表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/9

『その日。僕は行方不明になった』1


 昭和58年。

 天野信一郎は中学一年生の時、親の都合で都会から田舎のとある村へと引っ越してきた。都会の空気と違って綺麗な空気で毎日が過ごし易い。ただ夜中の虫や蛙の鳴き声は五月蠅くて、そこはまだ慣れないでいた。それでも、ここの環境は過ごし易く、学校も小学校と中学校が合併して同じ教室に色んな学年が混雑した特殊な環境であり、同級生が一人しか存在しない学校であったが、それもまた楽しいものであった。

 その頃から一つ、気になっている事があった。それはカミヤシロ山と呼ばれる山に、時折、謎の電波塔が建っている時があるのだ。これについて村民は、電波塔が建っている間はカミヤシロ山に近付いてはならない、と言うのだ。一体その電波塔が何なのか分からなかったが、その掟を守り、翌年、信一郎は中学二年生になった。

 とある初夏の朝、いつものように起き、朝食を摂って学校に向かった。いつもの通学路、その途中にある地蔵の前に同級生の神谷美代が待っていた。


「おはよう、美代」

「おはよ、シン君」


 二人は名前で呼び合う仲だが、そう言った関係ではない。美代の方から苗字で呼び合うのは他人行儀な感じがして嫌だとの事だった。


「今日も早いんだな」

「待つのは女の仕事ですから」

「なんだそりゃ」

「うふふ」


 二人は世間話やこの村の事を話しながら学校へ向かった。学校では既に学年が一つ上の小宮真白がいた。


「おはよう、お二人さん」

「おはよう、真白」

「おはよ、真白君」


 真白はいつも誰よりも早く学校に来て勉強をしている。


「また勉強か?熱心だな」

「そりゃ、いずれここの長になる者だからね。知識は多いに越した事は無い」

「立派だねー」


真白は旧家の出で、将来的にはこの村の長になる訳で、本来勉強なんてしなくても良い。だが、本人の希望で都会の高校、大学まで行ってから家に戻りたいとの事だった。本当は彼の二つ年上の、姉の紅葉が当主を継ぐ予定だったが、三年前から行方不明だと言う。過去に二週間行方不明になった事もあり、三年前にもう一度行方不明になったきりだと言う。

 真白もまた美代同様、敬語を拒んだ。この学校の生徒達は全員友達だと思っているからだ。村民と距離が近い、そんな村長を目指しているからこそ、敬語は使ってほしくないとの事だった。

 勉強の邪魔をしては悪いと思い、信一郎と美代は席に着いた。

 暫くして、ドヤドヤと他の生徒達が登校してきた。そして担任の木村佳子先生がやってきてホームルームが始まった。


「皆さん、おはようございます」


 佳子先生の挨拶に、皆で「おはようございます」と答えた。佳子先生は今日の授業の内容を伝えた。自習だった。他学年が入り交ざるこのクラスでは、基本、自習だった。そして担任の佳子先生が各々の生徒に課題を出し、分からないところがあれば佳子先生が教える。そして課題が終わったら好きな科目を好きな者同士で勉強する。そんな自由なスタイルで行われるものだった。

 割と優秀だった美代は早々に課題を終わらせ、信一郎は勉強を美代から教わっていた。


「ここでこの公式を使うとー」

「あぁ、なるほど。ありがとう、美代」

「いいえ。これくらいしか出来ないけど」


 美代のおかげで結構早く課題を終わらせる事が出来た信一郎。ふとカミヤシロ山を見ると、あの不思議な電波塔が建っているのが見えた。美代の肩を叩き、電波塔を指差すと、美代は首を横に振った。


