が赤いかも。
雪見さんは……落ち着いてる?
余裕さえ感じる穏やかな微笑み。
わたしだけが慌ててる。
なんだか変。
そんなの恥ずかしい。
エレベーターを降りながら、鍵を探すために手を引っ込める。
顔が上げられない。
さりげなさを装った言葉で場をつなぐけど、わざとらしい?
一番端の部屋。やっと着いた。
このパニックも、ここまで。
やだな、手が震えてる。
どうか気付かないで。
開いた……。
「児玉さん?」
視線を避けているのを不審に思われてるのかな?
顔を合わせるのが恥ずかしくて、いつもの「おやすみなさい。」を言うために振り返ることができない。
ああ、どうしよう?
とにかく靴を脱いで上がってしまおう。
それからあいさつを……あ!
ダメだ!
このままじゃ、雪見さんを部屋に招待するつもりだと思われてしまう!
「あの、雪見さん、どうもありが……」
?!
近いよ!
わ。
そんな。
キスされてるキスされてるキスされてる、いきなり〜〜〜〜!!
また、いきなりだ。
しかも、予想外に情熱的。
玄関のドア……閉まってる?
力が抜けてしまったわたしを支えるように抱き締めて、雪見さんがくすくすと笑ってる。
余裕がありそうに見えたけど、抱きしめられた胸からは、心臓の音がどっきんどっきんとはっきりと聞こえた。
落ち着こうと深呼吸をしたタイミングが雪見さんとピッタリ合って、なんだか可笑しくなってしまう。
「児玉さん?」
「……はい。」
雪見さんの声が、頭の上と胸の両方から聞こえる。
白いワイシャツ。
こんなことしてたら口紅が付いちゃうかも。
「踏み台を買いませんか?」
「……どうして?」
「ここに置いておいてもらえれば、ちょうどいい高さになると思うんです。」
ちょうどいいって……キスするのに?!
「そ、そんな。ダメ。やだ。」
“いつでも待ってます” みたいで恥ずかしいじゃないの!
「ああ、そうですよね、やっぱり。」
そうよ。
当たり前よ。
「エスカレートして落ちると危ないですからね。」
エスカレート?!
どこまで?!
ぎょっとして雪見さんを見上げたら、ニヤリと笑った。
完璧に、わたしより優位に立っている表情だ。
「児玉さん、好きです。」
そっと囁かれた耳にふわりと唇が触れて、もう一度ぎゅうっと。
あらららら……。
雪見さんの鼓動を聞きながら思った。
閉鎖された場所に二人きりでいるときの雪見さんは危険だ。
もしかしたら踏み台は、雪見さんのエスカレートを止めるために必要かも知れない。