特別編その6:すれ違った優しさと、届かなかった思い
今、私はクライアントの前にいる。
でも、ここは病室ではない。
この場所は、私を見つめる笑顔のクライアントが、薄紫の花で飾られた遺影の中からこちらを見つめている――斎場の一角だ。
ご本人は既に旅立たれ、目の前の棺の中で永遠の眠りについている。
漂うお線香の香りと、ご住職の歌うような優しい読経の中で、静かな時だけが流れていた。
◇◆◇
この高齢の男性クライアントと初めて打ち合わせをしたのは、今から半年ほど前のことだ。
その日は、ご家族である息子さんもご一緒だった。
奥様は若い頃に、永遠の場所へ先に旅立たれたという。
とても優しい奥様で、仲睦まじく暮らしていたが、突然のお別れが訪れてしまったそうだ。
クライアントは少し寂しそうな顔をして、当時のことを話してくださった。
クライアントはとてもしっかりとした方で、ご自分の今後の生き方を全てご自身で決められていた。
「もう少ししたら有料老人ホームに入って、息子たちには迷惑をかけないよ」
そう言って、隣に座る息子さんを見ながら温かく微笑んでいた。
息子さんは同じ都内に住んでいるものの、東京の端と端という距離もあり、仕事も激務のため、なかなか実家を訪ねることも電話をすることすらままならないと零していた。
そのため、一人暮らしの部屋に見守りカメラを設置しようと提案したそうだが、父親であるクライアントは「それだけは勘弁してくれ」と断ったという。
「いくら息子でも、監視されているようで嫌なんだよ」と苦笑いしながら。
息子さんとしては、とても心配だったのだろう。
高齢の一人暮らし。いつ何が起きるかわからない状況が、不安で仕方がなかったのだと思う。
けれど、嫌がる父親の気持ちを前に無理強いはできず、息子さんは引き下がるしかなかったそうだ。
だからこそ、父親が自ら有料老人ホームへ入ると決心してくれたことは、息子さんにとっても安心できる、大賛成の決断だった。
なお、私ども「看取り屋」にご依頼いただいた理由は――
「仕事が忙しく、もしもの時に駆けつけられなかったとしても、父に一人で旅立ってほしくない。誰かに傍にいてほしい」
という、息子さんの切なる願いからだった。
◇◆◇
しかし、ある日のこと。
クライアントが身辺整理を終え、いよいよ有料老人ホームへ移ろうとしていた矢先のことだった。
人知れず夜中にトイレへ立ち、出てきた廊下で倒れてしまわれたらしい。
そのまま……クライアントは、たった一人で旅立っていってしまった。
何日か電気が点きっぱなしになっているのを近所の方が不審に思い、電話をしても呼び鈴を鳴らしても応答がないため、町内会長さんと共に警察へ連絡し、そこで発見されたとのことだった。
お通夜の前に少しお話しした息子さんは、肩を落とし、深く後悔されていた。
「だから……見守りシステムを強引にでも設置すればよかったんだ。親父の言う通りにして折れてしまった結果が、これだ……」
目の前のクライアントは、遺影の中でずっと微笑んだまま。
流れる静かな読経の中、写真の奥から、お通夜に参列している人々をただ静かに見つめている。
息子さんの悔恨も、大勢集まったご近所の方々の悲しみも、ただただ温かく微笑んで見つめているだけ……。
私はご焼香で静かに手を合わせ、心の中で深く告げた。
(最後に寄り添うことはできませんでしたが……本当に、ありがとうございました。さようなら)
そう言葉を手向け、私は静かにその場をあとにした。
◇◆◇
いつも温かい応援とご愛読をいただき、本当にありがとうございます!
「特別編その6」をお届けいたしました。
大切な人を想うからこそのすれ違いや、看取り屋として見届ける様々な旅立ちの形を感じていただけましたら幸いです。
これからも皆様の心に寄り添う物語をお届けしてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
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