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カーティス8

その日から『兄上』の側でユフィをよく見かけるようになった。

『兄上』の魔力が日に日にキラキラと更に光を増していく。

ユフィにむける『兄上』の声が。動作一つ一つが、そして時々見える美しい金の瞳、そこに宿った熱が。

ユフィのことが何よりも大事で、特別な存在なのだと物語っている。


だからわたしは、ユフィに反発した。


『兄上』のところに行く途中、もしくは『兄上』のところから帰る途中。

ユフィはついでとばかりに、隠れ続けるわたしを探し出しては、声をかけていく。

「おはよう」「おやすみ」などの簡単な挨拶に始まり。「一緒に遊ばない?」「また明日ね」など。

言葉は徐々に親しげなものに変わっていった。

時には少しだけ長い時間わたしのところにいて。

あのお菓子がおいしかった、屋敷の隅で猫を見た、などどうでもいい話を・・・けれどとてもかわいい顔をして一人で喋り続けていく日もあった。


本当はそんな時間がとても嬉しくて。けれどどうしても彼女を受け入れるわけにはいかなくて。

わたしは毎日無視をするか、ひどい暴言で返した。


「うるさい、ブス! あっちに行け!・・・っていうか僕の兄上にくっつくな!」


ユフィに『兄上』を取られることに嫉妬していたのか。

『兄上』にユフィを取られることが嫌だったのか。

今となってはどっちとも言いがたいが。

それでも幼心にちゃんと理解していた。

『これ以上、兄上の大事なものを自分が奪ってはいけない』と。

だから親しくなる前に、惹かれる前に、その存在を拒絶した。

やかましくて小生意気なブス。

言葉に出して何度も言うことで、ユフィに惹かれていく自分の心を制御しつづけた。


そして。

そんな生活が二ヶ月ほどたった頃。

急にユフィと別れる日が来た。

なんの前触れもなくユフィはわたしに別れを告げてきた。明日国に帰ることになったから、と。


「なんでだよ、行くなよ! 兄上の側にずっといろよ!」


兄上にくっつくな、兄上から離れろ。

何度もそういった。けれど本当はちゃんとわかっている。ユフィほど『兄上』に必要な人間はいない。

それはユフィと出会って日々変わっていた『兄上』の様子を見れば一目瞭然だった。


「・・・・ごめん・・。でも帰らなきゃ・・・」


パンパンに腫れ上がった眼をして、ユフィが笑う。

その今にも泣きそうな笑顔に。けれど強い意思を宿してこちらを見る眼に。

ああ、もう自分が何を言っても明日は変わらないのだと知った。


「ねえ、カース」


二ヶ月前、名前を聞かれ咄嗟に告げた名を。わたしの愛称を。そうとは知らずに彼女は静かに呼ぶ。


「カースも隠れてばかりいないで、エトに話し掛けてみたらどう?」


『エト』は『兄上』のこと。ユフィだけが呼ぶ『兄上』の大事な名前。


「エトはすごく優しくて、親切だよ? 一緒にいれば楽しいよ?」


・・・・知ってる・・・。

ずっと見ていたから。

ユフィよりもずっと長い時間『兄上』の側にいたから。

『兄上』がどんなに優しくて、心の綺麗な人間か。ちゃんと知ってる。けれど・・・。


「・・・・僕にその資格なんてない・・・」


表面上の噂だけを信じて。

何も知らず、憎んで、蔑んで、悪魔と呼んだ。なのに今更どんな顔をして・・・。


「資格・・・・?」


不思議そうにユフィが首を傾げる。

ユフィには決してわからない。わたしが『兄上』に許され、弟といってもらえることなどきっと二度とない。


「じゃあ、わたしが手伝ってあげる」


「・・・・は?」


「カースがエトと仲直りするとき。わたしがそこにいたらちゃんと橋渡ししてあげるね」


「・・・・・仲直り、できると思うか? 僕が・・・兄上に・・・許してもらえる、と?」


できないと思いつつ、思わずそう問い掛けていた。

『出来る』と誰かに自信をもって言ってもらいたかった。

隠れたくてずっと隠れていたんじゃない。本当はずっと、『兄上』と一緒に過ごしたかった。


それなのに・・・・。


「さあ? そんなこと知らない」


どこまでも彼女は口が達者で生意気だった。


「・・・・・・・・・おい」


「なに?」


「知らないって!! そこは『出来る』と言う場面だろう! 空気読めよ!」


「ええ・・・? だってそんなこと知らないよ、わたしはエトじゃないし・・・それに・・・」


本当に本当にぜんっぜん可愛くない。

そこは普通『出来るよ』と優しく笑って、弱ってる男の背中を押すものじゃないのか?

