第三十九章『残された神』
『神はまだ完全には死んでおらぬ』
魔王の言葉が、
静かに響いた。
夜明け前の空気が凍る。
ノクスが眉を寄せる。
「……どういう意味だ」
魔王の赤い瞳が、
白い門の残骸を見上げた。
『神の核は崩壊した』
『だが“概念”は残る』
ガブリエラは息を呑む。
概念。
それはつまり。
「……信仰」
レオンハルトが低く呟いた。
魔王はゆっくり頷く。
『人が神を求める限り、
神は形を変えて蘇る』
静寂。
アステリオが震えながら顔を上げた。
壊れたような目。
だが。
その奥にはまだ、
狂気が残っていた。
「……そうだ」
彼は笑い始める。
乾いた、
狂った笑い。
「神は終わらない」
レオンハルトが剣を向ける。
「黙れ」
だがアステリオは止まらない。
「人は弱い!
だから神を求める!!」
彼の叫びは、
どこか哀れだった。
救いが欲しかったのだ。
誰よりも。
だから神へ縋った。
その結果。
人を壊してしまった。
ガブリエラは静かに彼を見る。
怒りはまだある。
許せない。
カサンドラの苦しみも、
自分の絶望も消えない。
でも。
少しだけ分かった。
この人もまた、
壊れていたのだと。
ガブリエラはゆっくり口を開く。
「神なんかいなくても」
アステリオが震える。
「人は生きられる」
その言葉に、
彼の顔が歪んだ。
「……綺麗事だ」
掠れた声。
ガブリエラは静かに首を横へ振る。
「違う」
ノクスを見る。
レオンハルトを見る。
カサンドラを見る。
「私は一人じゃなかった」
その瞬間。
アステリオの瞳が揺れた。
孤独だった。
彼はずっと。
だから神へ縋った。
だが。
もう遅い。
レオンハルトが冷たく告げる。
「神殿は解体する」
神殿騎士たちが息を呑む。
皇太子としての声だった。
「人体実験、
違法研究、
全てを公表する」
アステリオの顔色が変わる。
「貴様……!」
レオンハルトの瞳は揺らがない。
「これ以上、
誰かを犠牲にさせない」
その言葉に、
ガブリエラは少しだけ目を細めた。
変わった。
本当に。
昔の彼なら、
ここまで壊せなかった。
帝国も。
神殿も。
でも今は違う。
ノクスが鼻で笑う。
「ようやくマシな顔になったな」
レオンハルトが睨む。
「お前に言われたくない」
険悪な空気。
なのに。
どこか以前より自然だった。
ガブリエラは小さく笑う。
その瞬間。
身体の奥で、
黒い魔力が脈打った。
「っ……」
胸が熱い。
魔王の力。
完全には馴染んでいない。
ノクスがすぐ気づく。
「大丈夫か」
ガブリエラは頷こうとして、
少しふらつく。
すると。
ノクスが迷わず抱き寄せた。
「無理すんな」
低い声。
近い。
心臓がうるさい。
ガブリエラの顔が少し赤くなる。
レオンハルトの空気が冷えた。
「……離れろ」
「嫌だね」
即答。
ガブリエラは思わず吹き出しそうになる。
こんな状況なのに。
でも。
それが少し嬉しかった。
生きている。
まだここにいる。
その時。
カサンドラの身体が、
薄く光り始めた。
ガブリエラの笑みが止まる。
「……カサンドラ?」
少女は優しく笑った。
『もう時間』
ガブリエラの胸が締め付けられる。
「待って……!」
カサンドラは静かに首を横へ振る。
『大丈夫』
白い髪が揺れる。
『もう寂しくないから』
その言葉に、
ノクスが目を伏せた。
レオンハルトも黙る。
カサンドラは最後に、
ガブリエラへそっと触れた。
暖かい。
『生きて』
涙が零れる。
ガブリエラは必死に手を伸ばす。
だが。
カサンドラの身体は、
光の粒となって崩れていった。
『ありがとう』
最後の微笑み。
そして。
少女は朝焼けの空へ、
静かに消えていった。




