第一話 桜の剣士と消えた村人
初めまして!
この作品が初投稿になります。 初めてこんだけ長い小説の執筆ということで不慣れな点が多く、似たような表現が多くなるかもしれませんが、暖かい目で見てくれると幸いです!!
〜春霞の街道〜
山々を淡い霞が包み、薄紅色の花弁が風に乗って舞っていた。
八千代の国、その東端に位置する山間の街道。
道の両側には古い桜の木が並び、長い年月を経た幹には苔が生えている。枝の隙間から差し込む朝日が、石畳の上に柔らかな光を落としていた。
そんな春の景色の中を、一人の少女が歩いていた。
黒髪は腰を越えて長く伸び、毛先には光の加減で紅にも見える色が差している。黒を基調とした和装には紅と白の刺繍が施され、腰には一振りの刀が佩かれていた。
刀の名は、桜蕾。
そして彼女の名は、緋月桜花。
年の頃は十九。細身の身体には不釣り合いなほど静かな威厳をまとっていたが、その表情は驚くほど穏やかだった。
「……いい天気ですね」
桜花は足を止め、頭上を見上げた。
枝から離れた花弁が一枚、彼女の肩に落ちる。
それを指先でそっと拾い上げると、桜花はわずかに微笑んだ。
「今年も、綺麗に咲きましたね」
誰に聞かせるでもない独り言。
しばらく花を眺めた後、彼女は再び歩き始めた。
その足取りは軽い。
神域を渡り、妖怪の住む森を越え、ときには人間の里で厄介事に巻き込まれる。そんな旅を続けている彼女にとって、穏やかな朝は何よりの贅沢だった。
―もっとも。
「……あれ?」
数分後。
桜花は、道端の道標の前で立ち尽くしていた。
木製の道標には、右に『霞ノ里』、左に『白峰神社』と書かれている。
桜花は道標を見つめ、それから今まで歩いてきた道を振り返った。
「……おかしいですね」
眉を寄せる。
「確か、先ほども同じ道標を見たような……」
風が吹き、桜の花弁が彼女の目の前をひらひらと舞い落ちていく。
桜花はしばらく考えた後、真剣な顔で頷いた。
「なるほど。よく似た道標なのですね」
そして、何事もなかったかのように右へ進んだ。
その判断が正しかったかどうかは、まだ誰にも分からない。
少なくとも彼女自身は、間違っているとは微塵も思っていなかった。
〜小さな村の異変〜
昼過ぎ。
どうにか街道を抜けた桜花は、山裾に広がる小さな村へと辿り着いた。
霞ノ里。
田畑に囲まれた、二十数軒ほどの家が並ぶ静かな集落である。
村の入り口には小さな地蔵が置かれ、その頭には誰かが供えたらしい桜の枝が添えられていた。
桜花が村へ足を踏み入れると、井戸端にいた老婆が顔を上げた。
「あら、お嬢さん。旅のお方かい?」
「はい。少し休ませていただければと思いまして」
「そりゃ構わないけれど……」
老婆の顔が暗くなる。
「今は、あまり山の近くへ行かないほうがいいよ」
桜花は足を止めた。
「山で何かあったのですか?」
老婆は周囲を気にするように辺りを見回し、声を潜めた。
「人が....消えるんだよ....」
「人が……?」
「ああ...最初は山菜を採りに行った若者だった。それから、山道を歩いていた木こりが一人。昨日は、村の子供が……」
老婆の声が震えだす。
「みんな、帰ってこないんだ」
桜花の表情から、柔らかな笑みが消えた。
「....捜索は?」
「村の男たちが何度も山へ入ったよ。でも、誰も見つけられなかった。足跡も、争った跡もない。ただ……」
「ただ?」
「山の奥から、妙な音が聞こえるんだ。まるで、誰かが刀を抜いているような……」
桜花の視線が、腰の桜蕾へと落ちた。
老婆は気づかないまま続ける。
「村の者は、古い山神の祟りだと言っている。昔から、あの山には人を喰う妖怪がいるという話もあってねぇ」
「そうですか……」
桜花は静かに頷いた。
そして、老婆に向かって微笑んだ。
「お話しくださり、ありがとうございます」
「お、お嬢さん。まさか山へ行くつもりじゃ……」
「少し、様子を見てまいります」
「おやめなさい!! 村の男たちでさえ戻れなかったんだよ!」