なのにこいつは・・・・。


───・・・それにウダウダ言ってないで、とりあえず許してもらえるように行動してみれば?


不満だらけだったわたしを、ユフィの言葉が貫いて行った気がした。


そう、あの時のわたしは結局まだなにもしていなかった。

なにをしたって兄上に許してもらえないかもしれない、とうじうじ考えていただけで。

許してもらえるようにまだなにも努力もしていないし、行動も起こしていない。


「・・・・・・本当に小生意気な女だな・・・・」


けれど・・・。

無責任な『出来る』という言葉よりも、よほどあの時のわたしに必要な言葉だった。

いとも簡単に。ユフィはその言葉を口にする。わたしが欲しい言葉をいつだってくれる。

わたしが寂しくてどうしようもないときはさりげなく側にいてくれて、時間を共にしてくれる。

だからあの時だけは素直にその言葉に頷いた。


「見てろよ! 絶対に兄上と仲良くなって見せる!」


「うん」


「僕は、絶対に兄上を助けお支え出来る人間になる。兄上の敵には絶対にならない、裏切らない、兄上の大事なものを奪わない。・・・今日ここで誓う」





そう、わたしはあの時確かにそう誓いをたてたのに。


なのに何をしてもうまくできなかった。


国に帰り、毎日毎日努力をした。

まめが潰れ、手が血まみれになっても剣を振りつづけた。

魔力切れを起こす寸前まで己を追い込み、鍛練をした。

寝る間も惜しんで、本を読みあさった。

なのに・・・・。

剣術も、魔法も、勉学さえも。不出来なわたしでは兄上に遠く及ばない。

兄上はわたしの助けなどまるで必要とせず、自分の力だけで高みへとのぼりつめていく。

幼い頃と同じ。いくら追いかけても、差は広がるばかり。手を伸ばしても到底届かない。

兄上にはわたしなど必要ない。

ああ、わたしはこんなに不出来だから・・・。

大事な兄上に、暗殺者が毎夜送られていたことすら知らず。呑気に構えていられたのだ。

第二王子としての地位を取り戻した兄上を、あの馬鹿共がどう思うか。そしてその結果どう動くかくらい、どうして予見できなかったのか。

どうしてそうなる前に対処できなかったのか。

こんなにも愚鈍だから・・・。


だから・・・・。


「・・俺の弟はトーマ クロス、一人だけだ・・・」


兄上に認めてもらえない。

わたしがこんなにも不出来だから・・・。


「・・・お前を弟と思ったことは一度もない」


弟だと受け入れてすらもらえない。

兄上にはわたしなど必要ではないから・・・・。


やはりいくら努力しようと、こんなわたしでは兄上の支えになどなれるはずが・・・。


「大事な弟君にそのような物言いをしてはいけません」


誰も口を挟めなかった、あの重苦しい空気の中。響き渡ったのはあの小生意気な彼女の声。

あの幼い時、一緒に過ごした日々と同じように。

彼女はわたしが欲しかった言葉を簡単に与えてくれ、そしてあれほど重かった空気を一瞬でかえてくれた。


「お前は俺の弟か・・・?」


はい、兄上。


「俺と・・一緒に、この罪を背負って生きてくれるか・・・」


はい・・・兄上。



兄上のあの言葉がどれ程嬉しかったことか。

これからもずっと、わたしは兄上の支えとなって生きていく。


絶対に兄上を裏切らない。兄上の敵にはならない。

そして絶対に兄上の大事なものを奪ったりしない。

あの日の誓いを胸にして。





顔を上げたわたしの視線の先には、ふわふわとした柔らかそうな金髪を風になびかせて歩く小柄な女性。

あの女性の瞳がキラキラと輝く緑色をしていることを知っている。

小さい頃はとにかく泣き虫で。口は達者で、小生意気で。

でも美しく成長した彼女が、優しく純粋であることを知っている。

そして・・・。

兄上が誰よりも愛している特別な女性であることも知っている。


わたしは絶対に兄上の大事なものを奪ったりしない。

あの日誓いを立てたのだ。


だから・・・・。


「・・・・・このブス・・・。 兄上にくっつくな・・・・」


今日もわたしは一人そう呟き、自分の心を制御するのだ。










読んでくださりありがとうございました。

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