「何さ?」

「あの電波塔の事は触れない方が良いよ」

「何で?」

「あれは村の人でも立ち入らない危険な現象なの」

「現象?」

「そう。突然現れたり、消えたりする。あれには近付かないって掟がこの村にはあるって前に言ったでしょ?」

「あぁ」

「あれは『同じ時を歩めない者が集う場所』『同じ時間を歩めなくなった者が行く場所』なんだって」

「何だそりゃ?都市伝説か何かか?」

「いいえ、これは本当に起こる事なんだって。詳しい事は私も分からないけど……」

「ふーん?」


 そう信一郎と美代が話していると、佳子先生が信一郎の頭に定規をペシンと置いた。


「こーら。課題が終わったら自由とは言ったけど、勉強以外の事を喋ってて良いとは言ってないよ」

「……はーい」

「すいませんー」


 信一郎と美代は大人しく勉強に戻った。

 昼休み、ふとカミヤシロ山を見てみると、まだ電波塔はあった。信一郎は美代と弁当を食べていた。真白は弁当を食べながら勉強をしていた。それを見て二人は「凄いね」と微笑んでいた。しかし来年は自分だと自覚すると信一郎は少し気が落ち込んだ。美代はというと、実家の酒屋を継ぐから受験はしないとの事で楽観的だった。

