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紅残光 〜散りゆく花は神をも斬る〜  作者: 柚子胡椒
紅残光 一刀流 異聞録 第一章 紅い残光の噂

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第十六話 岩陰に潜む監視者

〜再び古道へ〜

山の麓に、朝の光が差し込んでいた。

緋月桜花は腰に愛刀・桜蕾を携え、山へ続く道を見つめていた。

隣には白峰こはくと白夜の姿がある。

前日の調査で、三人は古道の途中に崩落した斜面を見つけていた。その先へ進むことはできなかったが、道沿いには古い石積みが残されていた。

古寺で見つかった、別の場所に何らかの記録が残されているかもしれないという手掛かり。

それを確かめるためにも、古道がどこへ続いているのかを知る必要があった。

「昨日は途中までしか調べられませんでしたね」

桜花が静かに言った。

「うん。崩れたところを無理に通るのは危ないし、別の道がないか探してみるんでしょ?」

白夜が二本の尾を揺らしながら答えた。

「はい。まずは崩落地点の周囲を調べましょう。安全に進める場所がなければ、今日は引き返します」

「分かりました、桜花さん。私も周囲を確認します」

こはくも頷いた。

三人は山道へ足を踏み入れた。

木々に覆われた古道には、ところどころ石畳が顔を覗かせている。風に揺れる枝葉の音と、遠くから聞こえる鳥の声が、静かな山の空気に溶け込んでいた。

その道の脇に、一つの大きな岩があった。

苔に覆われ、周囲の景色に溶け込んだ岩。

三人がその傍らを通り過ぎても、何の変化も起こらなかった。

ただ、その岩の内側には、彼女たちを監視する存在が潜んでいた。

桜花の歩き方。

腰に携えた刀。

こはくが手にする御札。

白夜の身のこなし。

岩に擬態した妖怪は、三人の姿を捉え、その動きを観察し続けていた。

監視の時間が長くなるほど、対象の技や妖術を読み取り、学習していく。

そして今、その視線は桜花へと向けられていた。

〜岩に潜むもの〜

「ねえ、桜花。あの岩、昨日もあったっけ?」

白夜が足を止めた。

彼女が見つめていたのは、道の脇にある大きな岩だった。

「昨日は、あの辺りまで細かく確認していませんでしたね」

桜花は岩へ視線を向けた。

苔に覆われ、長い年月を経たような姿をしている。周囲の景色に溶け込んでおり、一見しただけでは不自然なところは見当たらなかった。

「自然に転がってきた岩かもしれませんが……」

こはくが近づこうとした、そのときだった。

「待ってください」

桜花の静かな声が響いた。

こはくが足を止める。

「どうしたの、桜花?」

白夜が尋ねた。

「少し、違和感があります」

桜花は岩の表面を注意深く見つめていた。

苔の生え方。周囲の土との境目。岩の輪郭。

確かな異常を見つけたわけではない。しかし、だからといって不用意に近づく必要もなかった。

「こはくさん、白夜。少し離れていてください」

「分かりました、桜花さん」

「うん!」

二人が距離を取る。

桜花は岩へ一歩近づいた。

その瞬間、岩の表面がわずかに揺らいだ。

苔に覆われた岩が音を立てて動き始める。表面の一部が割れ、内側から異様な気配が溢れ出した。

岩の姿を保っていたものが、ゆっくりと形を変えていく。

「やっぱり、妖怪……!」

白夜が警戒を強めた。

岩に擬態し、通行人を妨げ、相手が目を離した隙に捕食する妖怪。

おとろし。

その異様な姿を前に、三人は警戒を強めた。

おとろしは桜花を見据えていた。

「……監視する妖怪、ということでしょうか」

桜花が呟く。

おとろしは答えない。

ただ、彼女から視線を外さなかった。

「桜花、こいつ、ずっとこっちを見てる!」

白夜の声に、桜花は静かに頷いた。

「ええ。あまり時間をかけない方がよさそうですね」

彼女は桜蕾の柄に手を添えた。

「早めに対処しましょう」

その声に迷いはなかった。

〜学習する妖怪〜

おとろしが地面を蹴り、桜花へと迫った。

巨体が唸りを上げる。

桜花は落ち着いて身をかわし、おとろしの突進を避けた。

妖怪は体勢を立て直し、再び彼女へ向き直る。

その視線は、桜花から離れなかった。

おとろしは、桜花から視線を外さなかった。

その様子を警戒していた白夜が、素早く間合いを詰める。

「桜花ばっかり見てないで、こっちにも注意しなよ!」

白夜が攻撃を仕掛けた。

しかし、おとろしは直前にその動きを察したかのように身をずらし、白夜の攻撃をかわした。

「えっ、今の避けた!?」

白夜が驚きの声を上げる。

おとろしは体勢を立て直すと、再び桜花へと視線を戻した。

「……妙ですね」

こはくが、おとろしの動きを注意深く見つめる。

「最初から私たちの動きを把握していたのでしょうか。それとも、こちらの動きを見て、対応を変えているのでしょうか……」

「どういうこと?」

白夜が尋ねた。

「まだ断定はできません。ただ、私たちを観察し続けていることと、今の動きには関係があるのかもしれません」

こはくの言葉を聞き、桜花もおとろしを見据えた。

「監視を続けることで、相手の動きや技を読み取っている可能性がある、ということですね」

「はい。少なくとも、油断できる相手ではありません」

こはくが頷く。

おとろしが、再び動き出そうとしていた。

「だったら、さっさと倒しちゃおうよ!」

白夜が声を上げる。

