番外編 シグルドの独り言
需要があるとは思えませんが、作者が書きたかったので書きました。
シグルドは、本編後半にでてきたルーナルドに忠誠を誓った軍人さんです。
弟カーティスが裏で頑張っていた、という話です。
「これで58人目だ。一体どうなってやがる」
出てきたばかりの扉を乱暴にしめ、人気のない少し肌寒ささえ感じる廊下でシグルドは小さく舌打ちをした。
ちょっと調べただけでも、すでに58人。それだけの人間が短期間で行方不明になっていた。
第3部隊のテオ、第1部隊のパメラ、同じく第一部隊のアレンにはじまり、毎日のように人がいなくなる。
もっと丁寧に調べたならその倍、もしくは3倍以上の人間が行方不明になっているかもしれない。
そして三日前とうとう第5部隊に所属していたフィルと連絡が取れなくなった。
フィルとは部隊は違うが、わりと仲がよかった。
先日もおかしな失踪事件が続いているがお互いに気をつけような、と酒を酌み交わしたばかりだった。
一体何があった?誰が関与している?
ひどいものだと、一家全員が一夜にして行方不明になった事例もある。
家族だけじゃなく婚約者や、親しい友人も一緒に姿をくらましたという話もあった。
なのに一向に調査が行われない。シグルド自身も何度も役所や警備隊、果ては国に申し出ているのにどの機関も動く気配がない。
行方不明になっているのが、平民同然の人間ばかりだからぞんざいに扱われているのか。
それともどこかからか圧力がかかっているのか。
とにかくどれほど訴えても何も成果がない。それどころか王宮騎士には「戦うのが怖くて逃げだしたんじゃないのか」とまで言われた。
とんだ屈辱だ。
最も安全な王宮をあくびをしながら毎日守っているような輩に、毎日命懸けで戦っている自分達がそんな辱めを受けるなど。到底許せるものではない。
こうなれば自分で必ず真相を暴いてやる。
シグルドは怒りに任せドスドスと足を踏み鳴らして帰路に着きながら考えをまとめていく。
連れ去られた人間は、性別、出身地、役職、全てがバラバラだがいくつか共通点はいくつかあった。
全員が軍に所属する現役の軍人だったこと。
忠誠心が高く、剣の腕、もしくは医療の腕が確かな軍のエリートだったこと。
そして、恐らくこれが一番ネックなのではないかと思われるのが・・・。
全員が『血狂い』と噂され恐れられている第二王子、ルーナルド殿下を慕っていたこと。
一番最初に行方不明になったと思われるテオは、ルーナルド殿下を血狂いと嘲笑った下級貴族に食ってかかり力付くでその発言を撤回させた。城下の酒場での話だ。あっという間に此処彼処に話は知れ渡り・・。
そしてそのわずか二日後に彼は婚約者とともに行方不明になった。
パメラは友人(と呼べるほど深い仲なのかは知らないが)がルーナルド殿下のことが怖い、と怯えていたところを「そんなことはない、殿下は素晴らしい人格者だ」と発言し、その次の日に姿を消した。
アレンは傍目から見てもわかるほどルーナルド殿下を慕っていた。あれはもう崇拝レベルだ。
ヴァンもクラウスも、リズも。
そしてたった今行方がわからなくなった、と知らせを受けたフィルも。
全員がルーナルド殿下に心酔していた。
勿論最初からそんな風に、かの殿下のことを信頼していたわけじゃない。
シグルド達には誇りがある。王族だからと無条件で忠誠を誓ったりしない。命を捧げる相手は自分で見定め、自分で決める。
当初、かの殿下を誰よりも信頼していなかったのはきっと、最前線で戦い続けていたシグルド達現役の軍人だ。
彼が総指揮官として軍を率いたのは、成人を迎えたばかりの頃だった。
驚くほどの美貌には、まだほんの少し幼さが残っていて。言葉数も少なく、排他的だった。
とても最前線で指揮を取れるとは思えなかった。
どうせまた名ばかりの指揮官様だろうと、おそらく誰もがそう思ったはずだ。
けれど予想に反して、かの殿下は本当に戦場のその最前線に立ち、自ら指揮を取り出した。
そして今までとは全く違うやり方で軍を動かし、勝利を確実におさめ実績を積んで行った。
正直快進撃も最初だけで、すぐに潰れるだろうと思った。
でもそうはならなかった。
他の多くの貴族と同じように、実力もないのに威張り散らすばかりの人間だろうと思った。
けれど誰よりも危険な場所に自ら乗り混み、圧倒的な力で勝利をもぎ取ってくるような人だった。
