十六話 笑顔
「——ごめん」
そんな悲しい顔しないでくれよ。
降りしきる雪が炎に照らされ、雪のような銀髪の彼女は悲痛に顔を歪めていた。
「昔、魔王城で一緒に過ごした仲なんだ。……世界の平和の為にも逃がす訳にはいかないけど、私の手では……出来なかった。だから、謝るよ」
……シルフィは昔、魔王城内で生活していた。
しかし、俺はその事実しか知らなかった。だからフラムの事も知る由が無かった。
だけど、今日の戦いは終わったんだ。
「……良いって、みんな無事だったんだから。早く帰ってみんなで宴会でもしようぜ」
俺は冗談まじりにそう言った。
しかし、それでもシルフィは俯き加減だ。
「イブキは優しいよね。……これからはガブリエルにその優しさを分け与えてね」
「……は?」
突然、意味が分からない事を言った。
……まるで、自分が居なくなるような。
その時、シルフィの目が真っ直ぐに俺を捉えた。
その目は赤く、涙が滲んでいて……。
「——私は一緒に帰らない。ここでさよならにしよう」
一瞬、頭が真っ白になった。
数秒経って、その意味を理解してしまった。
「……え。な、何言って……」
「だから、ここでお別れなんだよ。馬鹿じゃないイブキなら理解できるでしょ?」
「できるけど! 何で……! 守ってくれって、俺と歩んでいくって言ったじゃないか!」
昨日の夜も、初めて会った時の事も、嘘にはしたくない。
しかし、俺の叫びも、冷たくなったシルフィには届かない。
シルフィは悲しそうに笑う。
「私って何者だと思う? ふふっ、元魔王軍幹部の『氷雪の魔女』何だよ? そんな私と一緒に居たら、君たちに危害が及んでしまうんだ」
「……そ、そんな事」
ガブも反論しようとするが。
「無いって? ……たった今、有ったじゃない。もう一度言うよ。…………イブキ、ガブリエル、ごめん」
シルフィは申し訳なさそうに声を細める。
そして、もう一度謝った。
「約束、一つしか守れないね。ずっと君と一緒に、君の隣に居たかった。でも私が居たら、皆を不幸にしてしまうかもしれない。……だから、私が居なくなって、君を守るよ」
呆然と立ち尽くす俺とガブ。
その前に、俺の大切な氷雪の魔女。
「私と居ると、またフラムが……いや、魔王軍幹部が総出で来てもおかしくない、だから……」
そう言葉を濁される。
だから……じゃないだろ。
そんな事、有ってたまるかよ!
「二人とも、会えて嬉しかった……………………イブキ、この手は何?」
俺は無意識のうちにシルフィの手を掴んでいた。
もうシルフィにいつもの笑顔は無い。
泣き笑いのような感じだ。
……本当に、
「バカだな」
「……! 何でよ! これは君たちの事を思って……」
「じゃあ何だ。お前、これから一人で生きてくのか?」
俺は率直な疑問をぶつけた。
シルフィは少しだけ間を置いて。
「うん、そのつもり。……何? 私が一人じゃ生きられない弱虫だと?」
何言ってんだ。
「うん」
「ふぇっ?!」
当たり前だろ。
「何がふえっ?!だよ。あの洞窟で生きてく理由が無いって言ってたの、お前じゃないか。それにさあ、意外とお金にがめついし、大食漢だし……可愛いし」
「最後だけ私情ですけど、シルフィ、そう言う事ですよ! 貴女、意外と散財するんです!」
「……」
俺たちはシルフィの良い所も、そうで無い所も知ってる。
この子が意外とクエスト代の配分を気にしたり、食費ギリギリまで平らげたり。
好きな物はお金が有ればすぐに買う。
お陰で、いつも貯金が無いに等しい。
しかし、それも楽しい物だ。
……それに一番許せない所があったのだ。
それは自分を下に見て笑った事。
「もうこの際だから言ってやる! 俺はな、お前の笑ってる顔に惹かれたんだ! ……そんなお前が、自分を卑下して笑ってんじゃねえ!」
シルフィが、ハッとして顔を上げる。
太陽のように笑うシルフィがそんなに悲しく笑うのを見たくなかった。
だからこそ、俺たちと一緒に冒険とかをして、一緒に笑い合いたい。
魔王軍が来ても、関係ない!
