第十三話 山奥の古寺と失われた記録
〜過去を追う旅路〜
牛鬼と女郎蜘蛛との戦いを終えた桜花たちは、再び旅を続けていた。
山々を渡る風が木々を揺らし、葉擦れの音が静かな山道に響いている。
先頭を歩く緋月桜花は、腰に愛刀・桜蕾を携え、落ち着いた足取りで道を進んでいた。その後ろでは、白峰こはくが周囲の景色に目を向け、白夜は二本の尾を揺らしながら歩いている。
「ね〜。桜花〜今日はどこまで行くの?」
白夜が尋ねた。
「まずは、次の集落を目指しましょう。そこで少し情報を集めてみたいと思っています」
「情報って、紅残光 一刀流のこと?」
「はい。これまでに分かったことだけでは、まだ足りませんから」
桜花は静かに答えた。
紅残光 一刀流。
自分が受け継いだ剣の道でありながら、桜花にはまだ知らないことがある。
かつて目の前に現れた黒衣の男。自分の知る型を使いながら、その本質には届いていないと感じさせた、あの不可解な存在。
そして、古い記録に残された謎めいた言葉。
流派の歴史を調べることは、いずれそれらの謎を解く手掛かりになるかもしれない。
「桜花さん。以前の古文書に記されていた言葉も、気になりますね」
こはくが口を開いた。
「『十の型は、十にして終わるにあらず』……でしたね」
「はい。あの言葉が何を示しているのか、私は知っています。ただ、流派の歴史をすべて把握しているわけではありません」
桜花は目を伏せた。
紅残光 一刀流には、代々の継承者が自ら生み出し、自らの代で完結させる独自の技が存在する。
しかし、その伝統がどのように受け継がれてきたのか。過去の継承者たちが、どのような思いで剣を振るっていたのか。
まだ分からないことは多かった。
「だったら、昔の記録をいっぱい探せばいいんだね!」
白夜が元気よく言う。
「そうですね。まずは、確かな情報を一つずつ集めていきましょう」
桜花が頷いた、その時だった。
山道の先、木々の間から古い建物の屋根が見えた。
石段の先には、深い森に囲まれた寺が静かに佇んでいる。
「お寺……でしょうか?」
こはくが目を向けた。
桜花は山門を見上げた。
古びた木材には長い年月を感じさせる傷みがあり、石灯籠には苔が広がっている。しかし、境内はきれいに整えられていた。
「ひとまず、こちらでお話を伺ってみましょう。古い寺であれば、土地の歴史に関する記録が残っているかもしれません」
「よーし! 行ってみよう!」
白夜の声に、桜花とこはくも頷いた。
三人は石段を上り、山門をくぐった。
〜山寺の老僧〜
境内に入ると、奥の建物から箒で地面を掃く音が聞こえてきた。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか?」
桜花が声をかける。
すると、建物の陰から一人の老僧が姿を現した。
穏やかな顔立ちに、柔らかな笑み。落ち着いた色合いの僧衣をまとったその人物は、三人を見ると丁寧に頭を下げた。
「おや、旅のお方ですかな? このような山奥まで、よくいらっしゃいました」
「突然の訪問、失礼いたします。私たちは旅の途中でして、古い記録についてお尋ねしたいことがあり、こちらへ参りました」
桜花も礼儀正しく頭を下げた。
「これはご丁寧に。私は宝山栄二と申します。この寺で僧侶をしております」
「緋月桜花と申します。こちらは白峰こはくさんと、白夜です」
「白峰こはくです。よろしくお願いいたします」
「白夜だよ! よろしくね、おじいちゃん!」
「ほほ、元気なお嬢さんですな。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
栄二は白夜の様子に目を細めた。
「古い記録をお探しとのことですが、どのようなものをご希望ですかな?」
「歴代の剣士や、古い剣術の流派について記された記録を探しています。特に、紅残光 一刀流に関係するものがあればと思いまして」
その名を聞き、栄二はしばらく考え込んだ。
「紅残光 一刀流……。申し訳ありません。その名について、すぐに思い当たることはございません。ただ、この寺には古い記録を保管している書庫がございます」
「拝見させていただくことは可能でしょうか?」
