一話 氷と雪の想いを風にのせて
クリスマスイブのイブキ君です。
日本では一颯。異世界ではイブキ。
名前はカッコいいなあ。
——地球とは違う世界、すなわち異世界。
それは幻想的で、神秘的で、地球には無いものが溢れている。
そんな世界に転生した俺、深巳一颯は、中世ヨーロッパ風の典型的な場所ではなく。
「暗っ! 何で洞窟みたいなとこなんだよ、……もっとこう爽やかな草原みたいなさあ、異世界を感じれる場所にしてくれないかなあ」
薄暗くてひんやりとした洞窟らしき場所。つまり俺はここに転送させられたらしい。
全く持って意味がわからん。
いや、あの女神にとって意味など無いのかもしれない。
ふと首に冷たい感触が広がった。どうやらレアが言っていたペンダントのようだ。
流石にこれは用意してくれていると知り、ホッとする。
そのペンダントには何かのマークが付いているようだが、暗くてよく分からないがその確認は後だ。
「ひとまず、少し歩いてみるか。何かあるかもしれないし」
そう言って俺は足を進める。洞窟の壁には数メートル間隔で松明が設置していて薄暗いながらも足元は見える。
そして俺は少し進んだ先で足を止めた。
そこには、大きなドアがそびえ立っていた。そのドアには禍々しい装飾がなされていて、どことなく不気味だ。
例えるならRPGとかの……。
「……ボス部屋とかじゃ無いよな。まあ、あの女神を信じてみようか。……いやあんな女神信じられるかよ」
ドアの前で一人で突っ込むが、そうしてないと心細いのだ。
恐る恐るドアを開ける。思ったよりすんなりと開いた。
「鍵が無いって事はボスは居ないな……」
と思っていたら、
「……ボスだなんて酷いなあ。これでも立派な乙女のつもりだよ?」
部屋の奥から透き通るような声が聞こえた。
その声の主は部屋の奥で、脚を鎖で繋がれている。
「えっと……、いろいろごめんなさい」
思わずその悲壮さに謝ってしまった。
年齢は俺と同じくらいだろうか。銀色の髪を伸ばしたブルーの瞳を持つ少女がそこに居た。
汚れている服を見に纏っていて、この場所に閉じ込められてるのは一目瞭然だ。
「えっと……、この状況ってどういう事?」
「……それは私が聞きたい事なのに。君はどうやってここに来たの? ほら、ここに座って」
そう言って彼女は自分の横をポンポンと叩く。
閉じ込められてるのに意外と明るい彼女に少し警戒はしつつ、俺はそこに座る。……近くで見るとスッゲー可愛いな。
「じゃあまずは自己紹介だね、私はシルフィ。……近くで見ると本当に似てるなあ。君の名前は?」
「えーと、俺は深巳一颯。ていうかシルフィさんは……「呼び捨てで良いよ」……シルフィは何でこんなとこに居るんだ?」
その俺の質問にシルフィはそこそこの胸を張りまくる。
「知りたい? なら教えてあげよう! それはね……私が『氷雪の魔女』と呼ばれた魔王軍の幹部だからだよ」
………………魔王軍!?
