第10話 雨の中の対峙②
ふいに、リリアーナの瞳が揺らぐ。今まで強気な姿勢を貫いていたのに、雨と寒さ、そして彼の言葉によって、限界が見え始めているのかもしれない。少しだけ口元が震え、苦しそうに視線を落とした。
「……あなたは何もわかっていない。死ぬ側の恐怖を、悲しむ者を見たくない苦しみを。私は……私が死んだあと、あなたが苦しむのを想像するだけで……息ができないほど怖いのよ」
声がかすれる。リリアーナはわずかに身を屈め、雨で濡れた髪が頬に貼りつく。喉元で掠れた言葉を絞り出す姿は、何よりも痛々しい。しかし、その瞬間、アルベルトは一歩を踏み込み、意を決したように彼女の手を掴んだ。
「君は優しいからこそ、誰かに悲しみを味わわせたくなくて、隠そうとしているんだろう? でも、それを知ってしまった僕は、どんなにつらくても受け止めたいんだ。だから、一人で抱えようとしないでくれ」
「やめて……離してっ……」
リリアーナは振り払おうとするが、アルベルトの手は離れない。感情を爆発させる彼の瞳は涙を湛え、雨なのか涙なのか判別がつかないほどに頬を濡らしていた。
「僕がいる。君が何を言おうと、君を支える。それが僕の決意なんだ」
「私は……っ、私は……どんなに願っても、結局死ぬ運命に抗えないの。あなたの未来を奪うだけで……」
「僕の未来は僕が決める! それを奪うかどうかも、君が勝手に決めるな!」
鋭い声が雨音を切り裂く。その叫びに、リリアーナは息をのんだ。やがて、堰を切ったように腕の力が抜け、抗う気力を失ったようにアルベルトの胸へもたれかかる。彼女の体がびくりと震え、弱い声がこぼれる。
「どうして、そんなにまで……。やめてよ……怖いのよ……」
感情があふれ、こらえきれないものが彼女の瞳からこぼれ落ちる。アルベルトは冷たい雨を感じるまま、彼女の肩をそっと支え、もう片方の腕で背中を包み込んだ。
「怖がらなくていい。僕は、君を独りになんかさせない。何があっても……」
「……私、あなたのことが……嫌いになれなかった。なのに、どうしてこんなに……」
リリアーナが最後まで言い切る前に、胸の奥から大きく咳き込み、体が震える。病に蝕まれた身体には、この寒さと雨があまりにも酷だ。アルベルトは慌てて彼女の肩を抱きしめ、濡れたマントをずらして自分の上着を彼女に重ねる。
「リリアーナ、しっかり……!」
しかし、リリアーナは耐え切れずに力が抜け、アルベルトの胸にずしりと重さがのしかかる。彼女が弱々しく震える様子に、アルベルトの心臓は凍りつきそうだ。声をかけても返事はなく、頭がだらりと垂れてしまう。
「まずい……急がないと……」
雨足は衰える気配もなく、周囲はほとんど人影のない寂しい街道だ。医者を呼ぶにも、このまま放置すれば命にかかわる。彼女を守るためには、何をおいても温かい場所へ移動させなければならない。アルベルトは彼女を横抱きにし、何とか馬のもとへ駆け戻る。
「無茶をするなって……本当に君は、どうしてこんなに……」
呟く声は悔しさに震える。リリアーナを救い出すと決めた以上、ここで倒れさせるわけにはいかない。彼女が望もうと望むまいと、アルベルトはその命を必死で繋ごうとするだろう。
冷たい雨は二人を容赦なく叩き、夜闇の中で雷の光が瞬間的に木々を照らす。アルベルトは雨に打たれるまま、意識を失いかけているリリアーナを強く抱きしめながら、馬へと急ぐ。どうにかこの場を脱し、医師のもとへ、そして温かい寝床へ彼女を連れていかねばならない――そう考えるだけで、頭は必死に回転していた。
こうして、雨の中で劇的な対峙を果たした二人は、リリアーナの体調不良という深刻な事態を抱えながら、なおも互いの真意をぶつけ合う段階へと足を踏み入れる。リリアーナがどれほど抗おうとも、アルベルトの決意は揺るがない。彼は彼女を救いたい一心で、この危機に立ち向かうつもりだ。だが、彼女の病魔は一刻を争うほど進行し、今こうして雨の中で倒れかけたことで、さらなる波乱が待ち受けているのは疑いようがなかった。




