第7話:職権乱用ですか? 皇太子殿下のご褒美が重すぎます
お茶会での隠密防衛戦から、翌日。
私は早朝から、再びルファード殿下の執務室へと呼び出されていた。
(……うん、状況把握完了。殿下の前の机に置いてあるのは、昨日私が無力化した給仕の取り調べ資料だね。裏で手を引いていた第二王子派の貴族が三人、昨夜のうちに憲兵隊に拘束された模様。うんうん、私の仕事の成果がバッチリ出ていて何より)
部屋に入った瞬間、そこまで読み取って一人で満足する。
今回ばかりは私も国家に多大な貢献をしたはずだ。ものぐさな私としては、そろそろ「三日間の連続特別有給休暇」などを申請してもバチは当たらないと思う。
「よく来たな、アルティナ。昨日の件、憲兵隊からの報告で全貌を把握した。誰も気づかない気化毒の罠を、お茶を配る一瞬で中和するとは……相変わらず神がかった状況把握能力だな」
ルファード殿下は書類から顔を上げると、実に嬉しそうに目を細めた。
「恐れ入ります、殿下。私はただ、自分の職務(サボり時間)を全うしたまでです。……付きましては殿下、この多大なる功績に対しまして、私に特別休暇を――」
「ああ、もちろん勲功に見合う『ご褒美』は用意してあるとも」
殿下は私の言葉を綺麗に遮ると、デスクの下から、白磁の美しい三段重ねのボックスを取り出した。
ふわりと、部屋の中に信じられないほど甘くて香ばしい、バターと焼き菓子の香りが広がる。
「これは……?」
「王宮の筆頭料理長に特製で作らせた、最高級のピクニックバスケットだ。中身は君の好きなスコーンや、糖分補給に最適な特製サンドイッチが入っている。これを今から、二人で庭園の特等席で食べようと思ってね」
(……はい? 二人で?)
私の早すぎる状況把握能力が、目の前の美味しそうな食べ物を前に、一瞬で「経済的・政治的リスク」を弾き出した。
(待て待て待て。皇太子殿下が、ただの専属護衛のために筆頭料理長を動かして特製弁当を作らせる? しかも、二人きりで庭園でピクニック? ……これ、周囲の貴族たちが見たら『アルティナが皇太子をたぶらかしている』って秒で噂が広がるやつじゃん! 外堀を埋めるどころか、本陣に突撃されてるレベルだよ!)
さすがにこれ以上の注目(トラブルの元)を集めるのは、私のスローライフ計画において最悪のワーストケースだ。
「殿下、お気持ちは大変ありがたいのですが、私は一介のメイド。主君と同じテーブルで食事を共にするなど、軍紀――失礼、王宮の規律に反します。私は自分の部屋で、支給されたパンでも齧っておりますので」
私はビシッと、前世の癖が出そうなほど完璧な姿勢で辞退を申し出た。
しかし、肉食獣な上司は、そんな私の抵抗など最初から織り込み済みだったらしい。
「規律なら問題ない。これは俺の『命令』だ。専属護衛として、毒見を兼ねて俺の食事に付き合え。……それとも、上司の命令を拒否して、またあの商会のライセンスの話をするかい?」
「……っ、職権乱用です、殿下」
「君がそうやって、めんどくさそうに俺を睨む顔が見たくてね」
ルファード殿下は楽しそうにくすくすと笑うと、デスクから立ち上がり、私の隣へと並んだ。
そして、私の耳元に顔を近づけ、周囲には聞こえない低い声で囁く。
「君はいつも、俺の安全や、国益のために最速で動いてくれる。……なのに、俺自身からのアプローチ(好意)からは、どうしてそんなに全力で戦略的撤退をしようとするんだ?」
(そ、それは、殿下に関わると私のニート計画が永遠に遠ざかるからですよ……!)
殿下の綺麗な瞳に真っ直ぐ見つめられ、私の心拍数が不自然に跳ね上がる。
状況把握が早すぎるせいで、殿下が冗談ではなく、本気で私を「一人の女」として手元に置きたがっていることが分かってしまうのが、本当に心臓に悪い。
「さあ、行こうか。俺の可愛い盾。……今日は一日、俺の側から離れるなよ」
私の手を優しく、けれど絶対に逃がさない強さで握りしめ、ルファード殿下は歩き出した。
(ハァ……。やっぱり、この上司の側が一番ブラックだわ……!)
最高級のスイーツの甘い香りに釣られつつ、私は自分の未来の睡眠時間がさらに削られていく予感に、心の中で盛大に涙を流すのだった。




