二話 まずは落ち着いて
——十分後。
「あのーシルフィさん? もう良いですよね、離れてくれません?」
「やだ」
シルフィは俺から離れずにずっと抱きついていた。
「やだじゃなくて、もう泣き止んだよね? よし、一旦離れようか」
「やだ」
さっきからこの調子だ。
……。
「……うろおおああ! 離れろおおおおお!! 流石に恥ずかしい!!」
「やーーだーーーー!! あと二十分! 寂しかったんだから、人の温もりくらい感じたっていいでしょ!」
シルフィを引き剥がそうと試みたがそんな事を言われた。
……そうだな。シルフィは三年間もこの洞窟で過ごしたのだ。
食事などは魔王軍の下っ端が持って来ていたらしいが、本当に退屈だったとシルフィは言っていた。
それならまだ体を貸そうかと思っていると、
「……え、俺なんで押し倒されてるの?」
シルフィに無言で地面に押し倒された。
……いやいや、え? なんでなんで?
俺異世界で大人になったりするの? まだこの世界に来てから一日も経ってないけど?
と思っていたが俺の上に跨っているシルフィはすました顔で。
「なんでってイブキが疲れたかなーと思って……ちょっと暴れないでよ!」
童貞思考の俺を許して!
■■■■■
——シルフィが幽閉されていた洞窟を出ると時刻は夜のようで、地球よりやや大きめの月のような衛星が洞窟の周りの草原を照らしていた。
そしてその月の周りを埋め尽くすように、満天の星々が夜空を彩っている。
「……ほえー、凄い綺麗だな」
「そうだね、三年ぶりだけど久しぶりに見た感じしないなー」
シルフィの横顔も月光に照らされていて、俺は日本にはいないであろうその美少女に目を奪われた。
……正直言って本当に可愛いなあ。
「……えーとイブキ? そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど……」
おっと。
「ああ悪い悪い。流石にわかりやすく見過ぎてたな。次からは横目に見るよ」
「分かったなら良いよ。…………ん? 最後変なこと言わなかった? 言った! おかしな事言ったでしょ!」
横で俺を揺さぶってくるシルフィはひとまず置いて。
「んで、これからどうする? 移動するにもこの暗さだったら色々危ないぞ」
月明かりにあるとはいえ暗いのには変わりない。
しかもこの世界は地球とはテイストが違う本物の魔王がいる世界だ。
「そうだね。夜はモンスターがより活発になる時間帯だし、まずはここで一夜明かして朝になってから移動をするとした方が良いんじゃないかな?」
モンスターがいる。俺の思い浮かんでいる異世界との共通点は多いみたいだ。
「そうするか。じゃあ一旦洞窟に戻ってそこで休むとするか」
「賛成! ひとまず今日は休もう!」
俺たちははきびすを返すと洞窟へと足を向けた。
その時、何となく景色を眺めていると、
「…………ん?」
今なんか遠くに光が見えた気がする!
「どうしたの、何か美味しそうなものでもあった? ……あ! あれってもしかして街じゃない? そうだよ、結構大きな街に違いない! イブキ! 早くあの街に行こうよ!」
光を見つけたシルフィが子供のようにはしゃぐ。
あの光は遠くから見ても街明かりに間違いなかった。俺も早く行きたいのは山々なんだが、さっきも言った通り今は夜だ。
このまま行くとモンスターの強さが分からないとはいえ、シルフィが滅茶苦茶に強いとはいえ、俺の死へのカウントダウンが始まってしまう。
昔からこういう時の運は悪い。
やっぱり行動は夜が明けてからだ。俺はシルフィの方を向きながら話す。
「いや、行きたいのは山々だけど行動は慎重にした方がいいと思う。という事で洞窟に戻って夜を過ごそう。……あれ、シルフィが……、あ! おい、人の話聞いてたか?! 今日はもう休もうって! もう行ってんじゃねえよ!」
シルフィを追いかけ回してようやく洞窟に戻った俺が爆睡するのが二十分後の事だった——
■■■■■
「——疲れた」
「俺も」
無事に朝を迎えた俺たちは、昨日見えた街に向けて出発したのだが、これが思ったより遠かった。
しかも、
「……シルフィがいた洞窟に、なんで人が三年もの間来ることが無かったのか分かったよ。……あんな奴の縄張りだなんて近づく事出来るわけないよな」
洞窟はキマイラの縄張りの一部だった。
キマイラとは、ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つモンスター。
そのキマイラが洞窟を出たら目の前に居るんだからたまったもんじゃない。
キマイラは俺と目が合うと、すぐに炎を口から吐いてきた。
ああ、死んだ……と思ったがシルフィが氷魔法でそれを打ち消してくれて助かった。
