6.崇拝と好意は別物
オリヴェルの一件から一月と半月経った。
結論から言うと、オリヴェルは情状酌量の上、30日の謹慎。三ヶ月の減給、横領した金は少しずつ返済ということになった。
マティアス自身も、本来ならば王太子である自分が気付かなければならない所を、侍女に指摘されては面目が立たないと、己の放漫さを今一度見直し、正すことにしたらしい。
(雨降って地固まるってね)
そして、今日も今日とて私は殿下の書類整理に勤しんでいる。
何故、侍女である私が?と思うだろうが、私の完璧な仕分け、そして不正を暴ける眼識を買われた結果、侍女とは別に雇われることになったのだ。副業的な感じかな?書類整理は嫌いではないので全然構わない。むしろ、給金が増えるのでメリットしかない。
(お金が溜まったら、旅行でも行こうかな)
ずっと籠の中の鳥だったので、この世界の事をほとんど知らない。まだ知らない世界を見て回るのも面白そうだ。
ワクワクとした感情を心地よいと感じながら、書類に目を通していた。
「シャリ―嬢!」
「!?」
バンッ!と勢いよく扉が開かれ、オリヴェルが飛び込んできた。
「ノックもなしに何事です!?」
ディルクがすぐに注意するが、気にも留めず私の元へ駆け寄って来た。
「貴女は女神様だ!」
「は?」
手を取るなり第一声で言われた言葉に、その場にいた全員が呆気に取られた。
「貴女が助言してくれた通りにしたら作物は良く育ち、一月ほどで実が採れるほどになりました!」
「え!?」
たった一月で収穫まで出来ただと?どんな植物でも最低三ヵ月はかかる。
(どんなスピードで育ったの?)
あり得ないと思うが、それが現実に起こったからこの人はここにいる。
「貴女からいただいた神像にも毎日祈りを捧げ、供物を捧げております」
そこでハッとした。
(もしかして、力が強すぎた!?)
周辺を護る程度に済めばいいと思っていたが、信仰心が思いのほか強く影響したのかもしれない。人の信仰心というのは、時に予想もしない力を発揮することがある。私の込めた聖力を核にして、信仰心が力を大きくしたのか……?
「これも全ては、貴女のお陰です。貴女は我々の命の恩人……これから先、何かあった際は遠慮なく私へ相談してください。受けた恩恵は返すのが礼儀ですので」
胸に手を当て、それはそれは美しい程の敬慕の情を向けられた。
「私は知っている知識を教えただけです。礼などいりませんよ。それに、実際に行動したのは町の人達です。上手くいったのは町の人達の頑張りの成果ですよ」
「なんと…!本当に慈悲深いお方だ。貴女はまるで聖女か女神さまの化身だ!」
(いや、聖女です)
心の中でそっとツッコミを入れた。
なんの事はない、これ以上私に構うなと言いたかっただけなのだが、今のオリヴェルには謙遜という言葉は通じないらしい。
完全に妄信中の彼に何を言っても裏目に出てしまう。このまま放っておきたいが、この状態で放置してくのは、後々私が面倒になるのが目に見えている。
さて、困った。と思っていると、大きな腕が私の身体を包みこんだ。
「いい加減にシェリーを離せ」
マティアスが切り離すようにして、オリヴェルから距離を取ってくれた。
「邪魔しないでいただけますか?」
「お前、ここが何処か分かってるのか?僕の部屋だ。勝手は許さん」
「おやおや、不正も暴けないお方が偉そうに」
偉いもなにも、王太子殿下なので偉そうなのは当然なのだが……と心の中で呟くにとどめた。
「その点、彼女はすぐに暴いてくれた。やはり、私と彼女は運命で繋がっているのですよ。シャリ―嬢もそう思いますよね?」
「え!?私!?」
無防備な状態での豪速球は受け止めきれない。
「そうだ。私の屋敷に来ませんか?侍女としてではなく、私の婚約者として迎えましょう」
「──ッ!?」
あまりにも暴走が過ぎて、言葉を失ってしまった。魅了の術にでもかかっているのかと疑ったが、その様子はない。となると、この熱いほどの好意は天然もの……
その考えに至った瞬間、カッと全身が真っ赤に染まった。
前世と今世通して初めて向けられた好意に、嬉しさよりも恥ずかしいが勝ってしまい、マティアスの胸に隠れるように顔を埋めた。
「シャリ―?」
「ははっ、シャリ―嬢もまんざらじゃないようですね」
「……ッ」
場の空気は悪くなる一方で、終息の兆しがない。因みにシャリ―はもう戦意喪失。自分の事で頭が一杯で、周りの事まで気を配れない。
「いい加減にしろ」
ゴンッと鈍い音と共に、落ち着きのある低い声が聞こえた。
「痛いじゃないですか!」
「お前が暴走してるから止めただけだろ!」
見かねて間に入ってくれたのはオリヴェルの上司、騎士団長のアルベルト。オリヴェルは殴られた頭を撫でながら、恨めしそうにアルベルトを睨みつけている。
「すまない。コイツは連れて帰る」
「──ちょ、まだ話しは終わってません!」
首根っこを掴まれ、引き摺られて行くが、往生際悪く私に手を伸ばしてくる。あまりの形相に「ひっ」と小さな悲鳴が出てしまったほど。
その手を阻むように、マティアスが立ちはだかってくれたので、ことなきを得たが心臓はドキドキしっぱなし。
「おい、部下の躾はちゃんとしておけ」
部屋を出て行こうとするアルベルトへ、マティアスが苦言を呈した。アルベルトは振り返らず黙って手を振り返すと、オリヴェルを連れて行ってしまった。