もうクライマックスじゃねーか! あの女神のヤロー、とんでもない所に転生させやがって……。
……しかし、こんな子が魔王軍の幹部とは。
「そんなに怖がらなくたって大丈夫。現在進行形で幽閉中だから。しかも肩書きも元だからね。」
小さい子のように俺を宥めるシルフィだが、その容姿のせいであまり魔王軍という実感がない。
しかしその足に鎖が繋がってるのは事実なのだ。
「て事は、何か悪いことしたのか? 鎖も繋がってるし」
「結構他人事だね、君。……まあでも、それなら私の身のうち話をしてあげる! 心して聞いてね」
氷雪の魔女はそう言って微笑んだ。
■■■■■
シルフィは魔王軍の元幹部、と言っても元人間。
五年ほど前。先代『氷雪の魔女』から力を受け継がれて、半ば強制的に幹部になったらしい。
「それだけ先代は凄かったのか?」
「それは凄かったらしいよ。先代が魔法を使えば大抵の敵は氷漬けになるって。本気を出せば街一つ凍らせられるとも聞いたことがあるよ。凄いよね!」
「すげーな……」
しかし、シルフィは能力は受け継いだがそれを上手く扱えなかったようで、戦った事はないとの事。
しかし内に秘められた力はやはり魔王軍幹部クラスで、肩書きとその潜在能力で、魔王軍という組織の中を自由に生きていた。
「だけど少しぐらいなら使えたんだよ? 悪戯するレベルで」
──そして三年前。
外の世界に夢見た彼女は魔王城からの逃亡を図るも呆気なく捕まってしまいこの洞窟に幽閉させられてしまう。
「と言うのが私の半生です!」
「……お前三年も閉じ込められてるのか。大変だな、俺だったら発狂するぞ」
俺だったら一週間は寝て過ごせるが、二週間目からゲームやラノベが読めない事による禁断症状が出て、1ヶ月後には暴れ回るビジョンが見える。
ヤバい奴だな、俺。
「そうだねー、とっても寂しいなあー。誰か楽しそうな人いないかなあ!」
シルフィが何故だか楽しそうに、わざと棒読みしたような声をあげて笑っている。
学校でも人の表情をよく見てた俺は、この表情が何を意味するのか分かる。
……俺に期待する表情だ。
「やだ」
「やだって何?! ここは私のお願いを聞いてくれる流れじゃないの?!」
……そう言われてもなあ。
「悪い。俺に流れなんていうコミュ力の高い奴がする事は出来ない。そんなの無理だ」
あんなウェイウェイした奴の何が楽しいんだコラ。
じっくり小説読んでる方が百倍良い。
「ははーん、君、友達いなかったでしょ?」
シルフィがニヤニヤした顔で聞いてくる。
………。
「黙ってないでー、そうでしょ、こんな可愛い子と話したことないんでしょ?」
「帰る」
「帰らないでえええ!! 一緒にいてよー!!」
シルフィが抱きついてきた。
……こういうのはやめて欲しい。
「はいはい、分かったから抱きつくのやめろ。恥ずかしい」
俺は抱きついて来たシルフィを体から剥がす。
「ありがとう、ごめんね友達居ないとか言って」
それは事実なのでなんとも言えない。
……そして何を話していいかも分からない。
「それで、一緒に居てと言ってもどうするんだ?」
俺の言葉にシルフィは考えている。そしてぽんっと手を叩く。その一つ一つの動作が可愛らしい。
「じゃあイブキの話をしてくれない? 私の話はしたから」
「お、おう。そうか」
急な名前呼びに、俺は少しだけ照れながら、
「よし分かった。それじゃあ俺の身のうち話をしよう。心して聞いてくれよな」
俺の笑顔に魔女も笑ってくれた。
「──つまりイブキは引きこもりだったって事?」
「違う! 断じて引きこもってたわけではない! いつもは学校に行ってたし!」
俺は只今シルフィに誤解されている。
嘘はあまり付きたくないので自分のダラしなかった生活をオブラートに包んで説明したが、引きこもりだと勘違いされてしまった。
断じて引きこもりなどでは無いので、誤解は解いておかなくてはならない。
「らのべとかげえむとか分からないけど、休みの日も多少は外出しないと。……私が言っても全然説得力ないけど」
「だから違うって! ……もういいや埒があかない。この話は終わるけど、俺は引きこもりじゃないぞ」
「そうしようか。この話は聞かなかった事にするよ」