 信一郎は美代にさっきの話の続きを聞く事にした。


「なぁ、あの電波塔って昔からあるのか?」

「うん。私達が生まれるずっと前からあるみたい」

「文献とか無いのか?」

「うーん、あるかもしれないけど、結構昔からあるみたい」

「そうなのか。何で近付いちゃいけないんだ?」

「あそこに近付いた人は行方不明になっちゃうんだって」

「へぇ、それは怖いな。神隠しってやつか?」

「うん。そして何年か経って、行方不明だった人が戻ってきたって話もある」

「なんだ、そんな恐ろしい事でもないんじゃないか」

「でもね、ある人は何年も経って戻ってきたのに、姿は当時のままだったって」

「まぁ行方不明になってたんだから服装はそのままというのも有り得るんじゃないか?」

「それがそうでもなくてね」

「どういう事だ?」

「何十年も前に行方不明になってたのに、歳を取ってなかったんだって」

「何だって?」

「そしてその人はまた電波塔が現れた時、自分から戻っていったんだって」

「何で?」

「それがさっき言った、『同じ時を歩めない者が集う場所』『同じ時間を歩めなくなった者が行く場所』。そこに行くんだって言って姿を消したんだって」

「ほう……」


 信一郎と美代が二人で話していると、勉強をしていた真白が勉強を中断して二人の元にやって来た。


「僕の姉さんも、行方不明だって話、したよね」

「真白。あぁ、うん」

「あの電波塔に向かっていったって話が、あるんだ」

「なんだって?」

「何故あの電波塔に向かって行ったのかは分からないけど、それを見たって人がいるんだ」

「そう、だったのか……」

「これが僕の姉さん」


 真白は懐から学生証を取り出し、中から一枚の写真を取り出した。そこには、真白の姉、紅葉の姿があった。


「これがお姉さんか」

「そう。もし本当にあの電波塔に向かって、言い伝え通りなら当時のままの姿で発見されるはずなんだ」

「分かった。見付けたらすぐに言うよ」

「ありがとう。出来れば、連れて帰って来てくれると嬉しい」

「分かった。必ず連れて帰るよ」


 そう言って真白は席に戻り、勉強を再開した。

 信一郎は電波塔を気にしながら午後の授業を終えて美代と一緒に下校した。そしていつもの地蔵の前で別れる事になった。


「じゃあまた明日ね、シン君」

「あぁ、ちょっと待った」

「何?」

「後で美代んとこの酒屋で父さんのお酒買いに行くから」

「そうなんだ。じゃあ待ってるね」

「おう。じゃあまた後で」

「うん」


 そう言って信一郎と美代は別れた。

 信一郎が帰宅すると、母の恵が奥から現れた。


「あら、おかえり」

「ただいま」

「もう行ける?」

「あぁ、着替えたらすぐに行けるよ」

「そう。じゃあ、はい、お金」


 恵はお金と風呂敷を信一郎に渡した。しかしいつもよりお金が多かった。


「こんなに買うの?それとも高いお酒買うの?」

「お小遣いよ。それでお菓子でも買ってきなさい。美代ちゃんの分もね」

「何で美代の分まで?」

「母親公認よ?少しは受け入れなさい」

「別に僕は美代とはそういう関係じゃないんだけど」

「良いから。あんな可愛くてしっかりした子はそうそういないわよ?今の内にゲットしておきなさい」

「はぁ……はいはい、お節介どうも」


 信一郎は部屋に行き、着替えてから美代の実家の神谷酒店へと向かった。

 神谷酒店ではエプロン姿で美代が手伝いをしていた。


「やぁ、来たよ」

「あ、いらっしゃ~い!待ってたよ~」

「いつもの」

「はいはい。お父さーん!天野さんとこのー!」

「はいよー!」


 美代がそう店内の奥に呼びかけると、美代の父、勇夫が酒瓶を持ってやって来た。


「いらっしゃい、信一郎君。おつかいご苦労さん」

「おじさん、いつもありがとうございます。父が『ここの酒は美味い』といつも喜んでいます」

「そうかい!そりゃあ良かった!」


 すると、奥の方で美代の母、正美がやってきた。


「アンタ何喜んでんの。作ったのは酒造さんでしょ」

「仕入れが良いって褒めてもらったんだよ!なぁ?信一郎君?」

「えぇ、まぁ」

「ほらな」

「信一郎君、正直に良いなよ?この人、すーぐ調子に乗っちゃうから」

「いや、本当、父は喜んでたんで……」

「はぁ。信一郎君は優しいねぇ」

「あぁ、本当良い奴だ!」

「ありがとうございます」

「で、これで良いんだよな?」


 勇夫は店の奥から酒瓶を持ってきた。


「はい。じゃあこれでお願いします」


 信一郎は持ってきた風呂敷を勇夫に渡した。


「ちょっと待っててな。包むから」

「はい。あ、先にお代払っときますね」

「はいはい。アタシが貰っとくわね」


 信一郎は正美にお金を渡し、おつりを貰った。正美は店の奥の方へと向かった。勇夫と正美が居なくなったところで、信一郎は美代に小声で話しかけた。


「なぁ、この後少し時間あるか?」

「どうして?」

「なんか母さんが美代と一緒にお菓子でも食べて来いってさ」

「何で?」

「さぁね。どう?無理そう?」

「ちょっと聞いてくるね。お父さーん、お母さーん」


 美代も店内の奥に引っ込んで行った。


「どうした?美代」

「この後少し時間貰っても良い?」

「どうしたの、美代」

「シン君からお誘いがあって」

