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『その日、僕は行方不明になった』9(終)
「紅葉!」
信一郎は紅葉を追い掛け、腕を掴んだ。
「どうしてだ!?一緒に帰るんじゃなかったのか!?」
「そんな事、一言も言ってないわ」
「じゃあ真白はどうするんだ!?」
「あの子はもう立派な跡取りよ。それを確認出来ただけでも私はもう満足よ」
「そんな……!お前はこのままこの世界に残るって言うのかよ!?」
「えぇ、そうよ」
「そんなの駄目だ!一緒に行くぞ!」
無理矢理、紅葉を引っ張っていこうとすると、霧が晴れ始めた。
「あっ!しまった!」
「帰り損ねたね」
「クソッ……!」
霧が晴れ、電波塔があったすぐそこには、美代と真白が立っていた。
「美代!真白!」
「そんな、どうして!?どうして戻ってきたの!?」
美代と真白は紅葉に歩み寄った。そして美代は紅葉の頬に平手打ちをした。
「紅葉ちゃん……!何でこんな水臭い事するの!?」
「そうだよ姉さん!何で今更こんな事を!」
「真白……美代ちゃん……」
「紅葉、とりあえずアパートに行こう」
「ゆっくり話そう、姉さん」
「……うん」
四人は紅葉の住むアパートに向かった。四人は卓袱台の前に座り、改まって話を始めた。
「で、話って何?」
「一緒に帰ろう?」
「……私は帰らないわ」
「どうして?」
「私はここの生活に慣れ過ぎてしまったのよ。もう、引き返せない」
「ならどうして一度村に戻った?まだその答えを聞いてないぞ」
「それは……」
「姉さん、やっぱり戻りたいんじゃないか?」
「……違う」
「違わないだろ。じゃなかったらどうして戻ったりなんかしたんだ?」
「そうだよ!帰りたいんでしょ!?姉さん!」
「……違う……!」
「紅葉ちゃん!」
「紅葉!」
「姉さん!」
「違う違う違う!私は!もう戻れない!踏み込んではいけない領域にまで足を踏み入れてしまった!もう……戻れないのよ!」
沈黙が流れた。短い沈黙だったが、その空気は重く、とても長い時間のように感じた。しかし美代は紅葉の元に歩み寄り、手を握った。
「紅葉ちゃん、本当は帰りたいんだよね?」
「だから違うって言ってるでしょ……?」
「紅葉、お前は言ったな。『戻れない』って。戻りたくないじゃなくて、戻れないって。それは、気持ちが入ってない」
紅葉は黙り込み、俯いた。
「帰りたくない、じゃないんだよね?本当は帰りたいんだよね?」
紅葉は俯いたまま、涙を流した。
「紅葉。真白はいつまでも紅葉の帰りを待ってたんだ」
「ううん、真白君だけじゃない。私達も、学校の先生も、村の人も皆待ってるよ」
「美代ちゃん……」
「帰ろう?今からでも遅くないって。失った時間は、きっと取り戻せるよ、姉さん」
「真白……!」
紅葉は美代に抱き着き、赤ん坊のように泣いた。美代はそれを受け止め、抱き返した。真白もまた、二人を抱き締めて赤ん坊のように泣いた。
紅葉はきっと不安だったのだろう。自分にとってたった少しこの世界に居ただけなのに、元の世界では自分が居なくなって数年も経っているなんて。本当は戻りたいのに、誰にもその事を相談出来ない。常に独りぼっち。この世界では空腹や老い、金銭に悩む必要は無いが、独りぼっちなのはどうしようもない。そのどうしようもなさから、心はもう限界になったのだろう。信一郎はそう思った。
暫くして紅葉は落ち着き、美代から離れた。
「……ありがとう、美代ちゃん、真白。恥ずかしいところ見せちゃったね」
「良いよ。私と紅葉ちゃんの仲じゃない」