自然と手を握る力が強くなる。
「元魔王軍がなんだ! 氷雪の魔女がなんだ! 俺はお前と一緒に居たいから、あの洞窟でこの手を取ったんだ! 今ここで離してたまるかよ!」
この異世界で初めて出会った人だからじゃない。
俺がそう思ったから、今も手を取ってるんだ。
だから、一生手を繋いでいきたい。
シルフィの青い目にはうっすら涙が見え、
「……手、痛いんだけど」
そう、ポツリと呟いた。
力を込め過ぎてしまったみたいだ。
「……ああ、悪い」
俺は手を離さずに力を緩める。
「もしさ、強い奴が現れたらどうする?」
「皆で協力して倒す」
唐突なその問いに俺は即答した。
「ふふっ、やっぱりイブキらしいや。簡単に俺が守るとか言わないね」
それは悪いと思ってる。けど、そう言える程の自信と責任が無いんだ。
すると声を震わせて、シルフィが手のひらに力を込めてきた。
「……でも、イブキがそんな必死に口説いてきたらしょうがないなあ」
く、口説いてなんか……無い、筈。
目の前の彼女は、しょうがないなあと言わんばかりの表情だ。
「ねえ、イブキ。……元魔王軍幹部の魔女っ子は嫌い?」
シルフィがニッとして、いつかの質問を投げかけた。
確か初めて会った時だったっけ。
……あの時は答えてないが、今なら言える。
「大好きだ」
そうだよ。
その笑顔が大好きなんだ。
「だからこれからも一緒に笑い合おうぜ」
俺はシルフィの手をもう一度強く握った——
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「た、ただいまあ……」
夜も更けた頃、ようやくレアニスト教会に帰り着く事が出来た。
正直、しばらくはゆっくりしたい。
クエストなんか今はどうでも良い。
それは全員同じようで、
「一日で色々あり過ぎですよ! 魔王軍幹部と遭遇したり、イブキがシルフィに告白したり!」
「おい、声を大にすんじゃねえ……って痛たたた……」
無事帰る事が出来た安心感からか、急に左腕がズキズキと痛んできた。
見ると、炎魔法が当たった所が赤く腫れ、生々しい傷があちこちにある。
「ごめんね、私がちゃんと出来なくて……」
「大丈夫だって。これからは皆で頑張ろうって言っただろ? 謝るのはもう無しだぞ」
また謝ってくるシルフィの頭を俺はぎこちなく撫でる。
顔が赤くなったシルフィは、
「わ、分かったよ。それじゃ、私はトレニアさんを呼んでくるね。回復魔法をしてもらおう」
そう言って奥の居住スペースまで駆けていき、すぐに戻ってきた。
「あら、おかえりなさい……て、皆大丈夫? ボロボロじゃない! 特にイブキ君、その左腕……! 早くヒールしてあげるわ」
トレニアが手をかざすと、俺の左腕が淡い光に包まれた。
一回のヒールでは傷が塞がりきらなかったが、何回も唱えてくれた。
流石は聖職者。良い回復魔法をお持ちで。
しかし、傷跡は結構残った。
「ごめんなさいね。傷跡は消す事が出来ないのよ」
「いや、ありがとうございます。十分ですよ」
その後他の二人にもヒールをかけて、俺たちはリビングへと移動した。
部屋の端にはソファがあり、俺とシルフィが腰掛ける。
するとトレニアが暖かいココアを持ってきてくれた。
「ありがとうございます。気を利かせてくれて」
「良いのよ。それで、どうしたの? 何が有ったか聞かせてくれないかしら?」
「実は……」
俺たちはトレニアに今日の出来事を伝えた。
……いや、好きだとか言った所は別にいいだろ?
あ、おいガブ。何だよその目は。
すると、トレニアは全て納得したような表情で腕を組んだ。
「……なるほど、魔王軍幹部が……。シルフィちゃんが氷雪の魔女だから連れ戻しにきたのかしらね?」
「あーそうなんですよ。アイツ、人の事考えろって…………え?」
今なんて?
「トレニアさん……もしかして、気づいてます? シルフィの事」
ガブがそーっと尋ねると。
「ええ。昨日、シルフィちゃんの部屋にイブキ君が入っていくとこ見ちゃったのよ。それで期待して覗いたんだけど……」
み、見られてたとは……。
いや変な意味じゃないぞ。
「で、でも、今日の朝とかも、何で普通に接してくれたの? 氷雪の魔女って怖くない?」
困惑しているシルフィにトレニアは微笑を浮かべ、
「何言ってるのよ。ここで生活してる以上、貴女のことは妹みたいに思ってるのよ? 妹を嫌いになるお姉ちゃんなんて居る訳ないじゃない」
そっとシルフィを抱きしめた。
流石は大人。包容力は半端ない。
その腕に包まれているシルフィは、心地良さそうに目を閉じる。
「だから、安心して、ここに貴女を悪く言う輩はどこにも居ないわ」
「……うん! ありがとう!」
……良かった。これでシルフィも救われるな。
今度、トレニアさんに何か高いご飯奢ってあげよう。
……それにしても今日だけで色々有ったな。
早く風呂に入って寝よう。
今日はぐっすり眠れそうだ。
その良い雰囲気の中、ガブが思い出したかのように言った。
「そう言えば、フラムは魔王軍幹部ですから懸賞金がかけられているはずですよね」
あー、確かに。
あの時は必死でそんな事考えてもなかった。
「そうね。現役の魔王軍幹部だし、二億レアは下らないんじゃないと思うわよ」
…………………。
俺はシルフィが真顔で呟いたのを聞き逃さなかった。
「やっぱり倒しておけば……!」
…………おい。
しんみりする文章は書くのが難しいです……。
ですので、どうかご評価やブクマという労いをお願いします!
ちなみに、前回の後書きでも話した筋肉痛ですが、まだ治っておりません。