「あらぁ、それは良いわねぇ!」

「おう、アイツなら申し分ねぇ!デートに行ってこいや!」

「もうお父さんったら!私とシン君はそういうんじゃないの!」

「良いから行ってきなさいよ!あんな真面目で優しい子、そうそういないわよ?今の内にゲットしてきちゃいなさい!」

「お母さんまで!」

「ほらほら、これ持って行ってきな」


 勇夫は酒瓶を包んだ風呂敷を美代に渡した。美代は表で暇そうにしている信一郎に酒瓶を渡した。


「で、どうだった?」

「大丈夫だって」

「そっか。じゃあ、行こうか」

「うん。じゃあ行ってきまーす」


美代がエプロンを脱いで両親に声を掛けると、「いってらっしゃーい」と声が返ってきた。

 信一郎と美代は近所の駄菓子屋に行った。


「おばちゃーん、アイス二つー!」

「あいよー」


 駄菓子屋のおばちゃん、梅がアイスを二つ持ってきた。


「あ、お金払うよ」

「良いよ。俺が払うよ。母さんから小遣い貰ってるから」

「でも悪いよ」

「良いって良いって。母さんから『おごってやれ』って言われてるから」


 信一郎は梅に代金を払い、アイスを二つ受け取ってその内の一つを美代に渡した。


「じゃあ有難く、頂きます」

「はいよ」


 二人は店の外にあるベンチに座り、アイスを食べた。


「何で急に?」

「何が?」

「こんなお誘い受けるなんて、初めてじゃない?」

「まぁ、その、なんだ……母さんが美代と仲良くしろって言ってきたもんだからさ」

「仲良く?今も十分仲良しじゃないの?」

「いや、それが、もっと仲良くしろってさ……」

「えっ、それって……」

「あぁ!いや!決して下心がある訳じゃないんだ!」

「……別にそれでも私は良いけど……」

「え?何て?」

「……あっ、いや、何でもない!」

「それより、そっちのご両親はどうなんだ?」

「何が?」

「年頃の男女が二人っきりなんて、よく承諾したなと思って」

「まぁ……私も似たようなものだから」

「そ、そっか……」


 気まずくなった二人は互いを見ないように目線を逸らし、黙々とアイスを食べた。すると、美代がカミヤシロ山の麓にある田んぼに、目をやり、動きが止まった。


「どうした?」

「あ、あれ……」


 美代が指を差した。その先には、一人の少女が田んぼの道に佇んでいた。


「あれって……」

「誰だ?」


 神妙な顔つきで美代はアイスの棒を投げ捨てて走っていった。信一郎はその棒を拾ってごみ箱に捨てて美代を追い掛けた。

 美代はその少女の元へ走り寄り、息を切らしながら叫んだ。


「紅葉ちゃん!」


 美代がそう叫ぶと、その少女は振り返った。


「あぁ、美代ちゃん」


 少女は微笑んでこちらを見た。その少女の元へ駆け寄ると、少女は辺りを見渡した。


「変わらないなぁ、この村は」

「紅葉ちゃん!一体どこに行ってたの!?心配したんだよ!?」

「あぁ、ちょっと、ね」

「でも無事で良かった……!」


 美代は紅葉と呼ばれる少女を抱き締め、紅葉も美代を抱き締めた。暫く抱き合った後、二人は離れた。


「もうどれくらい経ってるの?」

「もう三年だよ……一体どこに行ってたの?誘拐?監禁?何か事件に……」

「真白は元気?」

「うん。来年受験だから猛勉強してる」

「そっか。もうそんな歳か……」

「それにしても紅葉ちゃん、その、前と変わらないね……三年も経ってるのに……」

「私としては三か月なんだけどね」

「どういう事?」


 美代と紅葉の話に着いて行けず、信一郎は口を挟んだ。


「美代、この人誰?」

「紅葉ちゃんだよ。三年前行方不明になった、真白君のお姉さん」

「……あぁ!あの写真の人か!確かにそうだ。えっ……でも三年も経ってるのにその姿のままって言うのは……?」

「うん。私もそこが気になってて。紅葉ちゃん、どういう事?」


 紅葉は電波塔の方を指差した。


「私はあそこにいたの」

「あの電波塔?」

「そう。あの電波塔に三か月、過ごしただけ」

「どういう事ですか?」

「あの電波塔に居れば全てが過ぎ去っていく。時間も、家族も、何もかも……」

「分かるように説明して、紅葉ちゃん!」

「来れば分かるよ……」


 紅葉はカミヤシロ山へと帰って行こうとした。それを美代は止め、詰め寄った。


「ちょっと、紅葉ちゃん!家に帰らないの!?」

「今更帰ったって……」

「真白は貴方の帰りをずっと待ってるんですよ。帰って家族を安心させてやってくださいよ」


 紅葉は信一郎を見詰めた。信一郎はそれに一瞬心を奪われた。


「貴方は?ここの人じゃないわね」

「あ、僕は去年引っ越してきた天野信一郎です。美代の同級生です」

「そう。新人さんね」

「どうも、よろしくお願いします」

「まぁ、もう会う事はないでしょうからよろしくも何も無いでしょうけどね」

「会う事が無い……?」

「どういう事!?ちゃんと説明してよ、紅葉ちゃん」


 紅葉は走ってカミヤシロ山へと消えていった。信一郎は酒瓶を美代に預け、追い掛けていった。


「シン君!」

「すぐ連れて戻ってくる!」


 信一郎はカミヤシロ山に登っていき、紅葉を追い掛けた。山を登るにつれ、霧が濃くなっていった。視界が遮られていく中、信一郎はひたすらにカミヤシロ山を登っていった。気付けば、あの電波塔の元へとやって来た。


