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カーティス4

図書館の一番奥の一番隅の席。

裏庭の茂みの中。

長年使われていない乱雑とした倉庫の中。

『その人』は毎日そんな人目のない場所を選んで、一人で何をするでもなくぼんやりと座りこんでいた。

わたしは毎日『その人』を探し出しては、『その人』の近くを陣取り同じようにぼんやりと過ごす。

隠遁術のせいで、どんなに近くにいても認識されず、話もできないけれど。

それでも同じ空間にいるだけで満足だった。

一日がゆったりと穏やかに過ぎていく。

常に人の目を気にし、王子として、人の上に立つものとして、追い立てられるように過ごしてきたわたしにとって、『その人』の近くで過ごすその時間はかけがえのないものになった。


前髪で顔を隠し、誰にも見つからないような場所をわざわざ選んで。『その人』は何をするでもなくただぼんやりと過ごす。

きっと彼も自分と同じように、注目されることに、そして学ぶことに少しばかり疲れているのだろう、と。

馬鹿で浅はかなわたしは、安易に思っていた。

                        

けれどそうではなかった。


『その人』はわたしのように、ただ人の目が煩わしいから。日々の勉学が厳しく大変だから。そんな幸せで幼稚な理由で()()にいたわけではなかったのだと。

人気のない場所(そこ)しか心休まる場所がなく、()()することでしか、自分の心を守れなかったのだと。

そこまで追い詰められていたのだと。

馬鹿なわたしはこの数日後にようやく気がつくことになる。




「ああ、ここにいたのか」


裏庭の茂みの中。

突然後ろからかけられた声に、心臓がはねた。

何日も『その人』に一方的に付き纏っている自覚があっただけに、誰かに咎められたのか思ったが。

よくよく考えれば隠遁術をかけられている自分が誰かに認識されることはない。

ほっと安堵の息を吐きつつ振り返れば、身なりのいい精悍な顔立ちをした男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

後ろで一つに束ねられている髪は見事なまでの銀色。

胸に刺繍されている家紋にも覚えがあった。

クロス公爵だ。

公爵の視線の先には、ぼんやりと座り込んだままの『その人』。口調はどこまでも優しく親しげで、態度は愛する息子に対するそれ。

では思った通り、あそこにいる『その人』は息子のアッシュフォードだったのだ。


・・・・兄ではなかった。


思った瞬間、よかったと思った。こんな綺麗な魔力をしている人が、嫌われ者の兄でなくてよかった。

そう心から思ったはずなのに。心の片隅で兄ではなかったことに落胆している自分もいて。

相反する自分の気持ちに軽く混乱した。


「またこんなところにいたのかい?」


クロス公爵がわざわざ膝を折り、目線を同じにして。優しい声で『その人』に問い掛ける。

なのに『その人』からは、それに対する反応もなければ、返事もない。


「こんなところに一人でいて寂しくはなかったかな?」


とても穏やかな声。なのにそれでも返事は聞こえないし、『その人』の口が動いた気配もない。


「おいで、ここは少し冷える。お茶でもしよう」


返事は一つもない。なのにクロス公爵はそんな様子を不審がることもなく、それが当然というように一人で話を進めていく。

まるで返事など、最初から期待していないようだ。


まさか・・・喋れない・・・?


いや、違う。

クロス公爵令息が口を聞けないなんて話は聞いたことがない。

じゃあどうして・・・。


そこまで思って、気がついた。

『その人』の身体が、明らかに強張っている。

ピりビリと空気がひりつく感じに、『その人』がとてつもなく気を張って、緊張しているのがわかる。

そして・・・。

キラキラと輝いていた『その人』の魔力が、クロス公爵が姿を現した瞬間からどんどん暗く陰っていく。

父親であるはずのクロス公爵に対してよそよそしく、距離があり、心を許していない感じ。

どこからどう見ても『普通の親子』には見えない。


・・・・・喋れないんじゃなくて・・・・。


喋らない?


どうして?


クロス公爵の魔力はほわほわとしていてとても優しい感じがする。

子供を虐げたり、きつい物言いをするようには見えない。

なのに『その人』は警戒している。


「さあ、戻ろう・・・ルーナ」


え・・・・?


衝撃が身体を突き抜けて行った気がした。


るーな・・・?


アッシュフォードをどう呼んでも、愛称が『ルーナ』になることはない。


ルーナ・・・?

ルーナ・・・・。

ルーナ・・・ルド・・・?


思い至った瞬間、身体はよろめいて情けなくその場に倒れ込んだ。

常時であれば、すぐに護衛やら侍女やらが駆けつけてくるのだが。

隠遁術をかけられ、身分もひた隠しにされている今、誰も震えるこの身体を支えてはくれない。


心臓が太鼓のようにドンドンと大きく波打つ。

耳の裏でその大きな拍動を聞きつつ、わたしは必死に自分の心を落ち着かせた。


ルーナ。

ルーナルド。

いくらその存在を全否定していても名前くらいは知っている。

ルーナルド。

それは兄の名前。誰からも嫌われ、憎まれ、そして最愛の母を苦しめるだけ兄の名前。

公爵がたった今『その人』を『ルーナ』と呼んだ。

つまりわたしがずっと『アッシュフォード』だと思い込んでいた人間は、『ルーナ』で・・・。

『ルーナ』というのはおそらく『兄』の愛称で・・・。

そして『兄』は嫌われ者で、怠け者で、王宮を逃げ出した腰抜けで・・・。


心が急速に冷え込んでいく。


・・・・・・ああ、そうか・・・・。


何をするでもなく、毎日ここで無意味に時間を潰すだけだった『その人』。

一日中隠れていても、誰にも心配されず、今日やっと探し出してもらえた『あの子供』。

公爵に引き取ってもらい、あんなに優しく声をかけてもらっていながら、返事すらしない・・・『あいつ』。


誰からも憎まれる、嫌われ者。怠け者のいらない王子。


誰かを不幸にするしかできない、ルーナルド(悪魔)


勉学に疲れていたんじゃない。ただ学ぶ義務を放棄して逃げ込んでいただけ。

上に立つものとして注目を浴びていたんじゃない。日頃の行いの悪さから、嫌悪の視線を集めていただけ。

母だけじゃなく、公爵まで煩わせるどうしようもない存在。


ゆっくりと顔を上げたわたしのそのすぐ脇を、公爵に連れられた『あいつ』が歩いていく。

前髪で顔を隠した陰気な姿。まるで覇気がなく、幽霊のようにゆらゆらと揺れる身体。


・・・・・・・・・この卑怯者!!


心の中でそう詰ったとき。

ちらっとクロス公爵がこちらをみた。

穏やかで、けれどどこか気遣うような目と視線が合った。

どきっと心臓が跳ね上がる。

とんでもないいたずらを見つかったような気がして。とっさに言い訳を、と思ったけれど。

隠遁術で認識されないはずだと、思い出した。

そしてその認識は間違いではなかったようで。

公爵は何事もなかったように視線を前へと戻し、『あいつ』を連れてゆっくりと立ち去って行った。






そうしてわたしは、勝手に人違いをし、勝手に懐いて付き纏い、そして勝手に裏切られた気になって。

何もしていないルーナルド兄上をより憎しむようになってしまう。











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