殺さなきゃいけない奴がいる
ベルグの街が近づくにつれて、道を行き交う人が増えてきた。
荷馬車を引く商人、籠を背負った農婦、二人連れの旅人。すれ違うたびに全員が俺の方を見て、足を速めるか道の端によける。中には立ち止まって凝視する奴もいたが、目が合うと慌てて逸らした。
「……やっぱりダメだな、これ」
「だから言ったでしょ。フードくらい被りなよ」
ミラが呆れた声で言うので、街道沿いの荷置き場に干してあったボロ布を一枚拝借して頭から被った。刻印は隠れたが、漏れ出す魔力の圧までは隠しようがない。すれ違う馬は相変わらず怯えるし、近くを通った犬は尻尾を巻いて逃げていった。
「布を被っても、魔力は漏れてるよ。《殺気強圧》は常時発動スキルだから切れないし、怨嗟の漏出も止められない。近づいた人間は息苦しさを感じるはず」
「止める方法はないのか?」
「今はないね。慣れれば多少は抑えられるかもしれないけど、覚醒したばっかりでしょ」
つまり、俺が街に入ったら周囲の人間がまとめて異常を感じることになる……か。
門が見えてきた。石積みの城壁は低いが、門の両脇に衛兵が二人立っている。入る人間を一人ずつ確認している様子だった。
「レイド、正面から入るのは無理だと思う」
「ああ、俺もそう思う」
「わたしが先に行って、中の様子を見てくるよ。ハンナって人の家も探してくる」
ミラが俺の顔を覗き込んだ。……顔が良い。こうして見ると、普通に可愛い女の子だ。だからこいつは人間に擬態するのが上手い――というより、元からこの姿で人間社会の近くにいたんだろう。デーモン系はそういうことができる種族だとさっき言っていた。
「……頼む」
「うん、あそこの林で待ってて」
ミラは何食わぬ顔で門に向かっていった。衛兵の前を通るとき、ちらりとこっちを振り返って小さく手を振った。
俺も手を振り返すと、笑顔になった。……あいつ、ああいうことを自然にやるから、何を考えているのか全然読めない。
◇
林の中で待つ間、ろくなことを考えなかった。
フィーネは無事だろうか。ハンナおばさんのところに着けたのか。あの夜、森道を裸足で走っていった背中が頭にこびりついている。「にいさん、絶対来てね」。あの声がまだ耳に残っていて、こうして近くまで来ているのに会えないのが、じりじりと胸を焼く。
会いたい。今すぐあいつの顔を見て、無事を確かめたい。
でも俺が街に入ったらどうなる。全身に赤い刻印の浮いたモンスターが街中を歩き回る。人が逃げる、衛兵が来る、冒険者が集まる。騒ぎになれば、フィーネの居場所まで巻き込むことになる。
……分かってる。分かってるんだ。
足元の草が枯れていくのが見えた。俺がここに座っているだけで、周囲の草が萎れていく。この体は、近くにいるだけで周りを壊す。
一時間ほどして、ミラが戻ってきた。
「見つけたよ」
「フィーネは――」
「いた。ハンナって人の家にね、元気そうだったよ」
「……っ!」
いた。
フィーネがいた。フィーネは生きてる、元気だって!