「これは……いつも見てた、あの電波塔……?」


 電波塔の下で、紅葉は電波塔を眺めていた。信一郎は紅葉の元に歩み寄っていった。すると、紅葉は信一郎の方を見て神妙な顔つきで見詰めてきた。それを見て、信一郎は足を止めた。


「今ならまだ引き返せるよ」

「どういう事ですか?」

「ここからは、神の領域。一度入ったら、もう後には戻れないよ」

「何を言ってるのか分かりません」

「ここから早く逃げた方が良いよ」

「紅葉さんはどうするんですか?」

「私はもう、向こう側の人間。これでさよならよ」

「真白はどうするんですか!?」

「真白の事、よろしくね」


 そう言うと、紅葉は電波塔の側に寄っていき、やがて霧が濃くなり、姿を消した。それを追って、信一郎も霧の中に入っていった。そして暫く紅葉の名前を呼びながら霧の中を進んで行くと、やがて霧が晴れた。その場所はどこかの街の一角だった。先に進んでみると、そこは異様な場所だった。


「何だ……ここは……?」


 そこは街だった。狂った時計がそこら中にあり、まるでデッサンが狂ったような色んな時代の建物が立ち並び、様々な時代な人が歩いて生活をしている異様な光景だった。そして信一郎の後ろには、あの電波塔があった。街の中を散策していると、紅葉が後ろからやってきた。


「遂にここに来ちゃったんだね」


 紅葉が信一郎に歩み寄ってきた。


「紅葉さん、ここは一体どこなんです?」

「紅葉『さん』は止めてよ。真白みたいに呼び捨てで構わないから。敬語も禁止」

「じゃあ、紅葉。ここは一体どこなんだ?」

「さっきも言ったでしょ?ここは神の領域。時間が歪んでる、不思議な場所」

「何だって?」

「ここでの一日は外の世界では約十日。私は三か月ここに暮らしていたから、外の世界では約三年の年が過ぎていたって事になるのよ」

「そんな馬鹿な話あるかよ」

「まぁ、まだ猶予はあるわ。すぐに戻る事をお勧めするわ」

「真白の事はどうするんだよ?ずっとアンタの事待ってるんだぞ?」

「適当に誤魔化しといて」

「そんなの無理だ。俺はアンタを連れて帰る。そう真白と約束したんだ」

「そう……でも無理な話ね。私はもうここの住人だから」

「何でだよ?」


 紅葉は懐中時計を見た。それを見て溜息を吐いた。


「外ではもう夕方だね。もう暫くここにいると良いわ。今戻って野犬にでも襲われたら事だわ」

「夕方?まだここに来て三十分位だぞ?」

「外ではもう五時間が経ってるわ」

「そんな馬鹿な」

「もう暫くここにいると良いわ。電波塔もまだ消えないだろうし」

「それってどういう……?」

「ま、ウチに来なよ。後三十分くらいゆっくりして行けば良いよ」

「…………」


 信一郎は言われるがまま紅葉に着いて行き、紅葉が住んでいるというアパートのような歪んだ建物の一室に辿り着いた。靴を脱いで上がってみると、そこは卓袱台一つに座布団二つ、畳まれた敷布団と毛布の上に枕が乗っているこじんまりとした、外観とは裏腹に普通の部屋だった。