「そうだよ、姉さん」
「うん。信一郎君もごめんね?」
「いや、いいさ」
「紅葉ちゃん、帰ろ?一緒に。失った時間は取り戻せないかもしれないけど、今度は私達が一緒の学年だよ。一緒にお勉強、頑張ろうよ」
「…………」
「まだ迷いがあるのか?」
「いや、本当に戻っても良いのかなって……」
「良いんだよ。皆、姉さんの元気な姿見たらきっと喜ぶよ」
「そうかな……」
「そうだよ」
「でも、今更、何て言ったら良いのかな……」
「『ただいま』って言えば良いんだよ。真白にも、皆にも」
「ただいま……」
紅葉はまたも俯き、涙をポロポロと流した。
「私、帰る。皆に会いたい。そしてごめんなさいって、謝りたい。そして、ただいまって、言いたい……!」
「うん……うん……」
美代は紅葉を抱き締め、一緒に泣いた。つられて信一郎も泣いてしまった。
「もう、迷いは無いな?」
「うん。あと少しでまた電波塔が現れる。そしたら、一緒に帰ろう」
「今度は逃げるなよ?」
「逃げないよ。約束する。その証拠に、今から電波塔の現れる場所に行こう」
「あぁ」
四人はアパートを後にし、電波塔が現れる場所に向かった。暫く待つと、電波塔は再び現れた。
「姉さん、行くよ!」
「うん、真白!」
「さぁ、行こう、皆!」
「私達の、故郷へ!」
四人は手を繋ぎ、電波塔に向かって走り出した。辺りは霧に包まれ、次に出てきたのは、カミヤシロ山山頂の電波塔の前だった。
「やっと帰って来れたな」
「うん、皆一緒に」
四人は笑い合い、村の方を見た。信一郎と美代は目配せをし、美代は紅葉を、信一郎は真白の肩を掴んで向かい合わせた。
「ほら、紅葉ちゃん!真白君に言う事あるでしょ!」
「そうだよ、紅葉!言ってやれ!」
「えっ…‥あ、うっ……」
「何だよ、美代、信一郎?」
紅葉は俯き、少し恥ずかしそうにしながら、モジモジと言い淀んだ。そして意を決したように、真白に向かって言った。
「ま、真白!」
「な、何……?姉さん……?」
「た……」
「た……?」
「た、ただいま!」
「……姉さん……」
真白は泣き出し、俯いてしまった。しかしすかさず信一郎は言った。
「ほら、真白、紅葉がこう言ったんだ。言う事あるだろ?」
「そうそう!言ってあげなよ、真白君!」
「うん……うん……!おかえり、姉さん!」
「ただいま!真白!」
四人は肩を組んで泣きながら笑い合った。そして下山した。途中で捜索隊の人達に保護され、それぞれの家族が待っている真白と紅葉の家に向かった。先に信一郎と美代と真白が家族が待機している部屋に入り、家族を安堵させた。
「全く、三日間もどこに行ってたんだ!」
「ごめん、父さん、母さん。ちょっとカミヤシロ山に……」
「何だって!?美代、お前も行ってたのか!?」
「そう……ごめんなさい」
「真白もかい?」
「掟を破った事は謝るよ。でも、破っただけの土産はあるんだ」
「どういう事だ、真白?」
信一郎と美代と真白は入口の方を見た。
「入ってきなよ」
「誰も怒らないから」
「きっと喜ぶぜ」
入り口から紅葉が現れた。
「た、ただいま……」
紅葉の姿を見て、真白と紅葉の家族は目を丸くし、駆け寄った。
「紅葉!?」
「どこ行ってたんだい!?」
「怪我とか無いか!?」
「だ、大丈夫だよ……」
「しかしお前、あの頃の姿のままで……」
「それは話せば長くなるというか……」
「でも良かった……お前が無事で……!」
真白と紅葉の家族は紅葉を抱き締め合い、やがて離れた。
「皆、た……」
「た……?」
「何だ?紅葉」
「た、ただいま!」