「そうですね。学習の仕組みも、どこまで対応できるのかも分かりません。これ以上、様子を見る必要はないでしょう」

桜花は桜蕾の柄に添えた指を静かに動かした。

おとろしが再び突進してくる。

その瞬間。

桜花の姿が動いた。

紅残光 一刀流――壱之型。

「紫雲の時」

抜刀。

一瞬の静寂を切り裂くように、桜蕾の刃が走った。

おとろしの巨体が止まる。

桜花はすでに妖怪の脇を抜け、静かに納刀していた。

抜く前の静けさと、抜いた瞬間の鋭さ。

そして、何事もなかったかのように訪れる静寂。

おとろしは、その場で大きく揺らいだ。

桜花は振り返る。

「これ以上、あなたに時間を与えるつもりはありません」

次の瞬間、おとろしは地面へと崩れ落ちた。

その身体から、先ほどまでの動きは失われていた。

監視する視線も、桜花を追うことはない。

戦闘は決着した。

桜花は刀を納めたまま、周囲に新たな気配がないかを確かめた。

〜残された静寂〜

山道に、再び静けさが戻った。

こはくと白夜が、慎重に近づいてくる。

「桜花さん、お怪我はありませんか?」

こはくが尋ねた。

「はい。問題ありません」

桜花は穏やかに答えた。

「よかった……。でも、びっくりしたよ。あんな岩に化けてたなんて」

白夜が倒れたおとろしを見下ろす。

「ええ。擬態するだけでなく、こちらの動きを観察し、攻撃を避けることもできるようですね……注意が必要な妖怪です」

「戦いが長引いていたら、どうなっていたんだろう?」

白夜が首を傾げた。

「まだ分かりません。ただ、こちらの動きを学習していた可能性はあります。もしそうなら、長く戦うほど不利になることも考えられますね」

こはくの言葉に、桜花は静かに頷いた。

「ええ。今回は早めに対処できてよかったです」

桜花は周囲を見渡した。

おとろしは、いつから三人を監視していたのだろうか。

昨日、古道を歩いていたときからなのか。それとも、今日この場所へ近づいたときからなのか。

今となっては、確かめようがなかった。

「ねえ、桜花。この道、ほかにもああいう妖怪がいるのかな?」

白夜が尋ねた。

「可能性はあります。ですが、今の段階では何とも言えません」

桜花は答えた。

「これからは、周囲の様子にも気を配りながら進みましょう」

「はい、桜花さん」

こはくが頷く。

「分かった! もう、変な岩には油断しないからね!」

白夜が胸を張った。

「お願いしますね、白夜」

桜花は小さく微笑んだ。

三人は、改めて周囲を確認した。

おとろし以外に、不審な気配は感じられない。

ひとまず、この場に潜む危険は取り除かれたと判断できた。

〜古道の先へ〜

三人は、再び古道の調査へと戻った。

おとろしが潜んでいた場所の周囲を確認したものの、古寺の記録や紅残光 一刀流に直接つながるものは見つからなかった。

やがて、三人は前日に確認した崩落地点へとたどり着いた。

土砂と倒木が道を塞ぎ、その先へ安全に進むことは難しい。

「やはり、こちらから先へ進むのは難しそうですね」

こはくが言った。

「そうですね。無理に進む必要はありません」

桜花は頷いた。

「今日は、ここまでにしましょう。今回の調査で分かったことを整理して、次にどう調べるか考えます」

「うん。せっかく来たけど、仕方ないね」

白夜も納得した様子だった。

今回の調査で確認できたのは、古道の一部が今も残っていること、道の脇に古い石積みが存在すること、そして擬態して獲物を待つ危険な妖怪が潜んでいたことだった。

しかし、古道がかつてどこへ続いていたのか、石積みが何のために造られたのかは分からない。

古寺に残された記録が示す別の場所との関係も、依然として不明だった。

「まずは、今回の調査内容を整理しましょう。次に調べる場所についても、改めて考える必要がありますね」

桜花の言葉に、こはくが頷く。

「そうですね。古道だけにこだわらず、ほかの資料や言い伝えも調べてみるのがよいと思います」

「じゃあ、次は別の場所も探してみようよ!」

白夜が明るく言った。

「ええ。手掛かりを一つずつ確かめていきましょう」

桜花は山道を振り返った。

崩落した道の先には、まだ確かめられていない場所が残されている。

けれど、今は進めない。

ならば、別の道を探せばいい。

紅残光 一刀流の謎は、まだ何も解き明かされていない。

六代目から九代目までの継承者が残した独自の技についても、所在や内容は分からないままだ。

それでも、調査を続ける意味はある。

古寺の記録。古道に残された痕跡。そして、これから見つかるかもしれない新たな手掛かり。

それらを一つずつ確かめていけば、いつか過去へとつながる道を見つけられるかもしれない。

三人は山を下り始めた。

木々の間を抜ける風が、桜花の長い黒髪を静かに揺らしていた。

今回の話はどうでしょうか?

今まで戦闘となると発見から討伐を2話で行ってたんですが、今回は1話にまとめました。スピードを取るか迫力を取るかで分かれそうですね。迫力が欲しい戦闘は話数を多めに使います。ご了承ください。

少しだけ本編の補足

おとろし

能力:監視能力。対象を監視し続け、監視の時間が長ければ長いほど対象の技能力、妖術全てを読みとり学習する。早めの対処が基本。

妖術:岩石擬食 (岩に化け、通行人を防ぎ目を離した隙に捕食)

次回もお楽しみに

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