「ここに住んでいるのか?」

「まぁね」


 紅葉は台所に向かい、お茶を淹れ、信一郎に出した。


「ま、これ飲んで落ち着いて」

「落ち着いてられるかよ……」


 信一郎は座布団に座り、お茶を口に入れた。向かい合うように紅葉は座った。


「ここはどこなんだ?」

「分からない」

「分からないってどういう事だよ?」

「聞いてる?村に伝わる伝説」

「伝説?」

「『同じ時を歩めない者が集う場所』『同じ時間を歩めなくなった者が行く場所』ってやつよ」

「あぁ、美代から聞いてるよ。それが?」

「それがここ。昔からある神隠しは全てここが原因なの。正確には、あの電波塔なんだけどね」

「あの電波塔は一体何なんだ?」

「分からない」

「何にも分からないんだな」

「えぇ。それはここに住んでる人達も同様よ」

「逃げ出したくならないのか?元の生活に戻りたいって」

「残念ながら、そうはいかないのよ」

「何故?」

「もう、後戻り出来ないくらい、時間が経っちゃったんだもの」

「紅葉は前にも行方不明になったよな?」

「えぇ」

「二週間くらい」

「あぁ、それ位だったかしら?私にとっては一日半位しか過ごしてなかったつもりだけど」

「そんな訳無いだろう。二週間だぞ。本当はどこかに誘拐されて、監禁でもされてたんじゃないか?」

「違うわ。ここにいたの」

「本当の事言ってくれ、頼む!」

「だから本当の事なのよ。私はただちょこっとここに居ただけ。それだけよ」

「……信じられない」

「まぁ、最初は誰もがそう思うわ。でも、一度元の世界に戻ればすぐに現実のものだと理解出来るわ」

「……そうか」


 信一郎は溜め息を吐き、またお茶を飲んだ。紅葉は懐中時計を見て、立ち上がった。


「そろそろだわ」

「何が?」

「夜が明ける時間」

「馬鹿な事言うなよ。まだここは夕方じゃないか」

「言ったでしょ?ここと外では時間の流れが違うのよ。それにここではいつでも夕焼けに染まっているわ」

「だとしてもまだ一時間位しか経ってないのに夜が明ける訳無いだろ。せいぜい夕方か少し夜に差し掛かる頃だろ」

「ま、外に出てみれば分かるわよ」


 紅葉は靴を履いて外に出る様に信一郎に促すと、信一郎は立ち上がり、靴を履いて紅葉の部屋を出た。暫く歩き、最初に居た、電波塔の真下に辿り着くと、霧が現れた。


「さっきと一緒だ……」

「暫くそこに居たら元の世界に戻れるから。但し気を付けて。時間のズレが生じてるから」

「紅葉はどうするんだ?」

「私はここに残る」

「一緒に帰ろうよ」

「ごめんね。もう、私の意思は変わらないから……」

「……分かった。真白には何て言ったら良いんだ?」

「『さよなら』って伝えて」

「……分かった」


 やがて霧が濃くなっていった。暫くして、霧が晴れたと思ったら、さっきの街ではなく、カミヤシロ山の頂上に居た。振り返ると、あの電波塔があった。


「どういう事だ……?」


 信一郎は辺りを見渡した。すると太陽が沈みかけているような光景が見えた。一時間位しかいなかったんだから夕方になってもおかしくない。それでも陽が沈むのが早いなと感じながら、夜になる前に下山しようと急いで走っていった。すると、一つおかしな事に気が付いた。太陽が上がっていくのだ。どんどん日が高くなっていく。まるで朝になるような感じだった。山を下りると、村民が集まって信一郎の名前を叫んでいた。そこには美代の姿もあった。すると美代が信一郎に駆け寄り、抱き着いた。


「シン君!」

「美代……どうした?」

「どうしたじゃないよ!一晩中どこ行ってたの!?」

「一晩?いや、僕は一時間位しか向こうで過ごしてないけど?」

「一時間な訳ないでしょ!でも良かった……!シン君が無事で……!」


 美代の言葉に信一郎は戸惑った。しかし紅葉のあの言葉が脳裏を過ぎった。


「但し気を付けて。時間のズレが生じてるから」


 時間のズレ……あの時は信じられなかったが、美代の涙に現実味を感じた。信一郎は美代を抱き締め返した。村民も信一郎に近寄り、「良かった良かった」と信一郎の頭を撫でた。すると美代は信一郎から離れた。


