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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
8 九月の章
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夜のデート


「思ったほど簡単じゃないですね……。」


児玉さんが都合をつけてくれた水曜日、指輪を見に行ったあと、一緒に食事をしての帰り道。

9月も後半に入り、夜には涼しい風が吹くようになってきて、公園の植え込みからは虫の声が聞こえる。


鳩川駅で降りたら手をつなごうと、電車の中で考えていた。

けれど、いざとなったら考え過ぎて、逆にタイミングを逃してしまった。

結局言い出せず、行動にも移せず、心の中でため息をつきながら並んで歩いている。


「でも、値段の下見にはなったからいいんじゃない?」


児玉さんはいつもどおり、気軽な口調。

手をつなぎたいとか、腕を組みたいとか、まったく思ってくれないんだろうか?



学校からは別々に出て、6時半に烏が岡で待ち合わせをした。

東口の地下街に3軒ほどジュエリーショップがあるので、手始めにそこへ行ってみた。

児玉さんが、俺にも記念品として何かを贈りたいと言い(冠婚葬祭の本にもそんなことが載っていた。)、それも併せて選ぶことになった……が、それが意外に面倒だとわかった。

そもそも、 “何を” ということが決まらないのだ。


よくあるのは腕時計やネクタイピンらしいけれど、指輪と俺への “何か” を同時に決めるには、平日の帰りでは時間がみじかすぎる。

それに、ブランドを揃えるとか言い出したらキリがない。

さらにジュエリーショップでは、高額の買い物の予感に店員の意気込みが上がって、なかなか解放してもらえなかった。

結局、2軒見たところでショッピングセンターの閉店時間になってしまい、夕食を食べて帰って来た。

まったく、先が思いやられる。



そうは言っても、平日に児玉さんとデートをするのも楽しい。

いつもと違う場所で待ち合わせなんかすると、会ったときになんとなく照れくさくてドキドキしてしまう。

特に烏が岡あたりだと、ほかの先生や生徒に出くわす可能性もないとは言えなくて、あまり親しそうに見えないように振る舞うこともまたスリリングで。(と言っても、指輪を選んでいたら言い訳はできないな。)


「ねえ、雪見さん。」


「はい?」


見下ろすと、さっきまでくすくす笑っていた児玉さんが、少し真面目な顔をしている。


「わたしねえ、見に行きたいお店があるんだけど……。」


「え? あるんですか?」


「うん……。」


さっき選んでいるときには何も言わなかったのに……。


「それなら、遠慮しないで言ってくれればよかったのに。」


どうして?


「うーん……、エンゲージリングとはちょっと違うかなって思って……。それに、時間がかかるのよ。でも、よく考えたら、雪見さんのお誕生日のプレゼントもあげてなかったから、ペアで何か買うのもいいかなって。」


ペアで何か?

そうか。

児玉さんの誕生日なんだから、エンゲージリングのほかにバースデイプレゼントもあったっていいんだ。


「いいですね。どこですか?」


「ハワイアンジュエリーのお店。海の方にできた新しいショッピングセンターにあるの。でも、注文だから、1か月以上かかるみたいで。」


「1か月以上?」


「うん。雪見さんが、わたしのお誕生日に間に合わせたいって思ってくれてるから迷ってたんだけど……。」


それで言い出せなかったのか……。


「すみませんでした。よく考えたら、そんなに急いで選ぶのは変ですよね、記念のものなのに。ハワイアンジュエリーって、どんなものなんですか?」


「指輪とかバングルとかの表面に模様が彫ってあるの。お店でデザインを選んで注文すると、ハワイの職人さんが作るんだって。ハワイアンジュエリーはね、模様にも意味があって、お守りとか、縁起ものみたいなものなんだよ。」


「ああ、だから注文で作るんですね?」


「そう。願いを込めて選ぶの。」


ふうん……。

今の俺たちにはぴったりかも知れない。

それに、児玉さんが欲しいものを選ぶのが一番だ。


「じゃあ、今度の土曜か日曜にそこに行ってみましょう。車で行く方が便利ですよね?」


「うん。」


あ、嬉しそうな顔。

嬉しいなあ、こんな顔してくれると……。


「そうだ。児玉さん。」


「はい?」


「仕事が忙しい日は、うちに夕食を食べに来ませんか?」


「夕食を?」


「俺が先に帰って用意して、児玉さんを駅まで迎えに行きますよ。」


驚きました?

でも、元カレに言ったんですよね? 「手料理を食べさせてくれるひとがいる。」って。


「ね? まずは明日。どうですか?」


「うーん……、ありがたいけど……いいの?」


「はい。あの……、」


あらためて言うのは恥ずかしいな。


「少しでも一緒にいたいです。」


言えたよ〜。


「雪見さん……。」


「いや、その……。」


そんなに見つめられたら落ち着かないです。

やっぱりここは、手を……と?!



児玉さんから?!



気付いたら、右手が児玉さんの両手に包まれていた。

慌てているうちに手が持ち上げられ、彼女の左手と指を組み合わせるように握られる。

再び下ろした腕に、寄り添うように体が……。



その意味を、ほんのわずかもこぼさないように全身で味わう。

どちらからも何も言わず、でも、それで十分な時間。満ち足りた沈黙。



この角を曲がると、児玉さんのマンションまで約30メートル。

できればぐるぐると回り道をして、いつまでも一緒にいたい。


一歩一歩、サヨナラの瞬間が近付いて来る。

また明日も会えるけれど……。



もう少し……。







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