『5歳と3歳の秘密基地 ~冬のルミナリアで、小さな異能者たちが雪のお家を作りました~』
冬のルミナリアは、見渡す限りの銀世界だった。
空も大地も、リヴィエール家の壮麗な庭園の石畳も、すべてが純白の雪に覆われている。音という音が雪に吸い込まれ、世界が静謐な眠りについたかのような朝。中庭へ踏み出した三人の幼い少女たちの吐く息だけが、白く小さく宙に舞った。
「さあ、ここでいいかな」
先頭を歩くのは、五歳のルシアだった。セレスティア親王家の血を引き、強力な異能を宿す彼女は、ふかふかの白いケープに身を包み、凛とした瞳で雪原を見渡している。その隣には、同じ五歳で侍女のヴィオが、少し控えめに、けれどもしっかりとルシアの歩幅に合わせて寄り添っていた。そして一番後ろには、三歳のココロギが、転ばないように小さな足を雪に沈めながら、よちよちとついてくる。厚手のコートと毛糸の帽子に包まれたその姿は、まるで雪玉が歩いているようだった。
「まずは最初に、念動をして雪を集めるね」
ルシアが振り返り、お姉さんらしい得意げな笑みを浮かべて言った。そして雪の上に立ち止まると、小さな両手を大きく広げ、両腕を前へ突き出した。手袋に包まれた十本の指先に、意識と力をぎゅっと込める。
次の瞬間、静まり返っていた中庭の空気が震えた。
足元の雪がふわりと浮き上がり、やがて周囲一帯の雪たちが、まるで意思を持った生き物のように勢いよくルシアの前へと集まり始めたのだ。白い粉雪が渦を巻き、光の粒を散らしながら重なり合っていく。みるみるうちに、少女たちの背丈を優に超える大きな雪山がそこに出来上がった。
「わぁ……!」
ココロギが小さな口をあんぐりと開け、目を丸くして見上げた。ヴィオもまた、驚いたように目を見開き、目の前の光景に息を呑んでいる。
「すごい……ルシア様、まるで魔法みたいです」
「ふふん、まだまだこれからだよ。次は発熱ね」
ルシアは照れくさそうに鼻を鳴らすと、再び雪山に向かって手のひらを広げ、前へ突き出した。指先からじわりと熱が放たれると、雪山の中央が次第に溶け出し、ぽっかりと大きな穴が穿たれていく。
ここでルシアは一度、両手を胸元へと引き戻した。すぅっと深く息を吸い込み、再び勢いよく手を突き出す。
「はっ!」
凛とした声とともに、穴の奥で大きめの炎がぼっと灯った。
冷たい雪の洞窟の中で、オレンジ色の炎がゆらゆらと力強く揺らめく。その熱が雪を溶かし、壁を押し広げるようにして、奥へと広いドーム状の空間を作り出していく。溶けた雪がわずかな蒸気となって立ち昇り、滑らかになった氷の内壁が炎の光を反射して、まるで宝石箱の中のようにきらきらと輝き始めた。
十分な広さになったところで、ルシアがさっと手を払う。すると、あれほど勢いよく燃えていた炎は、嘘のように一瞬で消滅した。
「できた! こっち来て」
ルシアが振り返って手招きすると、ヴィオとココロギは顔を見合わせてから、小走りで駆け寄った。
ルシアは雪洞の入り口の縁にしゃがみ込むと、今度は小さな氷の塊を手に取った。彼女がそっと目を閉じて意識を集中させると、氷はみるみるうちに形を変え、長い耳と丸い尻尾を持った可愛らしいうさぎの姿になった。ルシアはそれを入り口の横にちょこんと置くと、同じようにして次々と氷のうさぎを生み出し、入り口を飾っていく。
「うさぎさん! 可愛い!」
ココロギが歓声を上げ、氷のうさぎを壊さないようにそっと指先で触れた。ひんやりと冷たいのに、その瞳は嬉しさでぽかぽかと温かそうに輝いている。
「これが念創。こんなのが欲しいなぁって、頭の中で強く念じるの」
ルシアは最後のうさぎを並べ終えると、少し誇らしげに胸を張って説明した。
「これも、見たことがあるものや知っているものはすぐ作れるんだけどね。知らないものや、イメージできないものは作れないんだよ」
「なるほど……ルシア様の頭の中にあるものが、そのまま形になるんですね」
ヴィオが感心したように頷き、氷のうさぎの繊細な耳の造形をじっと見つめた。
「さっ! 中に入ろっ!」
ルシアの声に促され、三人は身をかがめて雪洞の中へと潜り込んだ。外よりもずっと静かで、白い壁に囲まれた不思議な空間。
「面白いですね。外とは全然違う世界みたいです」
ヴィオが壁にそっと手を触れながら呟くと、ココロギもきょろきょろと周囲を見回して、ぱっと笑顔を咲かせた。
「なんだかお家みたい。雪のお家!」
「そうだよ、わたしたちだけの秘密のお家。……ちょっと待っててね」
ルシアは雪洞の真ん中、三人が輪になって座れる場所の中心に、雪を固めて小さな炉を作った。そしてその上にそっと手をかざし、優しく、柔らかな火を灯す。
ぱちぱちと小さな音を立てて、温かい炎が揺れ始めた。冷えていた指先や頬に、じんわりと心地よい熱が伝わってくる。
「あったかーい」
ココロギが炉に向かって小さな両手を差し出し、幸せそうに目を細めた。隣でヴィオもほっと息を吐き、その頬がほんのりと赤く染まる。
「楽しいね!」
ルシアが笑いながら言うと、二人も顔を見合わせて大きく頷いた。
「うん!」
雪洞の中に、三人の無邪気な笑い声が優しく響く。
その時、入り口の向こう、灰色のルミナリアの空から、再び大きな綿のような雪が音もなく降り落ち始めた。氷のうさぎたちの頭や背中に、新しい雪がそっと積もっていく。
暖かな炉の火に照らされた幼い三人の、夢のように楽しい雪遊びも、そろそろお終いの時間が迫ってきていた。




