第四十五章『失敗作』
怪物が飛びかかる。
白い腕が、
空気を裂いた。
速い。
人間の動きじゃない。
だが。
ノクスの方が速かった。
「邪魔だ」
轟音。
黒い魔力が爆発し、
怪物を横から叩き飛ばす。
地下牢の壁が砕ける。
石片が飛び散った。
怪物は地面へ転がる。
それでも。
まだ動いていた。
ぐちゃり、
ぐちゃりと肉を鳴らしながら、
無理矢理身体を起こす。
騎士たちが青ざめる。
「死なない……!?」
レオンハルトが即座に剣を振るう。
黄金の閃光。
怪物の腕が切断される。
だが。
切れたはずの肉が、
蠢きながら再生していく。
ガブリエラの背筋が凍る。
その再生能力。
見覚えがある。
神性。
神の力だ。
怪物は歪な笑みを浮かべた。
『み……こ……』
掠れた声。
まるで。
ガブリエラを“そう”呼んでいるようだった。
ノクスが舌打ちする。
「気色悪ぃ」
黒い魔力が膨れ上がる。
だが。
ガブリエラは怪物から目を離せなかった。
怪物の身体。
白い肉。
崩れた顔。
その奥に。
“人間”が残っている。
「……待って」
ノクスが振り返る。
「は?」
ガブリエラはゆっくり怪物へ近づく。
騎士たちがざわめいた。
「危険です!!」
レオンハルトも眉を寄せる。
「近づくな」
だが。
ガブリエラは止まらない。
怪物の瞳のない顔を見つめる。
すると。
頭の中へ、
断片的な記憶が流れ込んできた。
暗い部屋。
拘束具。
悲鳴。
『耐えろ』
『神を降ろす器になれる』
苦痛。
絶望。
そして。
失敗。
ガブリエラの瞳が揺れる。
「……この人」
震える声。
「実験体だった」
静寂。
怪物がガタガタと震える。
口から血を垂らしながら、
ガブリエラを見つめていた。
『た……す……』
その言葉に、
騎士たちが息を呑む。
まだ、
意識がある。
ノクスの顔が険しくなる。
「チッ……」
彼も気づいた。
これはただの怪物じゃない。
“壊された人間”だ。
ガブリエラはそっと手を伸ばす。
怪物が震える。
怖いのだ。
苦しいのだ。
ずっと。
ガブリエラは静かに囁いた。
「もう大丈夫」
その瞬間。
怪物の暴走していた神性が、
少しだけ静まった。
レオンハルトが目を見開く。
「……落ち着いた?」
ガブリエラの銀黒の力が、
優しく怪物を包む。
すると。
怪物の崩れた顔から、
涙が零れた。
『ぁ……』
人間の声。
ほんの一瞬だけ。
元の人格が戻る。
ガブリエラの胸が締め付けられる。
まただ。
また誰かが、
神を作るために壊された。
その時。
怪物が突然、
苦しそうに痙攣した。
ノクスの表情が変わる。
「離れろ!!」
次の瞬間。
怪物の身体が膨れ上がる。
白い肉が裂け、
黒い液体が噴き出した。
『■■■■ッ!!!』
絶叫。
暴走だ。
レオンハルトが叫ぶ。
「全員下がれ!!」
騎士たちが慌てて後退する。
だが。
怪物は苦しそうに、
ガブリエラだけを見ていた。
『こ……ろ……し……て』
ガブリエラの呼吸が止まる。
助けてではない。
殺して。
終わらせてくれと。
ガブリエラの瞳に涙が滲む。
ノクスが低く言った。
「……お前が決めろ」
残酷な選択だった。
でも。
逃げられない。
ガブリエラは震える手を伸ばす。
銀色の光が、
掌へ集まる。
怪物は最後に、
少しだけ笑った。
『あ……り……が……』
その瞬間。
ガブリエラは、
静かにその命を終わらせた。