「紅葉ちゃんは!?紅葉ちゃんはどうしたの!?」

「紅葉は……向こうに行ったよ」

「向こう?向こうってどこ?」

「それはあの電波塔の……」


 信一郎はカミヤシロ山の頂上を見た。そこにはさっきまであったあの電波塔が消えていた。すると村民の皆が慌てた様子で信一郎を囲んだ。


「信一郎!お前、あの電波塔に近付いたんか!?」

「え、えぇ……」

「大丈夫!?怪我とかしてない!?」

「大丈夫です……」


 村民はザワザワとどよめき、信一郎をチラチラ見た。


「な、何か問題がありましたか……?」


 信一郎が訪ねてみると、村民達は溜め息を吐いて信一郎に近付いた。


「まぁ、お前が無事なら何よりだ。だけどな、あの電波塔……今は無ぇか。あそこには二度と近寄るな。それだけだ」

「何故ですか?」

「近寄るな。良いな」

「……はい」


 そう言って村民達は帰って行った。美代はいつもの地蔵前まで信一郎を見送ると、自分の家に帰って行った。

 信一郎が自宅に戻ると、両親が家で待っていた。


「ただいま」


 信一郎がリビングに入ると、恵は信一郎に駆け寄り、抱締めた。


「信一郎!」

「母さん」

「心配したんだから!一体どこに行ってたの!?」

「カミヤシロ山に……」


 信一郎の父親の健司は、信一郎の頭に拳骨を打った。


「心配かけさせやがって……でも無事で良かった、信一郎」

「ごめん、父さん、母さん」


 信一郎は両親に謝り、詳細は伝えないまま自室に戻った。

その日、信一郎と美代は学校を休む事にした。

翌日、第二土曜日で学校は休みだった。方々に謝罪をしに母と共に回った。そして美代の家に最後に着いた。心配かけてすまなかったと母と共に挨拶が終わった後、美代に耳打ちで「いつもの地蔵の前で待ってる」と言い残して家に帰った。そして一息ついて地蔵の前に行く事にした。


「ちょっと出掛けてくる」

「今度は行方不明にならないでよ」

「分かってるよ。じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい。気を付けて」

「うん」


 地蔵の前に行くと、もう美代が待っていた。


「早いね」

「待つのは女の仕事ですから」

「またそれか。美代らしいや」

「で、紅葉ちゃん、どうしたの?」

「あぁ、それなんだけど……」


 信一郎はカミヤシロ山を見た。あの電波塔は無かった。


「カミヤシロ山がどうかしたの?そういえば紅葉ちゃんもカミヤシロ山に登って行ったよね?」

「あぁ。僕が今回体験した事を話すよ」


 信一郎は近所の駄菓子屋に行き、アイスを買って二人で食べながら昨日、正確には一昨日の出来事を全て美代に話した。


「……って訳さ」

「そうだったんだ」

「だから僕は一時間くらいしか経ってないのに、戻ってきたらもう十時間以上経ってたって訳なんだ」

「そうなんだ……」


信じてもらえないのを承知で話した訳だが、美代はすんなりと受け入れた。それに信一郎はキョトンとした。


「驚かないのか?」

「うん」

「嘘だと思わないのか?」

「嘘なの?」

「いや、本当の事なんだけど……」

「そうでしょ?シン君が私に嘘吐く事無いじゃない」

「あぁ、なるべく嘘は吐かないようにしてるからな」

「じゃあシン君が今言った事は本当で、私はそれを信じるしかない。でしょ?」

「あ、あぁ……」


 前々から美代は優しい奴だとは思っていたが、こんな嘘みたいな話をも信じてくれるとは予想外だった。信じてもらおうとする為にあれやこれやと考えていたが、それも必要無かったみたいだった。


「それで、紅葉ちゃんは戻ってくるの?」

「……無理だと思う」

「どうして?」

「頑なに向こうの世界から帰ろうとしないんだ」

「何で?」

「分からない。でも、きっと何か理由があるんだと思う」

「そっか……で、この話はご両親に話したの?」

「いや、きっと信じてもらえないだろうと思って言ってない。山で野宿してた事にした」

「そうなんだ」

「それで、真白の事なんだけど……」

「うん。どうしたの?」

「紅葉の事、真白に話した方が良いんだろうか……」














言わない方が良いと思う→2

言った方が良いと思う→3


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