第五十七章『崩壊』
偽神の絶叫が、
世界を揺らした。
白い空間へ、
亀裂が走る。
無数の目が悲鳴のように瞬き、
黒い肉塊が崩れ始めた。
ローブの人物が初めて叫ぶ。
『やめろ!!』
怒り。
焦り。
狂気。
今までの余裕が、
完全に消えていた。
少女の胸から解き放たれた光は、
周囲へ広がっていく。
すると。
苦しんでいた魂たちが、
少しずつ静かになっていった。
『……あ……』
『いたく……ない……』
泣き声が消えていく。
ガブリエラの瞳から、
涙が零れた。
やっと。
苦しみから解放される。
ローブの人物は、
狂ったように手を伸ばした。
『返せ!!』
『その子は私の神だ!!』
ガブリエラは少女を抱き寄せる。
「違う」
銀黒の瞳が真っ直ぐ向く。
「この子は、
誰のものでもない」
その瞬間。
ローブの人物の空気が変わった。
怒りで歪む。
黒い霧が噴き出し、
巨大な人影へ変貌していく。
ローブが裂けた。
現れたのは。
痩せ細った男だった。
長い白髪。
異様に落ち窪んだ目。
そして。
金色の瞳。
ガブリエラは息を呑む。
男は笑っていた。
壊れたように。
『あと少しだった』
『あと少しで、
完璧な神が生まれたのに』
ノクスが舌打ちする。
「完全に狂ってやがる」
男はガブリエラを睨みつけた。
『お前のせいだ』
その声には、
憎悪が滲んでいた。
『神を殺したせいで、
世界はまた壊れる』
『だから私は必要だったんだ!!』
絶叫。
空間が激しく揺れる。
レオンハルトが前へ出る。
「違う」
男が睨む。
レオンハルトは静かに続けた。
「お前は、
自分の苦しみを世界へ押し付けただけだ」
男の表情が止まる。
蒼い瞳が真っ直ぐ向く。
「救いたかったんじゃない」
「怖かったんだろ」
その瞬間。
男の顔が歪んだ。
図星だった。
ガブリエラは気づく。
この男もまた、
“神が必要だった”側の人間なのだ。
苦しみ。
絶望。
失いたくないもの。
きっと何かがあった。
でも。
だからって、
誰かを犠牲にしていい理由にはならない。
男は震える声で呟く。
『神がいなければ……
皆死ぬんだ』
その瞳には、
狂気だけじゃない。
怯えもあった。
ガブリエラは静かに言う。
「それでも、
人は生きていける」
男が目を見開く。
ガブリエラは続けた。
「苦しくても」
「間違えても」
「誰かと一緒なら、
前に進ける」
ノクスとレオンハルトを見る。
二人とも、
何も言わず隣に立っていた。
ガブリエラは小さく笑う。
「私は、
そうやって救われたから」
少女も、
震えながら男を見る。
そして。
小さな声で言った。
『もう……
終わりにしよう……?』
その瞬間。
男の瞳が揺れた。
崩壊する空間。
消えていく魂。
そして。
少女の涙。
男はゆっくり、
膝をついた。
『……私は……』
言葉が続かない。
その身体が、
少しずつ崩れ始める。
偽神との繋がりが切れたのだ。
男は最後に、
ガブリエラを見た。
その瞳から、
初めて狂気が消えていた。
『……すま……な……』
言い終わる前に。
男の身体は、
静かに光へ変わって消えた。




