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19 過去、回帰。記憶復元

 あの日は、雨が降っていた。バケツをひっくり返したような雨。爆弾低気圧と言うんだっけか。とにかくたくさん雨が降っていた。水が当たり、ガラスが心地よい音をたてる。


「にっしーに終了報告してくるー」


 にっしーというのは、私達文芸部の顧問の西村先生のこと。文芸部の顧問なのに、数学教師で、前職はタクシーの運転手という異色の経歴をお持ちの人物である。授業中にちょくちょく前職での苦労話をするらしく、生徒たちにうざがられているのだとか。


「いってらー」


「お願いしまーす」


 雨の音によってその声はかき消されてしまい、部長には届かない。届かなかったはずなのだが、部長は私達にありがとうと言っているように軽く手を振る。


「帰り、どーする?」


「ウチはお父さんが車で迎えにくるでー」


「徒歩、です」


「歩いて帰るん? 気ぃつけて帰ってや」


「ありがとうございます」


「そう堅苦しならんといて。こっちが緊張してまう」


「はい」


 京都弁の彼女は、副部長の東野(とうの)先輩。残念ながら私と同学年の人はこの部活にはいない。部員数五人、来年度に四人以上入部しないと廃部になるレベルの弱小文化部である。


「なぁ、来年度の勧誘どーするよ」


「静乃ちゃんだけに任せるんはちょい不安やわ」


「そんなに頼りない、ですか?」


「そうちゃうわ、静乃ちゃんが過労死してまったらと思たらなぁ」


「この通り、大丈夫です」


「しずのん、もし困ったらあたしらに頼っていいんだぞー。何せ先輩なんだからな」


 どや顔で私をあだ名で呼んできたのは北見先輩。金髪に染めて生徒指導室に呼ばれたり、授業中寝てて生徒指導室に呼ばれたり、って先輩、生徒指導室に呼ばれすぎじゃないですか、な不良である。ただし、テストの結果は毎回学年一位で退学になることは絶対にない。


 そんなメンバーの中で、唯一の凡人? 一般人? が私、南条静乃である。


「雨、強なってきたなぁ」


「そだなー。しずのん、あたしのバイク、乗ってく?」


「丁重にお断りさせていただきます」


 手を顔の前で振る。誰がどう見たってノーサイン。ゴーサインではない。そもそも二輪免許取ってから一年間はタンデム禁止だったはず。


「あの、北見先輩、免許はいつ取ったんですか?」


「うーんと、十六の誕生日」


 えーっと、ちょっとよくわからない。つまり、先輩は高一で免許を取ったという訳でしょうか。それならタンデムもセーフ、なのでしょうか?


 私が開くのは、校則が書いてある生徒手帳。バイクの規定、あったっけ?


「そらもちろん校則違反やで。免許とるのもあかんからなぁ」


「北見、先輩?」


 ジト目で彼女を見ているのは私だけではない。戻ってきた部長もだ。


「きーたーみー、この落し前はどうつける気だ?」


 部長は、とても、怒っている。


 部長の、フェイント。


 北見先輩には、通用しない!


「遅かったなー、西川。にっしー見つかった?」


「にっしー見つかった? じゃないよ? 見つかったのはバイクの方。そのせいで雷が落ちたんだけど」


 額に浮かぶ血管が、すべてを語っている。もちろん先輩方はわかっててやっているのだろう。私には真似できないことだ。


「今日、そないに荒れるん?」


「天気の話じゃなくて、バイクの話」


 思わず吹き出してしまう。あっ、ヤバい。先輩の前だ。もっとしっかりしないと。


「家まで歩きかー。きっついなー」


「にっしー曰く、今日中に持ち帰れ、次はないからな。だってさ」


「えらい似てるわ」


「そうですねー」


 北見先輩は既にそっぽを向いて口笛を吹き始めている。これはもう、手遅れだった。


「じゃあ、私、もう帰りますね」


「気ぃつけてやー」


「また来週な」


 下駄箱でローファーを手に取り、上履きをそこに放り込む。女の子が放り込むなんていう表現を使っちゃいけないのは知っている。だが、それはそれ以外の表現方法では言い表せなかった。


 傘にあたるのは、冷たい雨の音。


 私を抉る、雨の音。


 ザーザーザーザー降っていて、


 時々ごろっとお腹を壊す。


 雷様は怖い人。


 みんなのおへそを取っちゃう人。


 お腹をぎゅーって押さえていれば、


 雷様は気づかない。


 おへそがあるのに気づかない。


「うーん、何か違う……」


 何が違うのか私には全くわからない。わからないが何か違う。


 こんなことならレインブーツ履いてくれば良かったな。黒い靴下はもうびしょ濡れ。


「ミー」


 ――――拾ってください。


「捨て猫かな?」


「ミー」


 赤い首輪がついた黒猫。彼? 彼女? は、寒さに震えていた。


「うち、来る?」


 傘を脇に置き、しゃがみこんで段ボール箱からその猫を拾い上げる。制服がびしょ濡れになってしまったが、全く気にならない。


「ミー」


 心なしか嬉しそうになくその猫。体は冷えきっていて、もう既にぐったりとし始めている。


「しずのん! どうしたんだ?」


 後ろから聞こえてきたのは北見先輩のバイクのエンジン音。


「猫が、死にそうなんです」


「とりあえず乗ってけ。あたしんとこにつけばとりあえずなんとかできるからな」


 お言葉に甘えて乗せてもらう。


「先輩、速いですぅ」


「あぁ、スマンスマン。でももーすぐ着くぞ」


 ボロアパートとか言っちゃいけない。年季の入った建物と言うべきなのだろうけど、うっかりでボロいとか言ってしまいそうなのでお口にはチャックを付けておく。


「こっちだこっち。タオル用意しとくから後は何とかしろ」


「ありがとうございます」


 とりあえず猫を膝の上に乗せ、体をふく。雨風をしのげるようになっただけで生き物はこんなにも元気になるのである。


「ミー」


「ミーちゃん?」


「ミー!」


 何となくそう呼ぶのが正しい気がした。


「お風呂、どうだ? えっと、そいつ、元気になったのか?」


「そいつ、じゃなくてミーちゃんです」

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