<ただひとり>
──殿下。初めてお便りいたします。
私を婚約者に選んでくださってありがとうございました。
婚約者として殿下を支えられるよう、これから頑張っていこうと思います。
お母様がおっしゃっていました。
人間にはいくつもの顔がある、と。
特に殿下は王族なので、王子様として王太子殿下として、未来の国王陛下としてのお顔をお持ちです。どのお顔でいらっしゃるときも大変でしょう。
私は侯爵令嬢として王太子殿下の婚約者として、未来の王妃として殿下に寄り添っていこうと思います。
ところで、王太子殿下の婚約者としての教育のために王都の侯爵邸へ引っ越さなくてはいけないというのは本当でしょうか?
確かに辺境地方の侯爵領から王都の王宮へ通うことは出来ませんけれど、こちらでも勉強することは出来ます。
学園に入学してからでも遅くないのではないでしょうか?
あるいは教育をしてくださる方をこちらに寄越していただくのではどうでしょう?
なんでしたら殿下も侯爵領へいらっしゃいませんか?
王都だと人の目がありますが、こちらなら貴族の子どもとしてでなく平民に交じって遊ぶことも出来ますよ。
殿下がこちらにいらっしゃったら、侯爵領の森にある一番甘い苺が生る茂みを教えて差し上げます。
春に生まれた猟犬の仔犬を一匹お譲りしてもかまいません。
オヤツも半分差し上げます。
殿下が木に登れなかったとしても内緒にします。
こういうことを言ってはいけないとわかってはいるのですけれど、どうも王都は肌に合わないのです。
あ、もちろん将来は殿下と一緒に王宮で暮らすことは受け入れております。
ずっと側にいて、殿下のことをお守りいたしますのでご安心ください。
今はまだ恋とか愛とかよくわからないのですが、殿下のことは好きです。
先日王宮でお会いしたときは、あまりにお美しいので驚きました。
絶対私よりもお美しいのに、私のことを可愛いと言ってくださってありがとうございました。
お作法も完ぺきで、私も見習おうと心に誓いました。
でも一番好きだと思ったのは、一緒にお昼を食べたときです。
殿下は料理から人参をより分けていらっしゃいましたよね。
王妃殿下に窘められて凄く悲しそうな顔をして食べていらっしゃいました。
あのとき、それまでは雲の上の人のように思っていた殿下が普通の男の子と同じだと気づいたのです。
こういう言い方をするのは失礼でしょうか?
失礼だったら言ってくださいね、気をつけます。
それでですね、私は好き嫌いがありません。
なので、今度お会いするときにお食事をご一緒することがあったら、殿下の人参は私が食べて差し上げます。
婚約者ですからね、殿下のお役に立ちますよ。
もし世界中が殿下の敵になったとしても、私だけは殿下の味方になります。
だって婚約者なのですもの。
でも婚約者でなくなったら敵になるかもしれません。
殿下のことは好きですが、婚約者でもないのに想い続けていたら不貞になりますものね。
婚約者でいる限り、私は殿下のお力になります。ただひとりになろうとも味方し続けます。
よろしければ殿下も、王都へ引っ越さなくても良くなるよう私の味方をしてください。
人参は絶対にお食べしますので!