第33話 テオの妹と、羊の正体
俺はテオに連れられ、再び下町の実家を訪れていた。
「お兄ちゃん! ユウお兄ちゃん!」
「きたー! えいゆうさまだー!」
扉を開けた瞬間、元気いっぱいの2つの弾丸が飛んできた。ミナとサナだ。 数日前まで死の淵を彷徨っていたとは信じられないほど、その顔色は良く、瞳には生命力が溢れている。
「おっと、飛びつくな。俺の聖なる衣服が汚れるだろう」
口ではそう言いつつも、俺は二人の頭を撫でてやった。
(ふむ。俺の『聖水・エリクサー(経口補水液)』の効果は絶大だったようだな。未来の幹部候補生たちが無事で何よりだ)
「ありがとう、ユウお兄ちゃん! お兄ちゃんのお薬、甘くてしょっぱくて、すごかった!」
「ママも元気になったよ! みんなユウお兄ちゃんのおかげ!」
妹たちはキラキラした目で俺を見上げている。その純粋な感謝の念は、心地よいものだった。
「ユウ……。本当に、ありがとうな」
テオが、妹たちの頭を撫でながら、改めて俺に頭を下げた。
「お前がいなかったら、俺は……家族を失っていたかもしれない。この恩は、一生かけても返しきれないよ」
「……ふん。安い命だな」
俺は照れ隠しにそっぽを向いた。
「俺はただ、自分の『所有物(国民)』を助けただけにすぎん。恩になど着る必要はない」
「ははっ、またそれかよ。……でも、そういうとこ、嫌いじゃないぜ」
テオは笑っていたが、その笑顔の奥に、どこか暗い影が落ちているのを俺は見逃さなかった。
(……ん? なんだ今の顔は。感動のあまり泣きそうなのか? それとも、昨日の夕飯の豆が歯に挟まっているのか?)
俺にはその気持は分からなかった。
テオは握りしめた拳を、隠すように背中へ回した。
***
帰り道。テオは「城に戻る前に少し用事がある」と言って別れた。
俺は一人、夕暮れの下町を歩いていた。英雄としての散歩も、なかなか乙なものだ。
――カサッ。
背後から、微かな物音が聞こえた。俺が立ち止まると、音も止まる。俺が歩き出すと、また音がする。
(……ほう。尾行か? 俺の命を狙う刺客か、それとも熱狂的なファンか)
俺は路地裏の角を曲がったところで、素早く振り返った。 「そこだ! 姿を見せろ!」
「……メェッ!?」
ビクッと体を震わせて飛び出してきたのは、白い毛玉――いや、以前餌付けした生き物だった。壁の影から顔を半分だけ出し、気まずそうにこちらを見ている。
「なんだ、貴様か。『フェンリル一号』よ」
「……メェ(バレたか、みたいな顔)」
こいつ、あれからずっと俺の後をつけてきている気がする。以前より毛並みが良くなっているのは、俺があげた餌のおかげか、それとも街の残飯を漁り尽くしたのか。
「どうした? また腹が減ったのか?」
俺が近づくと、羊は逃げるどころか、トテトテと歩み寄ってきた。そして、口にくわえていた「何か」を、俺の足元にポトリと落とした。
それは、どこかで拾ってきたらしい、綺麗な「青いガラス玉」だった。
「……ほう。俺への貢ぎ物か?」
「メェ!(ドヤ顔)」
「ふっ、ただのガラス玉だが……その忠誠心だけは評価してやろう」
俺が屈んで頭を撫でてやると、羊は目を細めて尻尾(短い)をパタパタと振った。 その手触りは極上だ。高級な絨毯も裸足で逃げ出すレベルである。
(……待てよ。こいつ、ただの魔狼の幼体ではないかもしれん)
俺は羊のつぶらな瞳を覗き込んだ。そこには、野生動物にはない理知的な光と、俺への奇妙な執着が見て取れた。
「貴様、俺の覇気に当てられて、使い魔になることを志願しているのか?」
「メェ~(肯定のような鳴き声)」
「よかろう。だが、俺のパーティーは少数精鋭だ。ついてくるなら勝手にしろ。ただし、足手まといになったら即座に解雇だぞ」
俺が背を向けて歩き出すと、羊は嬉しそうに「メェ!」と鳴き、一定の距離を保ちながらトコトコとついてきた。
こうして、俺の背後には白いストーカーが張り付くことになった。……まあ、こいつは害がなさそうだし、非常食にもなるだろう。
(クックック……。魔狼を従え、影に狙われ、民に崇められる。今の俺は、物語の主人公そのものではないか!)
俺は気分良く鼻歌を歌いながら、城への帰路についた。




