第32話 祭りの終わりと、英雄の約束
ニヴェアの空は、皮肉なほどに晴れ渡っていた。俺が開発した(ことになっている)特効薬『聖水・エリクサー』のおかげで、街の人々の症状は劇的に改善し、死者は奇跡的にゼロで済んだ。
だが、城内の空気は重かった。謁見の間。玉座に座る国王の顔には、深い疲労の色が滲んでいる。
「……此度の毒物事件、我が国の警備体制の甘さが招いた事態である。民の安全を最優先とし、明日に控えていた『建国祭』は延期とする」
王の宣言が、重く響き渡った。並んでいた騎士や文官たちが、悔しげに頭を下げる。
「当然の判断ですね……。これだけの被害が出て、お祭り騒ぎをしている場合ではありません」
隣に立っていたシルヴァン(第二王子)が、冷静だが沈痛な面持ちで呟く。
俺はその様子を腕を組んで眺めていた。
(ふむ。賢明な判断だ。病み上がりの民に無理をさせては、俺の支配する国としての品質に関わるからな)
だが、その決定がもたらした落胆は、俺の想像以上だった。
***
会議の後、俺は城の庭園でルルとテオを見つけた。二人はベンチに座り込み、地面を見つめていた。
「はぁ……。建国祭、延期かぁ……」
ルルが大きなため息をつく。いつもの元気なポニーテールも、心なしか垂れ下がっているように見える。
「仕方ないよ。ミナやサナが助かっただけでも、奇跡みたいなもんだし……」
テオが自分に言い聞かせるように言うが、その声にも張りがない。
「でもなぁ……。妹たち、楽しみにしてたんだよな。屋台の林檎飴、買ってやるって約束してたのに」
「私もですぅ……。この日のために新しいドレス、奮発して買ったのに。ユウさんに見てもらおうと思ってたのになぁ」
ルルが唇を尖らせる。
城下町の方からも、どこか寂しげな空気が漂ってくる。
命が助かった安堵の次にやってきたのは、「楽しみを奪われた」という喪失感だった。
(……気に入らんな)
俺はベンチの背もたれに足をかけ、二人の間に割って入った。
「おいおい、湿気た顔をしているな、凡人ども」
「あ、ユウさん……」
「ユウ……。いや、湿気てもしょうがないだろ。一年に一度の楽しみがなくなったんだぞ」
「なくなったのではない。『充電期間』に入っただけだ」
俺は不敵に笑い、二人を見下ろした。
「勘違いするなよ。王は『延期』と言ったのだ。中止ではない」
「それはそうですけど……。でも、いつ開催できるかなんて分からないし、このままうやむやになっちゃうかも……」
「させんよ。この俺がいる限りな」
俺は空を指差した。
「俺は完璧主義者だ。中途半端な状態で開催される祭りなど、俺のデビュー戦にはふさわしくない。今回の延期は、より盛大で、より完璧な祭りを行うための準備期間に過ぎん」
俺はテオの肩をバシッと叩いた。
「テオよ。妹たちに伝えておけ。『安心しろ、英雄ユウが、今まで見たこともない最高の祭りを開催させてやる』とな」
「え……?」
テオが目を丸くする。
「ルル、貴様もだ。ドレスを捨てずに取っておけ。必ず着る機会を作ってやる。……その時は、俺がエスコートしてやってもいいぞ?」
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
ルルの顔が一瞬で明るくなり、頬が赤らむ。
「や、約束ですよ!? 絶対ですよ!?」
「ああ。英雄に二言はない」
俺の根拠のない、だが絶対的な自信に満ちた言葉。それを聞いたテオも、次第に表情を緩ませ、最後には苦笑した。
「……ははっ。お前が言うと、本当に実現しちまいそうだから怖いよ。……ありがとな、ユウ。その言葉、ミナたちに伝えておくよ」
「礼には及ばん。民の笑顔を守るのも、支配者の務めだからな」
(クックック……。これでルルの機嫌も直ったし、テオの忠誠度も上がった。まさに一石二鳥。俺の人心掌握術に死角はない)
俺たちは夕焼けの中で笑い合った。その約束が、遠くない未来、あんなことになるなんて想像もせずに。
***
その夜、俺は部屋で風呂上がりの牛乳を飲みながら、窓の外に広がる月を眺めていた。
「最高の祭り、か……」
口をついて出た約束だが、あながち嘘にするつもりはない。この国に来て、俺は多くのモノ(主に下僕と信者)を得た。彼らが心の底から笑える舞台を用意してやるのも、悪くない余興だ。
「せいぜい期待して待っていろ、愚民ども。俺の演出に度肝を抜かせてやる」
俺はニヤリと笑い、空になった牛乳瓶を置いた。背中にある『見えざる刻印』が、月明かりの下で微かに脈打っていることになど、気づくこともなく。
久々の投稿になってしまってとても申し訳ないです。