「……そうか」
「あれ、泣いてる?」
「……泣いてねえよ」
「目、赤いけど」
「元から赤いだろうが」
ミラは「まあそうだけど」と呟いて、隣に腰を下ろした。少しだけ間を置いて、続けた。
「ただ、一つ聞いてほしいことがある。街の中を歩き回ったんだけど、ベルグ、ちょっとざわついてた。東の街道で王国の斥候隊が全滅したって話が広まってて、衛兵が増員されてる」
――俺がさっき倒した連中か。
「原因はモンスターだって話になってて、冒険者ギルドに討伐依頼が出るかもしれないって」
「……そうか」
「レイドがこのまま街に入ったら、全部繋がるよ。東から来たモンスターが斥候を壊滅させて、そのまま街に現れた――って。フィーネのところにいるのがバレたら、あの子まで巻き込まれる」
分かっている。
分かっているから、辛いんだ。
◇
日が傾いてきた。
俺は林の端に立って、ベルグの街の方を見ていた。石の城壁の向こうに、煙突から煙が上がっている。夕飯の支度をしている家があるんだろう。あの中のどこかに、フィーネがいる。
「……なあ、ミラ。フィーネの様子、もう少し詳しく教えてくれないか」
「ハンナって人の家の二階の窓から、ちらっと見えたよ。髪が茶色い女の子でしょ? 窓際に座って、外を見てた」
外を見てた。
西の方を見てたんじゃないかと思った、俺が来る方を。「絶対来てね」って言ったから、待ってるんだ。俺が……あいつの呼ぶ「にいさん」が来るのを。
俺は今、すぐそこにいるのに。
「ミラ」
「なに?」
「フィーネに伝言を頼めるか」
「内容による」
「……やっぱりいい。伝えたら、俺がここにいるって分かる。あいつは絶対に会いに来ようとする。そうなったら危ない」
「賢明だね」
賢明とか、そういう問題じゃないんだが。
俺は城壁の向こうを見たまま、しばらく動けなかった。あの中にいる妹に、会えない。
――でも、あいつは生きている。
今は……それでいい。あいつが安全な場所にいるなら、俺がやるべきことは他にある。
あの指揮官はまだ生きている。フェルン村を焼いた連中の上の奴もまだ生きている。あいつらが虐殺の事後処理を始めようとしたら、まず生き残りがいないか確認するだろう。フィーネがフェルン村の人間だと知られたら、必ず口封じに来る。
俺は……フィーネには平穏に生きてほしい。あの村の生き残りだと誰にも知られずに、ハンナおばさんのところで普通の暮らしを続けてほしい。
そのためには、フェルン村のことを知っている連中を、先に潰す。
「……行くぞ」
「どこに?」
「西だ」
ベルグに背を向けた。フィーネがいる街に背を向けて、来た道を戻る方向に歩き出す。
「西って……フェルン村の方でしょ? 何があるの?」
「あの指揮官は馬で西に逃げた。騎士団の駐屯地か、西のどこかに拠点があるはずだ」
「指揮官を追うの?」
ミラは俺の横に並んだ。どこかワクワクしている顔に見えなくもない。
「あの男がフェルン村を焼けって命令を受けた奴なら、その上に命令を出した奴がいる。まずはあの男を見つけて、全部吐かせる。誰が命じた、なぜ俺の村を殺した。それを聞いてから、全員殺す」
「……レイド、一つ聞いていい?」
「何だ」
「全員って、どこまで?」
「命じた奴、仕組みを作った奴、承認した奴。村のみんなを殺した全員の人間だ」
「それだけ?」
ミラの声が、妙に静かだった。
……じっと俺を見ている。何かを測っているような目だ。
それだけ……要するに『もっと殺さない?』と言いたいのだろう。
「まあ……とりあえず今は、それだけだ」
「ふうん」
それ以上は聞かれなかったし、俺も答えなかった。
西に向かって歩き出した。背中の向こうにベルグの街がある。あの城壁の中で、フィーネが窓の外を見ている。
フィーネ、すまない。もう少しだけ待っていてくれ。
お前を安全に迎えに行けるようになるまでに、俺はまず――殺さなきゃいけない奴がいる。
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▼ レイド ― ステータス
【種族】魔人
【等級】測定不能
【名前】————(表示不可)
【クラス】剣士(残留思念)/???
◇ 剣士系スキル(残留思念)
《スラッシュ》……斬撃(初級)
《スラスト》……突き(初級)
《スイープ》……全方位一掃(初級)
《ラッシュ》……連撃(初級)
※ 出力は固有スキル《殺気爆発》の影響により最上位級
◇ 固有スキル
《殺気強圧》……常時発動スキル。一定以下の攻撃を無効化、一定以上の攻撃を低減
《殺気爆発》……バフスキル。全ステータス、魔力、スキル威力を大幅増加(現在は無意識下での漏出効果のみ)
???……アンロック
???……アンロック
(他、数個の不明スキルあり)
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