「もちろんです。すべて整理できているわけではありませんが、私に分かる範囲でお手伝いいたしましょう」
「ありがとうございます。大変助かります」
桜花は深く頭を下げた。
こうして三人は、栄二の案内で書庫へ向かうことになった。
〜歴代継承者の記録〜
書庫の中には、古い帳面や巻物が棚ごとに収められていた。
長い年月を経た紙は色褪せ、一部には文字が薄れて読めなくなったものもある。
栄二は慎重に棚を確認しながら説明した。
「こちらには、寺の歴史や土地に関する記録が多く保管されております。ほかにも、昔この地を訪れた方々について記したものがございます」
「剣術に関する記録もあるのでしょうか?」
こはくが尋ねる。
「ええ、いくつかは。ただし、どれも古いものですので、すぐに見つかるとは限りません」
「分かりました。私たちも探してみます」
桜花たちは、それぞれ記録を調べ始めた。
こはくは帳面の年代や表題を確かめ、関連しそうなものを分けていく。
白夜は棚の下段を覗き込み、奥に収められた巻物を一つずつ確認していた。
「こっちは寺の修理についてだって! こっちは昔の山道の記録……。うーん...剣術の話ってなかなかないね」
「焦らずに探しましょう、白夜。古い記録は、表題だけでは内容が分からないこともありますから」
「はーい!」
桜花もまた、古い帳面を慎重にめくっていた。
やがて、ある記録の中に、剣術の伝承について記した箇所を見つける。
そこには、いくつかの流派や、かつてこの地域を訪れた剣士についての記述が並んでいた。
そして、その中に――紅残光 一刀流の名があった。
「……ありました」
桜花の声に、こはくと白夜が近づいた。
「本当ですか、桜花さん?」
「はい。こちらをご覧ください」
桜花は記録の該当箇所を示した。
ただし、その記述はごく短いものだった。流派の成立について詳しく説明されているわけでも、十の型について記されているわけでもない。
それでも、紅残光 一刀流の名が、寺に残された古い記録に登場している。
それは確かな発見だった。
「この記録を書いた方は、紅残光 一刀流について何か知っていたのでしょうか……」
こはくが考え込む。
「その可能性はあります。ただ、この記述だけでは、どこまで知っていたのかまでは分かりませんね」
桜花は慎重にページを確認した。
記録の年代は読み取れる部分があるものの、記した人物の名や、流派についての詳しい説明は残されていなかった。
「ねえ、桜花。ほかにも何か書いてないの?」
白夜が尋ねる。
「もう少し調べてみましょう」
三人は、その帳面に関連する記録がないか、引き続き書庫を探すことにした。
〜残されていた断片〜
しばらくして、こはくが別の帳面を手に取った。
「桜花さん、こちらも見ていただけますか?」
「何か見つかりましたか?」
「はい。こちらは剣士に関する古い記録のようです。ただ、記述が断片的で、詳しいことまでは分かりません」
桜花は帳面を受け取り、文字を追った。
そこには、かつてこの地を訪れた剣士たちに関する記録が残されていた。
流派の名や、訪れた時期についての記述もある。
しかし、桜花が求めていた歴代継承者の詳細な記録は見当たらなかった。
「こちらにも、継承者の名前や独自の技について詳しく書かれているわけではないのですね……」
こはくが呟く。
「そうですね。ですが、別の記録が残されている可能性はあります」
桜花は帳面を閉じず、さらにページを確認した。
すると、後半の一部に、ほかの記録を参照しているような短い書き込みがあった。
文字は薄れ、文章の一部も欠けている。
それでも、そこには、ある記録が別の場所に保管されている可能性をうかがわせる記述が残されていた。
「……別の場所に、記録が?」
桜花は小さく呟いた。
こはくも隣から文字を確認する。
「確かに、そのようにも読めます。ただ、何の記録を指しているのか、どこに保管されていたのかは分かりませんね」
「はい。これだけでは断定できません」
桜花は帳面を慎重に閉じた。
六代目から九代目までの継承者が残した独自の技については、現在、その所在が分かっていない。
今回の記録が、それらの技に関係しているのかどうかも不明だった。
しかし、少なくとも、この寺に残されている資料だけが、過去のすべてを記録しているとは限らない。
