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番外編:「お経の波間で、言えなかった言葉を」

人手不足や物価高の影響で、母が旅立ってから荼毘に伏すまで、五日という長い空白ができた。

幸い、今の時代は高度な保冷設備が整っており、ドライアイスに頼らずとも母の穏やかな顔を保つことができた。お騒がせな親戚たちは、葬儀までの長い日数を面倒に感じたのか、これ幸いとばかりに田舎へと帰っていった。兄と相談した結果、残された私たちは母の生前の希望通り、花をふんだんにあしらった小さな家族葬を行うことになった。檀家ではない私たちが、兄嫁のご両親が眠るお寺でお世話になるという、少し不思議な縁だった。

通夜と葬儀は、まるで長い嵐のような時間だった。

祭壇には母の希望通り、たくさんの花に囲まれた遺影が飾られ、棺の中では思い出の写真たちが母を囲んでいた。それを見た瞬間、私は89年という長い歳月を走り抜けた母の人生の幕が、今まさに下りたのだと妙に達観した。

お経の読経が会場に響き渡る中、私は母の棺に向かって、これまで喉の奥に詰め込んできた言葉を一つずつ吐き出していた。料理上手だった母が作った、あの懐かしい味の記憶。母にされて嫌だったこと、理不尽な重圧への怒り、あの時言い返せなかった悔しさ……。

そうして読経の合間を縫って文句や感謝をぶつけ続けていたあの時間が、私と母との、これが精一杯の別れ方だったのだと思う。

思い出すのは、最期の瞬間のことだ。

私が緑茶を含ませた指をガブリと噛みついたあと、母の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。あの涙が、痛みからきたものか、それとも私への何らかの感情だったのか、答えはもうわからない。

「これが最後よ」

そう言われて棺の扉が閉められる際、私はもう一度母の顔が見たかった。荼毘に伏す場所で最後に扉が開かれるものだと勝手に思い込んでいたのだ。しかし、兄嫁の姉妹が母の元へ進み出たため、私は顔を合わせるタイミングを逸してしまった。閉まりゆく蓋の隙間から、ほんの一瞬だけ見えた母の姿が最後になった。荼毘に伏す場所でも、結局、母の顔をもう一度拝むことは叶わなかった。

兄夫婦の目を気にしながらも、私は母との「関係」を、私なりの決着で終えることにした。

母と私の関係が、理想的な親子として綺麗に終わるはずなんてない。所詮、母との関係をスムーズに、直に終わらせることはできなかった。それでも、あの静かな時間の中で私はようやく、彼女という呪縛から自分を解き放つことができたのかもしれない。


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