一瞬の沈黙が流れた。そして真白と紅葉の家族は微笑み、涙を流して答えた。
「おかえりなさい」
その日は警察の事情聴取を終えて、それぞれ家に帰って休む事にした。後日、信一郎と美代は真白と紅葉の家に向かい、事のあらましを説明した。すると、あの電波塔がいかに危険かが伝わったのか、あの電波塔を爆破する事にした。事は早急にしなければならないという事で、翌日、真白の家の命で警察を含め、爆破の準備を行う事になった。更に翌日、電波塔がカミヤシロ山の山頂に現れた。警察の協力もあってすぐに爆破の準備が整い、遂に爆破された。電波塔は粉々に吹き飛び、破片は消えていった。これで一件落着かと思えたが、数日後、学校からカミヤシロ山を見ると、またあの電波塔がカミヤシロ山山頂に出現した。それを見て紅葉は言った。
「やっぱり駄目みたいね」
「どういう事だ、紅葉?」
「外からだけじゃ駄目なのよ。同時に向こうのも破壊しないと……」
「どうしてその事を言わなかったんだ」
「確証が無かったのよ。向こうの世界で聞いた噂話だったから」
「姉さん、どうする?」
「家に言うしか無いわね」
信一郎と美代と真白と紅葉は真白と紅葉の家に急いで向かい、事情を再度説明した。すると、早急に事は進み、再び爆破の準備に取り掛かった。現実世界での爆破のセットは完了し、後は向こうの世界での爆破作業だけが残った。
「後は、我々がやっておきます」
自警団の一人が志願し、向こうの世界に行く事となった。
「本当に良いんですか?」
「これでこの村の気味悪い噂が消えるなら、本望です」
「……分かりました。宜しくお願いします」
自警団の男性が向こうの世界に行こうとすると、紅葉は止めた。
「ちょっと待って」
「どうした、紅葉?」
「向こうの世界に詳しい私も、一緒に行った方が良いと思う」
紅葉の言葉に、真白と紅葉の父親、雄三郎が止めた。
「何を馬鹿な事を言っているんだ、紅葉!そんな事をしたら……!」
「この悲劇を止めたいのは私も一緒なの!お願い!もう一度、私を向こうの世界に……!」
「駄目だ!これをしたら帰って来れなくなるんだぞ!」
口論を続ける紅葉と雄三郎に、美代が挙手した。
「あのー……」
「何だ、美代ちゃん?」
「スイッチ式の爆弾じゃなくて、時限爆弾にすれば良いのでは……?」
一同は失念していたのか、
「その手があったか!」
と手を叩いた。
早急に時限爆弾を紅葉と自警団の男性に渡し、一旦向こうの世界に移動し、爆弾を設置した。数時間後、紅葉と自警団の男性が戻って来た。
「準備は出来たか?」
「はい!準備万端です!」
「よし、じゃあもう爆破するぞ。皆離れろ!」
一同は早急に電波塔から離れ、遂に電波塔を爆破した。電波塔は再び粉々に砕け散り、破片諸共消えた。
「これで、全て解決、か……?」
「多分、ね……」
その後、紅葉は中学二年生として信一郎と美代と過ごした。
数年後、信一郎は都内の高校、大学まで行き、村に戻って役場に就職した。その後、美代と結婚し、二人の子供を授かった。真白と紅葉は一度東京の高校、大学に進学し、村に戻ってきて村長の補佐をする事となった。紅葉はやがて村長補佐となり、更にその補佐として真白が就く事となった。
あれ以来、電波塔は一度も出現してはいない。行方不明になる者も、行方不明になった者が帰ってくる事も無くなった。今頃、あの世界の住人はどうしているだろうか。そもそもあの電波塔は一体何だったのだろうか。それを知る者は誰もいない。それでも、この村には平穏が訪れた。奇妙な噂も、神隠しも無くなった。幸せが、平穏が訪れたのだ。
―――HAPPY END