下級貴族や平民など、手足の生えた駒くらいに思っているのだろうと思っていた。
なのに実際は、その身を盾にしてまで部隊を守ったりするようなめちゃくちゃな王子だった。
誰よりも強く、誰よりも的確に軍を動かし、そして誰よりも自分たちの命を大切に扱ってくれた。
これで心酔するなという方が無理だ。
そして心酔した結果が、いきなりの行方不明・・・。
シグルドが把握しているだけでも既に58名。
彼らは今どうしているのか。生きているのかそれとももう既に死んでいるのか。
それを確かめる術さえない。
一つ確かに言えることは、全員が戦場の最前線で戦い続け、今まで生き残ってきた実力者だということ。
行方不明者の家にも行ってみたが、どの家でも争った形跡は全く見られなかった。
血痕もなく、皿の一枚すら割れておらず、家具も綺麗に整ったまま。
むしろフィルの家など数日前に訪れたときより綺麗に整頓されていたくらいだ。
この事実から考えられることは・・・。
誰よりも危機管理能力がある現役の軍人を、暴れる隙さえ与えず連れ去った。
それが出来るほどの絶対にして圧倒的な力があり、かつ上に圧力を加え調査を阻める程の権力がある人間。
第二王子を慕っている人間ばかりが狙われたことから、ルーナルドが力をつけることを懸念しての誘拐事件ではないかと思われる。
というのも、最近ルーナルドは『血狂い』、などと噂され恐怖の対象にされている。
噂の出所を探ったが、軍じゃない。もっと別のところから立ち上がった噂だ。
恐らくこれも、ルーナルドの地位を落とすための策略だろう。
ルーナルドが地位を追われ得をする人間・・・。
・・・・・・思い当たる人物が二人・・・いや二組いる。
一組は第一王子ギルバートの一派。
第一王子とはいっても母親の身分が低いギルバートの王位継承権は、現在第三位。
正当な王妃の息子であり、王位継承権第一位のルーナルドを邪魔に思っているのはまず間違いない。
はっきりいって、シグルド個人としてはこの王子が黒幕であってくれた方がありがたい。
なぜなら同じ理由でルーナルドを敵視しているであろうもう一人の人物は・・・。
ぶつぶつと独り言を呟きながら歩きつづけ、気がつけば自宅の玄関先までたどり着いていた。
考えすぎて頭が少し痛い。シグルドはもともと頭を使う作業が得意ではない。
妹にお茶をいれてもらって、少し休憩するか、と。
そう思ってドアノブに手を伸ばした。
そのドアが独りでに音もなく内側に開いた。
ちらりと見える、ドアノブに添えられた黒い皮袋を嵌めた手。大きすぎる、妹の手じゃない。
ざわっと背筋を突き抜ける悪寒。耳の奥で鳴り響く警報音。
反射的に身体を後ろに引いた。
けれどそれよりもずっと早く黒い手が伸びてきて、シグルドの胸倉を掴み家の中に乱暴に引きずり込んだ。
バタンと。
いつもと同じ音を立てて閉まるドアの音を耳の後ろに聞きながら、シグルドは盛大にため息をついた。
・・・・ああ、なんだよ、やっぱりかよ・・・。
部屋の中央におかれたシグルドの1人掛けソファには、壮絶な美貌を持った男が足を組んで悠然と座っている。
シグルドの個人的な願いはだいたい叶えられない。
・・・・敵に回すならまだ扱いやすそうなあっちがよかったのに・・・。
・・・よりにもよってこっちか。
けれどこの一連の誘拐犯がシグルドの考えた二択なのだとしたら。
犯人など実は考えるまでもなく決まっている。
目撃者を一人として出さず、鮮やかにことを成す計画性と実行力。
実力を兼ね備えた軍のエリート達を、一瞬でねじ伏せ押さえ込む圧倒的な武力。
そして各方面への徹底した根回し。
どれをとってみても全てが超一流で。
あのギルバートがそれを為せるとは、シグルドの目から見てとても思えないからだ。
膝をけられ、無理矢理跪かされる。無駄だろうと思いつつ一応抵抗してみたが、やはり無駄だった。
あっという間に後ろ手に縛られ、髪を捕まれ顔をあげさせられた。
腕には自信があるシグルドですらびくともしない完璧な拘束技。
ここまで一瞬で無力化してくる程の実力者を、配下として手元においている人物。
第三王子カーティス。
紺色の髪に、冷たく輝くアイスブルーの瞳。とてもルーナルドによく似た顔立の男が。
現在第二位の王位継承権を持つ、恐らく誰よりもルーナルドを邪魔に思っている男が。
無表情でシグルドの特等席に座り、シグルドを冷たく見下ろしていた。




