13/? A級冒険者の予想外
「は? 女性用の水着を着て3階の徘徊者を乱獲している? すまない、冗談だよな? 頼む、冗談だと言ってくれ」
「残念ながら事実だ。僕も目を疑った」
「なんだよアイツ、バケモンかよ」
「今すぐ闇討ちした方が世のため人のためじゃないカ?」
チャオ・チェン率いるA級冒険者パーティー、『黄金の夜明けに吹く風』は国王軍からも信用されている。特に塔の前で見張りをしている女軍人、オリビエとチャオはこの街で知り合ってからよき友人となった。そんなオリビエから『例の黒騎士の動向に注意してください。彼は危険かもしれません』と警告されてしまったら、お人よしのチャオ・チェンは友人が困っているのを放ってはおけない。
加えて黄金の以下略は龍王とも個人的な伝手がある。もしも彼が龍王の敵である犯罪王・虎王と結託したのなら、正義感の強いチャオにとって赦し難いことだ。そんなわけで黄金の以下略は黒騎士ショウトを監視していたのだが。
「なあ、アイツ本当にC級冒険者だったのか? 本物のショウトって奴をぶっ殺して、冒険者ライセンスと名前を奪っただけの別人じゃねえのか?」
「いや、冒険者ギルドには何度も確認を取った。彼は紛れもなくショウト本人だ」
「それならなおさらおかしいだろうがよ! なんなんだあの野郎は!」
リザードマンの聖騎士エメラリエが絶叫するのも無理もあるまい。黒騎士ショウトは女性用のマイクロビキニを着て、頭にはサメのヌイグルミが付いた帽子をかぶった状態でボス部屋に突入していき、そのまま3階ボスのトロ甘水飴スライムも瞬殺してしまったのだから。本当に、部屋に入って3分も経たないうちに討伐してしまったらしい。
完全なる異常事態だ。本来、2階ボスである極上蜂蜜ハンドグリズリーでさえ駆け出しのC級冒険者には手に負えない強敵である。きちんと経験を積んで、B級に昇格できるだけの才能を持ったB級冒険者たちが、6人がかりで協力してようやく討伐できるか否かといった強力な難敵を、駆け出しのC級冒険者がたった独りで、それも数分で瞬殺してしまったのだから、誰だっておかしいと感じて当然だろう。
デザーの塔は甘くない。敵は強いし、迷宮だって複雑怪奇だ。そうでなければ何十年もかけて、王国軍も冒険者も誰も攻略できないなんてことにはならない。デザトリオンの街の住民たちが彼を人殺しのデストレ野郎と罵るのには、それなりの理由と歴史があるのだ。だが、それを嘲うように彼はいとも容易くその上を行く。
「みんな落ち着け。たとえ女装したまま3階のボスに挑むような変態とはいえ、或いはだからこそ油断してはいけない。むしろ、我々の中にあんな破廉恥極まりない水着を着て独りでトロ甘水飴スライムを倒せる者がいるか?」
「いて堪るかよ!」
「そういう問題じゃないネ。むしろアイツとは関わり合いにならない方がいいんじゃないカ? 知れば知るほど知りたくなかったと後悔するハメになりそうネ!」
「同感だ。アレを監視し続けるというのはちょっと精神に悪い」
「いいのか? みんな。A級パーティー、黄金の夜明けに吹く風が数年がかりで攻略できなかったデザーの塔を、彼が本当に攻略してしまったら。あまり個人の性癖を悪く言いたくはないが、アレに負けたとあらば末代までの恥だぞ?」
アレに負ける。その一言で、全員が押し黙る。デザーの塔の攻略は、この数十年間誰も成し遂げたことのない偉業だ。だからこそ国王は莫大な賞金を懸けたし、他国からも毎年大勢の冒険者がこの街を訪れては夢破れて散っていく。そんな歴史と伝統と屍を積み重ねてきたその頂点に、よりにもよってアレが立つのか。自分たちはそれを、指をくわえて見上げているだけでいいのか。
「まずは彼の異常な強さの秘密を探ろう。敵対するのが今ではないにせよ、何も知らないままでは危険だ。表面上は友好的に接し、水面下では彼の秘密を探る」
「そうだな。あの変態野郎、まだ隠し玉を持ってやがるかもしれん」
「隠し……玉……」
「やめなさいラオラオ。想像させないでください」
当人の与り知らぬところでとんでもないレッテルをベタベタ貼られまくってしまった黒騎士ショウト。無論、女装したまま3階ボスを突破した、という噂は爆速で街中に広まり、闇市にすら『アイツ追い出した方がよくない? 闇市に入れたくなくない? さすがの虎王も見捨てるでしょ』みたいな悪評が広まったことは言うまでもない。