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第40話 美学の衝突と、秘密の茶会

「やあ、我が友。よく来てくれたね。さあ、この僕という至高の芸術品と共に、優雅なティータイムを楽しもうじゃないか」


 城の空中庭園。色とりどりの薔薇が咲き誇るガゼボ(西洋風のあずまや)の下で、第二王子シルヴァンは、足を組みながら優雅にティーカップを傾けていた。

 相変わらず、無駄にキラキラとした星屑のようなエフェクト(幻覚)を背負っている。


「ふん。俺のような多忙な英雄を茶会に呼びつけるとは、いい度胸だ。だがまあ、俺の完璧な休日のスケジュールに、貴様の美学を鑑賞する時間を組み込んでやるのも悪くない」


 俺はふんぞり返りながら、シルヴァンの向かいの席に腰を下ろした。

 このナルシスト王子との会話は、俺の『圧倒的な自己肯定感』を研ぎ澄ますための良い修練になるのだ。


「聞いたよ、ユウ。あの『迷わずの森』の大猪を手懐けたそうだね。君のその野性的で荒々しいカリスマも、なかなか見どころがある。……だがね」

 シルヴァンはふっと長い睫毛を伏せ、ため息をついた。


「もしあの場に、この僕がいたらどうなっていたか。大猪は僕の神々しい美しさに目を奪われ、戦意を喪失するどころか、自ら僕の足元にひれ伏して求愛のダンスを踊っていたことだろう。そう思わないかい?」


(……本気で言っているのかこいつは。あの暴走機関車が求愛ダンスだと? 想像しただけでも鳥肌が立つわ)


「甘いな、シルヴァン。貴様のその小手先の美しさでは、大猪の闘争心に火を注ぐだけだ。俺の『覇王のオーラ』という絶対的な重圧があったからこそ、あの巨獣は本能で平伏したのだ。格が違うのだよ」


「おや? 僕の美しさを小手先と呼ぶとはね。君のその根拠のない自信、嫌いじゃないよ。いつか僕の美と君の覇気、どちらが世界を魅了するか、決着をつけねばなるまいね」

「望むところだ。その時は、俺の神々しさに目が潰れないようサングラスでも用意しておくことだな」


 フッ……。

 ハッハッハッ……。


 俺とシルヴァンは、互いに紅茶をすすりながら、なぜか意気投合したように不敵な笑みを交わした。

 傍から見れば、完全に痛い男二人の空間だろうが、不思議と居心地は悪くない。


「……だが、最近の僕は少しだけ心が曇っているのさ」

 シルヴァンがカップを置き、立てかけられていた一本の装飾剣を憂鬱そうに見つめた。


「美しい剣だろう? 王家伝来の宝剣の一つだ。だが……やはり、僕の本来の魅力を120%引き出してくれる愛剣『ヴィーナス・キス』がないと、どうにも調子が出ない」


「まだ見つかっていないのか?」

「ああ。あの脱出時以来、どこかへ行ってしまったきりでね。後で兵たちに砦の周辺を捜索させたんだが、影も形もないらしい。どこかの瓦礫の下で、僕という主を失って泣いているかと思うと、胸が張り裂けそうだ」


 大袈裟に胸を押さえるシルヴァン。

 (ふむ。この俺が脱出を先導したというのに、剣一本見落とすとはな。まあ、いずれ俺が魔王軍ザルガンディアを討伐するついでにでも探してきてやるか)


「お茶のおかわりはいかがですか、優様」


 ふと、静かな声が耳元で聞こえた。

 いつの間にか、シルヴァンの側近であるアヤメが、音もなく俺の横に立ち、ティーポットを傾けていた。琥珀色の紅茶が、一滴の狂いもなくカップに注がれる。


「あ、ああ。ご苦労」

 俺は少し驚いて頷いた。


(……この女、相変わらず気配の消し方が異常だ。それに、この目)

 俺はカップを受け取るふりをして、アヤメの横顔を観察した。

 所作は完璧で、表情は穏やかだ。だが、その瞳の奥には、主への忠誠も、感情の揺らぎも、一切の熱が存在しない。まるで精巧に作られたガラス玉のような冷たい目だ。


(完璧なメイド(側近)だが、俺のファンクラブに入れるには少し情熱が足りんな。もっとこう、俺のカリスマに熱狂するような分かりやすい反応が欲しいものだ)


「そうだユウ。この茶菓子を食べてみてくれ。城の専属パティシエに、僕の美しさをイメージして特別に作らせた『星屑のタルト』だ」


 シルヴァンに勧められ、俺は小ぶりなタルトを一口かじった。

 サクッとした生地に、濃厚な果実の甘みと、少しの酸味が絶妙に絡み合う。


「……美味いな」

 俺は素直に感心した。地球の高級スイーツにも引けを取らない完成度だ。


 その瞬間、俺の脳裏に、薄暗い廃教会で、俺が適当に渡した菓子を涙ぐみながら食べていた、あの小さな少女の顔が浮かんだ。

 『こんなに甘くて、美味しいもの、初めて食べました……!』


(……ふむ)


「どうしたんだい優? そんなに美味しかったなら、遠慮なく言ってくれよ」

「シルヴァン。このタルト、随分と気に入った。……持ち帰り用に、ひと箱用意できるか?」


「おや? いいとも。だが、部屋で一人で食べるのかい?」

「いや、俺の部屋にはテオという凡人がいてな。あいつは日頃から俺の世話を焼いているから、たまにはこういう高貴な味を教えて、忠誠心をさらに高めてやろうと思ってな」


 俺が堂々と言い放つと、シルヴァンは満足げに手を叩いた。

「素晴らしい! 自らの美学と高貴さを臣下に分け与える。それこそが上に立つ者の振る舞いだ! アヤメ、すぐに彼に持たせる包みを用意してくれ!」

「かしこまりました」

 アヤメが一礼し、下がっていく。


 しばらくして、綺麗にラッピングされたタルトの箱を受け取った俺は、シルヴァンとの茶会を辞した。

 城の廊下を歩きながら、俺はニヤリと笑う。


(悪いなテオ。この最高級の菓子は、もっと俺のカリスマを正しく理解している、熱狂的な信者ファンに与えるべきだからな)


 俺は足取りも軽く、城の裏口からこっそりと抜け出した。

 向かう先は、煤けた下町。

 あの、星を祀る巫女が待つ、秘密の廃教会へ向かって。

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