第1話:婚約破棄されましたが、すでに状況は把握しています
「――というわけだからさ、アルティナ。お前との婚約は破棄させてもらうよ」
きらびやかな王宮の夜会会場。
その中心で、私の元婚約者であるギルバート公爵令息は、私の妹であるミリーの腰を抱き寄せながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「お前のように冷酷で、妹を虐げるような悪女は我が公爵家にふさわしくない。大人しく罪を認め、泥をすすって生きるがいい!」
周囲の貴族たちから、一斉に冷ややかな視線と囁き声が突き刺さる。
実家のアスラン伯爵家の父親を見れば、「我が家の恥晒しめ」と言わんばかりに、これ見よがしにため息をついていた。
隣にいるミリーは、可憐に目をうるませながら私を見上げている。
その瞳の奥に、「私の勝ちね」という下卑た優越感が透けて見えた。
普通の世界の、普通の令嬢なら、ここで絶望に泣き崩れるのだろう。
けれど。
(……うん、状況把握完了。みんな予定通り、綺麗に罠にハマってくれてるね)
私――アルティナ・フォン・アスランは、感情を完全にオフにしたまま、脳内で素早く状況を整理していた。
なぜかって?
私の前世は、日本の自衛官だからだ。
過酷な訓練を耐え抜き、常に最悪の事態を想定して動くことを叩き込まれた身からすれば、この程度の「断罪劇」、もはや台本がボロボロのお学芸会にしか見えない。
そもそも、私が妹を虐げたなどという事実はない。
すべては、ミリーが自分で仕組んだ自作自演だ。
(ギルバート閣下、浮気相手の妹を隣に立たせて大騒ぎしてるけど、自分の実家の借金を誤魔化すための目くらましでしょ? 妹を我が家の跡取りにして、亡くなった私の母の遺産をまるごと着服する算段なのは、三日前に使用人の立ち話から筒抜けなんだよね。あと、そこのお父様、後妻に言われるがまま実の娘を切り捨てる書類にサインしたの、夜中にこっそり書斎を調べさせてもらったから全部掴んでるから)
私は基本的にものぐさだ。
前世で学んだ最大の教訓は「休める時に休め」。
今世では、実家の冷遇なんて適当に受け流し、婚約破棄されたらその足で田舎に移住して、一生ダラダラとニート生活を送る予定だった。
だから、売られた喧嘩は、一撃で、最速で、徹底的に片付ける。
何度も突っかかってこられて、私の睡眠時間を削られるのが一番コスパが悪いから。
「……身に覚えのない罪で断罪されるとは、驚きました」
私は、あらかじめ用意しておいた、一ミリも感情の籠もっていない悲劇のヒロインの仮面を被って呟いた。
「ふん、往生際が悪いぞ! 証拠ならいくらでも――」
「証拠なら、こちらにあります」
「……は?」
私がドレスの隠しポケットから、あらかじめ完璧に整理しておいた「書類の束」を取り出すと、ギルバートの言葉がピタリと止まった。
私はヒラヒラとそれを掲げ、周囲の貴族たちにも見えるように、凛とした声で告げる。
「ギルバート閣下。私を悪女と呼ぶ前に、まずはご自身の公金横領の記録と、我が妹ミリーとの深夜の密会の記録について、あちらにいる近衛兵の隊長様へご説明いただけますか?」
「な、何を……っ!?」
「それからお父様。あなたが後妻一派と結託して、国家への脱税に手を染めていた証拠一式ですが……たった今、あちらにいらっしゃる宰相閣下の手元へ、私の協力者から直接お届けしたところです」
私の視線の先で、厳しい顔をした宰相閣下が、届けられたばかりの書類に目を通し、こちらを鋭く見据えていた。
会場の空気が、一瞬で凍りつく。
「な、何をバカなことを! そんなデタラメ――」
「デタラメかどうかは、今から閣下の屋敷へ向かう調査官が証明してくれますわ。お二人とも、売られた喧嘩の買い方としては、少々お粗末だったのではなくて?」
私は、言い逃れできない証拠を突きつけられ、みるみるうちに顔を真っ青にしていく元婚約者と父親を、冷ややかな目で見下ろした。