老婆の叫びが、村の入り口に響いた。
しかし桜花は、恐れる様子もなく一礼した。
「ご心配には及びません。私は、剣を扱う者ですから」
その言葉に、老婆は彼女の腰の刀を見た。
けれども、目の前の少女がどれほどの剣士なのか、知る由もなかった。
〜山道の先〜
日が傾き始める頃、桜花は村の裏手にある山道へと足を踏み入れていた。
鳥の声が消えていた
風もない
木々の枝葉は揺れず、地面に積もった枯れ葉すら音を立てない。
自然の中にいるはずなのに、世界そのものが息を潜めているようだった。
桜花は歩みを緩めた。
―妙ですね。
妖怪の気配なら、これまで何度も感じてきた。
人間に害をなすもの。人間を避けるもの。あるいは、ただ人間の理解を超えて存在しているもの。
しかし、この静けさは違う。
生き物の気配が消えているのではない。
まるで、この一帯だけが世界から切り離されているかのようだった。
桜花は桜蕾の柄にそっと手を添えた。
「……何か、いますね」
その瞬間。
―カチン。
金属が触れ合うような音が、森の奥から聞こえた。
桜花の目が細くなる。
刀の鍔が鳴る音。
それも、ただ刀を抜いただけの音ではない。
長年、刀を扱ってきた者にしか分からない、ごく微かな違和感があった。
音の響きが、不自然だった。
まるで、誰かが刀を抜き、そして納める動作を、何度も何度も繰り返しているような。
「……紅残光、一刀流」
桜花は小さく呟いた。
「この音……」
彼女の脳裏に、幼い頃に師から聞かされた言葉がよみがえる。
―抜刀の音には、その者の心が現れる。
―焦る者の刀は荒く鳴り、迷う者の刀は鈍く響く。
―そして、極めた者の刀は。
そこまで思い出した時だった。
森の奥で、何かが動いた。
木々の間を横切ったのは、人影だった。
桜花は即座に視線を向ける。
「どなたか、いらっしゃるのですか?」
返事はない。
代わりに、再び音が鳴った。
―カチン。
今度は、すぐ近く。
桜花は静かに息を吸った。
そして、足音を消して歩き出した。
〜紅残光〜
森の奥には、小さな社があった。
崩れかけた石段。苔むした鳥居。倒れた石灯籠。
長い年月、人の手が入っていないことは明らかだった。
その社の前に、一人の男が立っていた。
粗末な着物をまとい、手には刀を握っている。
男の背後には、数人の人影が倒れていた。
村から消えた者たちだろうか。
桜花は一歩、前へ出た。
「その方々は……?」
男は振り向かなかった。
「……来たか」
低く、かすれた声だった。
「お前も、俺の邪魔をするのか」
「邪魔をするつもりはありません。ただ、その方々を村へ帰していただきたいのです」
「帰す?」
男が笑った。
「そんなことができるものか」
その声と同時に、男の身体から黒い靄が立ち上った。
桜花の瞳が鋭くなる。
妖気。
それも、ただの妖怪が放つものではない。
男の身体は人間の形を保っていたが、その影だけが異様に大きく伸びている。影には、獣のような角と、何本もの腕が浮かび上がっていた。
「俺は……俺は、もっと強くならなければならない」
男が刀を握りしめる。
「刀さえ完成すれば、山神だろうと何だろうと、この俺を見下すことはできない!」
桜花は、わずかに目を伏せた。
この男は、何かに取り憑かれている。
あるいは、自ら望んで何かを受け入れたのか。
どちらにせよ、今の彼は正常な判断ができていない。
「……そうですか」
桜花は静かに答えた。
「ですが、そのために他の方々を犠牲にする必要はありません」
「黙れ!」
男が地面を蹴った。
次の瞬間、黒い影が社の前を駆け抜けた。
速い。
常人なら、刀が振り下ろされるまで動きを認識することすらできなかっただろう。
しかし。
桜花は動かなかった。
男の刀が彼女に届く、その刹那。
桜花の右手が、桜蕾の柄を握る。
鞘が、ほんのわずかに揺れた。
「紅残光 一刀流」
世界が静止したかのような、一瞬の間。
「壱之型・紫雲の時。」
―カチン。
澄んだ音が、森に響いた。