その可能性が、新たに浮かび上がったのだった。
「つまり、ここにあるものだけじゃ、全部は分からないってこと?」
白夜が尋ねた。
「そうですね。別の場所に記録が残されている可能性はあります。ただ、今の段階では、何がどこにあるのかまでは分かりません」
桜花は落ち着いた声で答えた。
「それでも、調べるべきことが一つ見つかりました。どこかに別の記録が存在するのか。それを確かめる必要がありますね」
「はい、桜花さん。今回の発見は、そのための手掛かりになります」
こはくも頷いた。
白夜は腕を組み、少し考え込む。
「うーん……。昔の人って、どうして記録をあちこちに残したんだろうね?」
「それも、今は分かりません。保管場所が分かれていた理由も、記録を書いた方の意図も、これから調べていく必要があります」
桜花は、帳面を元の場所へ戻した。
まだ、何も確かなことは言えない。
けれど、調査を続ける意味はあった。
〜見つかったもの分からないもの〜
夕暮れが近づき、書庫の窓から差し込む光が橙色に変わり始めていた。
桜花たちは、確認した記録を傷めないよう、慎重に元の場所へ戻していく。
「本日は、いろいろとありがとうございました」
桜花が栄二に頭を下げた。
「いえいえ。お役に立てたのでしたら、何よりです。私自身も、こうして古い記録を見直すよい機会になりました」
栄二は穏やかに微笑んだ。
「ただ、今回見つかった記述だけでは、分からないことも多いですね」
「そうですな。古い記録というものは、残されている部分だけですべてが分かるとは限りませんから」
栄二は少し考えた後、続けた。
「もし、ほかにも関連する記録が見つかりましたら、何か分かることがあるかもしれません。私も、何か思い出しましたらお伝えいたしましょう」
「ありがとうございます。大変心強いです」
桜花は丁寧に頭を下げた。
書庫を出ると、境内には夕暮れの静けさが広がっていた。
白夜は大きく伸びをして、二本の尾を揺らした。
「う〜ん... ずっと本を見てたから、頭が疲れちゃった!」
「お疲れさまです、白夜。たくさん探してくれて、ありがとうございました」
「えへへ。まあね! あたしだって、やる時はやるんだから!」
「ふふ。そうですね」
こはくは微笑みながら、桜花に尋ねた。
「桜花さん。今回の記録について、どうお考えですか?」
桜花は少しの間、夕日に照らされた山々を見つめていた。
「確かなことは、まだ多くありません。六代目から九代目までの記録が、別の場所に残されているのかどうかも分かりませんし、今回の書き込みがそれらに関係しているとも断定できません」
桜花は一度言葉を切り、腰の桜蕾へ視線を落とした。
「ですが、歴代継承者について調べるうえで、新たな可能性が見つかったことには意味があります。今後は、別の記録が存在するのかどうかも含めて、調査を続けたいと思います」
「はい、桜花さん。私もお手伝いします」
「もちろん! 次はもっと分かりやすい手掛かりが見つかるといいね!」
白夜の言葉に、桜花は穏やかに微笑んだ。
「そうですね。ですが、焦る必要はありません。一つずつ、確かなことを積み重ねていきましょう」
三人は栄二に別れを告げ、寺を後にした。
山道を下りながら、桜花は今日見つけた記録について考えていた。
紅残光 一刀流の歴史。
代々の継承者が残してきたもの。
そして、今も所在の分からない記録。
それらは、まだ一つの答えには結びついていない。
黒衣の男の正体も、桜蕾にまつわる謎も、神々の争いと流派の関係も、依然として分からないままだ。
それでも、過去を調べることでしか見えてこないものがある。
桜花は前を向いた。
「行きましょう、二人とも」
「うん!」
「はい、桜花さん」
三人は再び旅路へと戻っていった。
山奥の寺には、今も多くの古い記録が眠っている。
その中に何が残されているのか。
そして、失われた記録は本当にどこかに存在するのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
前回も言った通り今回は、謎を追う回でした。
奥深い紅残光 一刀流の歴史について面白さを感じれたでしょうか?
ほのぼのした旅路をお楽しみください