そうしてくれると有り難いが、誤解は解けてなさそうだ………もういいや。
…………あれ。何か俺の話が終わったら急に静かになったんだけど。
どうしよう、前世もあまり話してこなかった俺の隠キャモードが、今世でも発動するとは。……まあそりゃ発動するよな。
「——ねえ、一つ聞いてもいい?」
この沈黙の中透き通る声が響いた。
「どうした?」
「イブキはこれからどうするの?」
「?」
「さっきの話から聞くに、イブキは自分の家に帰れないんでしょ? というか本当にどうやってこんな所に来たのかな」
シルフィには、俺はこことは違う世界で死んで転生したとは伝えてない。そしてここに来たのも記憶がないという事にしている。
こことは違う世界から来たと言っても信じてもらえない可能性のほうが高いと思った。だから特に言わなかった。
だけど質問には答える。
「……俺は、自由に生きたいんだよな。自分がしたいことをして、自分が行きたい所に行って、自分が食べたいものを食べて。でも俺の国ではそんなのが出来る人は一握りだ」
今だから言うけど、日本では将来などの不安から逃げるためにゲームとかをしまくってたのだ。
しかし今俺は異世界にいる。だから日本では出来なかったことをしてみたい。
「ニホンってとこはそんな感じなの?」
シルフィがそう聞き返す。
「そう。だから俺は自由に生きたいんだ」
「そう」
そう言ったシルフィは何か決心したような表情をした気がした。
「それじゃあ私に言いたいことがあるんだけど聞いてくれない?」
「? 何だ?」
「私とここから外へ出ない?」
シルフィは美しくも子供みたいに、無邪気に俺に微笑みかけた。
そして俺を一直線に見つめてくる。
女子から目を見られると思春期男子だからか、背けたくなってしまうが、どこか儚くて幻想的なシルフィの青い目に吸い込まれてしまいそうだ。
「私だって、自由に生きたい。魔王城でも割と自由だったけど、旅に出て、この世界を見てみたい! そしてイブキ、君と会ったのも運命さ! 君と一緒にいたいんだ。イブキも私と一緒で頼れる人が居ないんでしょ? だからどうかな?」
それはシルフィの切実な思い。俺と一緒で自由に生きたいという思い。
正直俺は魔王軍とかを見たことが無いからシルフィの幹部の姿とかは想像出来ない。
だけど、まだ会ってそんな経ってない奴と一緒にいたいだなんて……、
「……お前、運命だの何だの、結構なロマンチストなんだな」
「もちろん! だってこんなに可憐な乙女なんだよ? 夢を見ずにはいられないさ!」
「それ、自分で言うのか……けどそうだよな。こんな所に居たってつまんないもんな」
……ん? ……あ、そういえば重大な事を忘れていた。
「いやでもさシルフィ、お前今幽閉中だって自分で言ってたじゃないか。しかも上手く力を使えないんだろ?」
そうだ。シルフィは先程自分でこの状況を説明したのだ。ここに幽閉されてると。
だから一緒に外へ出るなど出来ないはず。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
俺の言葉に首を傾げるシルフィ。
──とその瞬間、辺りが急激に冷えてきた。一体なんだ?
ああ、これはなんかヤバイやつだ。感覚的に、本能的に身体がヤバいと伝えている。
しかもシルフィの周りの空間がどんどん歪んできた。
「おわ! 何だよシルフィ?!」
「……私はこの三年間、この幽閉生活で自分の力を見つめ直し、一から魔法を磨き続けたんだ。何回も考え、何回も練習してきた。そして近付くことができた。……魔王軍の幹部の中で最強と言われた、『氷雪の魔女』に!」
主人公のようなセリフにとんでもない空間の歪み。
ああそうか、チートは俺ではなく、彼女に与えられたのか。
「『アイスカーニバル』ッッ!!!」
銀髪をなびかせて放ったその魔法は、洞窟の壁を一瞬にして氷漬けにした──
■■■■■
「——やべー、これが魔法か……。というか威力ふざけ過ぎだろ」
俺は今、絶賛腰抜け中だ。別に魔法の威力にビビったわけではない。魔法の圧に負けただけだ。
…………すいません強がりました。結構ビビりました。
「そりゃそうだよ、魔王軍幹部の中で最強と言われた『氷雪の魔女』の力だよ? ……こんなのはまだ序の口さ、本気見せてあげようか?」