その後キマイラはシルフィの渾身の魔法で倒されたのだが……、
「というかさっきキマイラを倒した魔法って何だ? あと、あんな倒し方やめてくれよ。ちょっとトラウマになっちゃうだろうが」
先程、シルフィはただ凍らせる魔法ではなく氷を大きめの槍の様にして飛ばしていた。
その槍がキマイラの口の中に刺さり、血が吹き出ながら悶えてる様は見るんじゃ無かったと思う。
「さっきのは『アイス・スピア』って言って、見た通り、氷の槍を相手に向けて飛ばす魔法だよ。あと全体を凍らせ無かったのはこれを取るためなんだよね」
そう言ってシルフィは何かを見せてきた。
「ん、何だこれ。……歯?」
それは恐らくキマイラの歯。その歯は野生動物を象徴するように尖っていて俺の手のひらより大きかった。
「そうそう! キマイラって滅多にいないから、多分討伐要請が出てると思うんだよね。だからこれを見せれば確認が取れてガッポリ入るはず!」
そう言ってシルフィは指でお金のジェスチャーをする。
「だけどあんな倒し方ないだろ。……流石『氷雪の魔女』サマ。血も涙も無いな」
「いやいや私だって口を狙った訳じゃ無いよ? 偶然向こうが口を開けた時に魔法を放っちゃったから……」
シルフィは申し訳なさそうに俯きながら声を小さくする。
「まあ偶然ということにしておいてやるよ」
「いやホントに偶然だって!」
そんな軽口を叩いていると視界の隅に動物の群れが映った。
「ん? お、シルフィ、猪がいるぞ」
「いやあれはミミュートって言って食べたら美味しい奴だよ」
「えっ、あれミミュートって言うの? ……あっ! 猪が火を吹いた!」
「当たり前じゃん、ミミュートが火を吹くなんて。イブキ、もしかして相当酷い記憶喪失なの?」
まさか猪が火を吹く事が、魔法の次に異世界を感じる事だなんて。
「て事はミミュートってモンスター?」
「違うけど」
「マジかよ」
ただの動物が火を吹くのかよ。だけど異世界を希望した身としては嬉しい……いや怖いわ。
そう思いもう一度ミミュートの群れに目を向けると、
「っ! おいシルフィ! 誰か襲われてんぞ!」
何故かミミュートはかごめかごめの様に中の人を囲っていた。
「本当だ! イブキ、助けに行こう!」
シルフィは長い銀髪をなびかせながら駆け出した。
近くに行くとミミュートは俺の腰ぐらいの大きさだった。
だが日本の猪よりは少し大きく、よりブヒブヒ度は上がっていた。
「そこの人ー! 大丈夫ですかー!」
シルフィがそう叫ぶと中の人がこちらに気づく。
「あっ! 助けて下さーい! すごいブヒブヒ言ってます!」
聞こえてきたのは女性の声。ミミュートはこちらに気づいたようだが攻撃する様子はない。
そしてシルフィが魔法を放つと……!
「『アイス・カーニバル』ッッ!!」
一瞬でした。
■■■■■
「ありがとうございます、助けて頂いて。……それにしても凄い魔法ですね。ミミュートが輪っか状に凍ってる……」
シルフィの魔法でミミュートは一瞬にして氷の塊へと変貌した。しかも輪っか状に凍らせた為、何かのオブジェクトみたいになっている。
「まあ無事でよかったな。俺たちが来なかったらどうなってたことやら」
「あなたに言ってませんよ。そっちの銀髪の方に言ってるんです。しゃしゃり出ないで下さい」
「しゃしゃっ……。ごめんなさい」
俺たちが……いや、シルフィが助けたのは黒い服にに身を包んだ金髪赤眼の美少女だった。
恐らく年下の彼女は俺に対して厳しい赤い目を向けてきて、先程は思わず謝ってしまった。
「私は盗賊職のガブリエルといいます。あなた達は……そんな格好でなんでここに居るのですか?もしかして追い剥ぎにでもあったとか」
確かに、ジャージの人と薄汚れた服の人だとそう見えるか。
しかしどうやって誤魔化そう。
元魔王軍幹部とかは言うべきでは無いし……。
「えーと私の名前はシルフィ、こっちはイブキ。……あの街に冒険者になりにきたんだけど途中で野蛮な人たちに襲われちゃってね……」
いやあんな魔法使っておいて『襲われちゃった、テヘ!』なんて嘘を使えるわけが無いと思うのだが。
「そうですか! それなら一緒にイグニスの街に帰りましょう! 私も、イグニスのギルドに所属している冒険者なので色々教えられることがあるかも知れません」
冒険者? ギルド? ワクワクする単語が次々と出てくるあたり異世界を実感させてくれる。
もうキマイラの件で十分感じたけど。
すると、シルフィがひそひそと、
「イブキ、あの街で冒険者になろう? そうしたら戦ったりしたらお金を稼げるし、私がいるから楽勝だよ?」
プライドなんかクソくらえ、と思っていたがいざそう言われると少し情けない。
しかしそうしないと生きていけない。俺はすぐにシルフィに頷いた。
