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第一話「義眼の探偵」

「あれはアビスゲートと呼ばれ、災厄の源であり今に至って尚、消滅させられないものだ」


この世界はアビスゲートが開かれる前までは地球と呼ばれており、魔法は無かった。だからこそこの世界は当時、あの扉から現れた災厄へ対抗できる手段が無かった。扉が開かれる以前の時代をBefore Abyss、略してB.Aと呼ばれることがある。逆に今の時代をAfter Abyss、略してA.Aと呼ばれることがある。地球にて信仰された神々が犠牲となって、扉は閉じられた上に封じられたがそこまでしか出来なかった。だから今、各国は協力して封印の為に建てられた柱の観察をしている。星に住まう人々の為に犠牲になった神々の名前はこの世から消えているらしい。


「にしても記憶どころか、この世界では当然に知られている情報すら抜けているとはな。その義眼を埋め込まれた影響か?」


キース・プリムローズと名乗った男は黒髪に緋色の瞳を持っており、普通の人間では無い。それなりに既に長い時間彼と行動を共にしている。ルーチェ・シャムロックは記憶喪失とは少し違うようで、彼女が持つ二つの義眼が埋め込まれた事によって起こったバグらしい。キースはその筋の専門家では無いが推測するとそもそも義眼は彼女が元々宿すものでは無い、もしくは人が宿すには力が強すぎる。強い負荷をルーチェの脳が耐えきれず、それに対抗または適応するために脳内から力と同等のものを排除した結果、現代では常識として扱われる知識が抹消されたという事だ。


「義眼を埋め込まれる前後の記憶も捨てて、ようやく義眼を稼働させられるだけの容量を確保したという事だろう。その目はもうお前の目だ」

「そういう事か。なんだかもっと物騒な話になるのかと思った」

「使ってる分には問題が無いんだろう。なら、そのままにしておけば良い。だが異変を感じたら、しっかり伝えろ」


ルーチェたちは探偵とその助手として顔が知られている。ルーチェが探偵で、キースが助手。探偵以上に有能な助手たるキースが客人対応をする。事務所に足を運んできた人物は共和国軍の軍服を身にまとっていた。見えずらいが彼女の襟には蝶のモチーフのバッジがある。軍人でこのバッジは諜報員の証である。

同時に彼女は共和国でも名家として数えられる家の令嬢。名をミランダ・アシュレイ、共和国十三人委員会第八位の議員マチルダ・アシュレイを母に持つ。十三人委員会とは第一位に共和国の大統領を添えて、国の政治を行う最高権力者たちの組織である。全員の年齢は比較的高く、長く国の政治等に関わって来た重鎮である。


「お邪魔するよ、今日は友人としてではなく軍人として上層部の人間より伝言を預かって来たんだ」


ミランダはデバイスを見せる。携帯電話、軍用の連絡手段としてテル・デバイスと称されるが簡単に言えば携帯電話の上位互換と考えてくれれば良い。ホログラムが浮かび上がりミランダに似た壮年の女性が現れた。彼女は椅子に座り、録音された声を発する。これは現在進行形の姿では無く予め録音録画されたものだ。


『いつも愛娘から聞いているわ。貴方の義眼の事も含めてね。そのことで手に入れた情報がある。ただ、一般公開されていない情報なのよ。でもね、私は当事者の可能性を秘める貴方に知らせないのは筋が通らないと考えている。貴方は探偵、問い詰められたら上手く切り抜けて頂戴―』


マチルダも情報を漏らしたとなれば立場が危うくなるだろう。その危険も承知で彼女は筋を通す事を優先して行動を起こした。当事者の可能性と言っているので、必ずしもルーチェが関わっているとは言えないのだろう。マチルダから伝えられたのはアンドロメダ草原に居を構え、不穏な動きをするケフェウス猟団と呼ばれる組織と接触すると良いと告げた。ケフェウス猟団とは、共和国軍の部隊の一つだった治安維持部隊アロンダイトを前身に持つ。


「初耳…」

「部隊による違法な捜査、犯罪者共との結託と贈収賄、当時の大統領暗殺未遂事件を引き起こし解体された。今存在する治安維持部隊ギャラハッドとは似ても似つかない悪逆非道な組織だったからな。歴史に残すのは勿論、口に出す事すら誰もしない。彼らを支援していた十三人委員会の会員も総入れ替えが起こったからな」

「ここは共和国。民衆による投票も重要なのさ」


ここは共和国だ。如何に十三人委員会が重鎮しかいないとしても国民の考えを無視することは出来ない。事件にかかわった全員が投獄されたはずだが、事は終わらなかった。


「有名な話だね。ケフェウス猟団は妙に豊富な資金を持つようだ。脱獄囚もいるとされている。一人を捉えた際の話も軍部では知れ渡っているよ。十三人委員会先代第八位クローディアス・サイスの叛逆の始まりと、ね」


特に強く結びついていた先代第八位クローディアス・サイス、彼はアロンダイトと結託して自分にとって都合の悪い存在を抹消したがっていた。国を支配したいと考えていた欲塗れな男は捕まっても反省なんて微塵もせず、その頃は未だに議員たちだけでなく軍人ですら汚職に手を染めていた。恐らく看守長と交渉して合理的に檻を出たのだろう。


「…だとしたら、ミランダとマチルダさん、危険じゃ無いの?自分がいた場所に知らない人がいるってなったら手始めに貶めようとするんじゃ」




光は射さない。何故ならカーテンが光を遮っているから。マチルダは質素な生活を好む。何故なら民の為に働いている人間だから。マチルダ・アシュレイ、恐ろしい女だ。自分の死すら利用して悪逆非道な反逆者を退治しようとしているのだから。


「君が差し向けられた暗殺者か。どうやら彼は折角溜め直した金を湯水のように使う愚か者らしい」


本を閉じ、マチルダは客人の方を向いた。客としては若い青年。長身の彼は武器らしい武器を持っていない。だが彼の特徴的な瞳は薄暗い部屋で怪しく輝いているように見える。


「意外ね。貴方達の一族は理性より本能を優先すると思っていたわ」


彼のような瞳をダイクロイックアイ、二色が一つの瞳に収まった目の事。青年はマチルダに近寄る。彼の黒い瞳がゆっくりとその半分が銀へと変色する。


「一撃即死で頼むよ?この本のハッピーエンドを読み終えた喜びのまま安らかに眠りたいからね」

「安心しろ。俺はアンタに恨みを持っていない。お望み通り、即死させてやる―」


青年の手がマチルダの心臓を、体を貫いた。マチルダの体から力が抜けたことを確認すると手を抜いた。血濡れた手を拭かずに手袋をした青年によって、重要な証拠がその場に残された。そしてその証拠を真っ先に見つけたのは、隻腕の剣聖と呼ばれる人物だった。



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