桜花は男の背後に立っていた。
刀は、すでに鞘の中に収まっている。
男は数歩進んだところで立ち止まり、目を見開いた。
「……な...んだと……?」
握っていた刀が、手元から滑り落ちた。
刀身には一本の細い亀裂が走り、黒い靄が霧のように散っていく。
男の身体から力が抜け、その場に膝をついた。
桜花は振り返った。
「ご安心ください。命までは奪っていません」
男の刀を破壊し、妖気の流れを断った。
それだけだった。
だが、桜花にとっては十分だ。
彼女は男へ近づき、静かに膝をついた。
「もう大丈夫です。あとは、ゆっくりお話を聞かせてください」
男は答えなかった。
ただ、呆然と桜花を見つめていた。
自分が何をされたのか、理解できていないのだろう。桜花はそれ以上何も言わず、倒れている村人たちの様子を確かめ始めた。
全員、意識はある。
ひどく衰弱してはいるが、命に別状はなさそうだった。
桜花はほっと一息をついた。
「……よかった」
その声には、先ほどまでの剣士としての威厳はなく、一人の人間を心配する優しい声だった。
〜残された音〜
村人たちを社の外へ運び出した後、桜花は社の前に立ち止まった。
すでに日が落ち、森には薄い月明かりが差し込んでいる。
男が握っていた刀は、妖気が消えた途端、ただの古びた刀へと戻っていた。
しかし、桜花の意識は別のものに向いていた。
社の奥。
崩れた壁の向こうから、かすかな音が聞こえる。
.....カチン。
桜花は振り返った。
先ほどと同じ音。
刀を納める音に似ている。
だが、今度は違う。
男の刀が破壊された後も、音は途切れていなかった。
誰もいないはずの社の奥で。
まるで、見えない誰かが刀を振るっているかのように。
桜花は桜蕾の柄に手を添えた。
「……まだ、何かいるのですね」
返事はない。
それでも彼女は、社の奥を見つめ続けた。
やがて、音が止んだ。
そして。
暗闇の中から、ひどく古びた声が響いた。
『――その剣……誰に教わった』
桜花の表情がだんだんと変わっていった。
その声は、男のものではない。
人間の声とも、妖怪の声とも違う。
長い年月を生きた何者かが、深い眠りから目を覚ましたような声だった。
桜花は静かに落ち着いて答えた。
「緋月家の師より、紅残光 一刀流を学びました」
長い間、沈黙が流れた。
やがて、社の奥から再び声が響く。
『……そうか』
その声には、かすかな驚きが混じっていた。
『あの流派が……まだ、残っていたか』
桜花は息を呑んだ。
なぜ、この存在が紅残光 一刀流を知っているのか。
そして、なぜ――まるで、流派の終わりを見届けた者のように語るのか。
問いかけようとした、その瞬間。
社の奥から、最後の言葉が響いた。
『娘よ。お前はまだ、何も知らぬ』
次の瞬間、音が消えた。
森に風が戻り、木々が揺れ始める。
遠くで、夜鳥の声が聞こえる。
桜花はしばらくその場に立ち尽くしやがて、静かに桜蕾の柄から手を離す。
「……そうですね」
彼女は小さく微笑んだ。
「だからこそ、旅をしているのです」
その夜、霞ノ里の村人たちは無事に家へ戻った。
村人たちは桜花に感謝し、ささやかな宴を開こうとしたが、翌朝には彼女の姿はなかった。
村の入り口には、旅立つ前に彼女が置いていった小さな包みが一つ。
中には、近くの町で買ったらしい桜餅が入っていた。
そして、包みの下には短い書き置きが残されていた。
『皆様が、明日も笑って過ごせますように。――緋月桜花』
春の風が吹く。
桜の花弁が、村の空を舞い上がった。
その花弁の向こう、山道を歩く一人の剣士の腰で、桜蕾が静かに揺れていた。
彼女の旅は、まだ始まったばかりだった。
〜続く〜
今後、設定を忘れる可能性が多く作者なのに設定忘れるなよ..と言ったご意見が多いかもしれません。
なるべく作品見返して設定などをメモしてるので大丈夫かもしれませんが。 コイツ忘れてんなぁとコメントでツッコミ入れてくれると戒めになります。