「じゃあ一緒に行こうか、ね、イブキ」
「そうだな。それじゃあよろしく頼む」
しかし俺が返事するとなぜかガブリエルの顔が曇る。
「あなたも来るんですか、しょうがないですね」
「何か俺への風当たり強くない?!」
やたらと俺に厳しいガブリエルと一緒にイグニスの街へと重たい足を動かした。
イグニスの街は魔王城から遠くもなく近くもない場所に位置するらしい。
そしてこの世界はモンスターが存在するから、街を壁で囲むいわゆる城郭都市が多いとの事。
このイグニスの街もその例に漏れていない。
と、ようやく街の入り口が見えてきたのだが俺は重要なことを思い出した。
シルフィの事だ。
彼女は戦ったことはないとはいえ元魔王軍の幹部。
もしかしたら懸賞金などかけられていたとしてもおかしくは無い。
俺は小さな声でシルフィに話しかけた。
「……なあ、お前『氷雪の魔女』じゃん。懸賞金とかかかってないの? 俺、厄災を解放したみたいなのやだよ?」
俺の言葉にシルフィも小さな声で答える。
「それは大丈夫だよ。魔王城の中でずっと過ごしたし、先代はもう死んでいるからね」
「……そうか、何か悪いな」
「大丈夫! 私もイブキと会えて嬉しかったから」
……何か目頭が熱くなってきた。
日本ではただ学校行って帰ってゲームしての繰り返しだったから、こんなに女の子と話したことなかったし、異世界転生して良かったなあ……。
「イブキ、発情期のサルじゃないんですからそんな顔しないで下さい。不愉快です」
「もう許さねえ! その失礼な口を塞いでやる、覚悟しろ——!」
「——おかしい」
「全くおかしくありません。一応私は冒険者なんですよ? 一般人には負けません」
あの後見事に喧嘩に負けた。
やはり冒険者はパーティの仲間とかと鍛えてんのか……。
「あれ? お前ってパーティとかに所属してたりするの? 一人で街の外に出てたけど」
「いいえ?」
「……ぼっちか」
「違います! パーティメンバーがいないだけで友人などはいますから!」
必死に弁明してくるあたり少し怪しいが、追及しないでおこう。俺の身の為にも。
「でも、パーティには入らないの?」
シルフィがそう尋ねるがガブリエルは首を振る。
「だって、私の家は……。いや、なんでもないです。さあ行きましょう! 街はもうすぐです!」
「あ、おい!」
ガブリエルは意味ありげに言葉を濁らせると、街へと駆け出した。
街の中に入るとそれはそれは日本とはかけ離れた、ゲームではお馴染みの中世ヨーロッパ風の街並みだった。
石造りの道をカラカラと馬車が走り、道沿いにはネコミミ少女もいる。
……叫びたい! 今めちゃくちゃ興奮している!
そう葛藤していると前を行くガブリエルが振り返った。
「ひとまず呉服屋に行きますか。二人とも酷い服装ですから。特にイブキと居ると私とシルフィも変質者に見えてしまいますからね。ここは助けてくれたお礼に私のプレゼントです」
酷いこと言われたが話が進まなくなるので黙っておこう。
「そうだね。ありがとうガブリエル!」
「いえ、せめてものお礼ですので。それでは行きましょうか」
やっぱり俺とシルフィの扱われ方が違うが、俺たちはすぐ近くの呉服屋に入った。
呉服屋の中にはガブリエルが来ているようなローブや何かのマントなど色々な服があった。
「こんなもんかな……。どうだシルフィ?」
俺は長ズボンと半袖、そして革製の籠手をつけてみた。冒険者は籠手があった方が良いとガブリエルに言われた。それが有ればもし斬られそうになっても対処できるとの事。
……怖っ。少しだけ冒険者になるのをためらってしまいそうだ。
見た目だけは冒険者だ。見た目だけは……。
何でも見た目から入るのは良いと俺は思う。
「良いと思うよ。冒険者ぽいし、少し強く見えるね」
「だよな! 冒険者ぽいよな! よかったよかった。それでシルフィは……」
シルフィは先程の薄汚れた服から一転、可愛らしさを全面に出したゆったりとした服装だった。
氷雪の魔女という二つ名の如く、白を基調としていて、その目のように、青い模様も入っている。
「どうかな?」
「…………」
思わず見惚れてしまって言葉にできない。
「黙ってないでなんか言ってよ」
さっきより断然大人に見える。可愛いのは変わってないのに大人っぽさが加わるなんてとんでもなく可愛い。
語彙力がヤバいくらい可愛い。
「い、良いと思うぞ……」
照れてしまって、横を向きながら答えたが、
「ふふ、ありがと」
こんな時だけ大人の笑顔で微笑んだ。
……やっぱりズルいなあ。色々と。
「……イチャイチャしないで下さい」
こっちもやっぱり失礼な口だ!
年末年始は家でゆっくりします。
外出は控えようかと……。
別にそういう相手がいないからとかでは無くて。
本当に……!