そう言ったシルフィの手からは、さらに強い冷気が感じられる。
「やめてくれ! 凍え死んでしまうわ!」
……この三年間、シルフィは主人公によくある覚醒イベントか何かを乗り越えて、この力を手にしたようだ。
自分でも何を言ってるのかよく分からないが主人公補正は俺ではなく、彼女に傾いたようだ。
「て事はその鎖も壊せたりするわけ?」
「もちろん!」
シルフィはそう言って鎖に手をかざす。すると鎖は凍りつき、そして弾けとんだ。
そしてドヤ顔のシルフィが俺の目に飛び込んでくる。
「スゲーウラヤマシイナー」
「棒読みなのやめてくれる?! ……まあこれで脱出できるよ。どうする?」
そう問いかけてくる。
そりゃもちろん、この洞窟を出るという一択だが、どうしても腑に落ちない事がある。
それは、俺と一緒に居たいという事。
「……いやさあ、何で俺なんかと一緒にいたいんだよ。何なら俺は、……ただ俺はここに来ただけだ、お前は本当にいいのか?」
俺の言葉にシルフィは困ったような笑顔で答える。
「……当たり前だよ。別に一人で脱出するのも出来たんだよ? だけど、それじゃあつまらないって言うか、生きる意味が無いんだよね……」
俺が思ってるより彼女は寂しかったのだろう。
笑ってはいるがその目はどことなく悲しそうなのを俺は見過ごせなかった。
「だから私を助けてくれる王子様を待ってたの! というか魔女っ子は嫌い? ね、一緒にここを出ようよ」
「……う、うーん、でもなあ……」
“元”でも魔王軍幹部というのが引っかかるのだが……。
もし外へ出て知ってる人がいたら厄介というか。
俺が渋ってると、
「……ダメ?」
シルフィが上目遣いをしてきた。
……ずるいんだよなあ。
というかこの子は多くの時間を魔王城で過ごした。本などで外の世界の知識はあるものの、まだまだ分からない事も多い。
それなら俺と一緒に自由に生きて、色んな事をすれば良いのでは?
俺もシルフィと話してると何やかんだで楽しい。
……それだったら、
「……決めた」
俺は今一度シルフィの目を見つめ直す。
「よし分かった。俺もお前と一緒に行こう。だけどな、俺にも言いたい事があるんだ」
「何?」
「……俺を守ってくれ」
それはこの世界を知らない俺に一番大事なこと……だと思う。そうだ。俺はまだ異世界に来て日の光すら浴びてないのだ。
あんなぶっ飛んだ魔法がある世界。
女の子一人守れる自信が無い。というか、逆にシルフィは絶対俺より強い。
だからプライドなんてクソくらえだ。
…………しばしの沈黙。あー。引かれたかな?
と、シルフィが滅茶苦茶笑い出した。
「やっぱりイブキって面白い! まさか守ってくれとか言われるとは思わなかったなあ。自分に正直過ぎない?」
こうなるとなんか恥ずかしくなってくる。
「笑いすぎだ! ……ああそうだよ、俺よりお前の方が絶対に強い。しかも魔王なんているんだろ。お互い身寄りもないし、お前の手を貸してくれ。……出来るだろ? 『氷雪の魔女』さん」
俺は手を伸ばす。その手の向こうに見えるのは、笑顔のシルフィ。
「もちろん! 今から私は君の魔女サマになるよ。……君の特別な存在になってあげる」
シルフィは笑顔が印象的な少女だ。
可愛らしい笑顔は、見る人も自然と笑みが溢れてくる。
しかし彼女の目から、涙が、溢れて——
「——何てっ、たって、君は私を見つけて、くれたから! ——私と一緒に居たいって言ってくれたから……!」
どんどん涙声になってきた。
今まで溜め込んでたのが外へ溢れ出ている。
しかし彼女は自分の思いを伝え続ける。
「そして君と、一緒に歩んで行こう——ありがとう、イブキ!」
シルフィが俺の手をすり抜けて、抱きついてきた。
シルフィは俺より背が低い。
俺は百六十センチ後半だから彼女は百五十センチ後半くらいだろう。
こんな小さな身体が三年間も幽閉生活を耐え抜いてきたのだ。
強いのは当然だが、今はこの胸を貸して泣かせといてやろう。
——俺の異世界生活は、元魔王軍幹部と共にする。
先行きは不透明だがやるしかない。
何故なら運命の出会いをこの洞窟で果たしたからだ。
…………俺も結構なロマンチストだったわ。