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不撓不屈

「君を愛している」


ルーナルドのその言葉は、彼女の中で余程予想外だったらしく。

ホケッと口を開けて、余りにも気の抜けた声をあげるものだから、告白の緊張感などあっという間にどこかに吹き飛ばされてしまった。

ほんのりと赤く染まった頬に、いつもよりほんの少し幼く見えるあどけない表情。

目を白黒させて混乱しているさまも、最高にかわいくて。

けれど悲しいことにあのユーフェミアがあれほど驚くということは、彼女の中でルーナルドは全く『そういう対象』ではなかったということで。

彼女自身、一度としてルーナルドを『そういう目』で見て意識してはくれていなかったという事になるのだろう。

ルーナルドが彼女に寄せる好意と。

彼女がルーナルドに感じてくれている好意は恐らく別物で。

そこには大きな隔たりがあるのかもしれないけれど・・・。


それでもいい。


ルーナルドはもうユーフェミアを手放すつもりはない。

生きたいと言ってくれた。助けてほしいと、頼ってくれた。

ならばこれから時間をかけて全力で口説き落とせばいい。

もうルーナルドは、彼女の側を離れる気など毛頭ないのだから。


目の前では、ユーフェミアが不安そうな表情を浮かべてこちらを見上げている。

こんな時なのに。

いつも凛としていたユーフェミアが、そんな風に弱さを見せてくれるのが嬉しい。

もっと色々な顔を見てみたい。

心の底から愛しさが込み上げる。

その激情に誘われるまま、彼女の細い腰に手を回し抱き寄せた。

身体に触れた瞬間、ユーフェミアが一瞬だけ警戒するように身をよじったが。

「こうやって身体を密着させた方が魔力回路を切断しやすい」と言えば、すぐに素直に身を任してくれた。

もしかしたら前回も同じような感じで、誰かがユーフェミアの魔力を封じたのかもしれない。


お互いの身体の隙間を無くすように、ユーフェミアの体を両腕で強く抱き込む。

互いの体がより密着していた方が魔力を探りやすい。

その言葉に嘘は一つもない。が、真実を全部さらけ出したわけでもない。

心底惚れ込んでいる相手を抱き寄せるのだ。そこに下心を抱かないわけがない。


ぎゅっと力を入れて抱き込めば、理性が根こそぎ奪われるような甘い香りが鼻孔を心地好く刺激する。

それと同時に。

暴力的なほどの血生臭さが鼻についた。

寄せ合った彼女の身体からピシッと不吉な音が絶え間無く聞こえる。恐らくまたどこか彼女の体が傷ついた。

早く、一刻も早く魔力回路を切断していかなければいけない。


目を閉じて意識を集中する。すると膨大な魔力が彼女の身体を隅々まで行き渡っているのが確認できた。

魔力回路は身体の至るところにある。

身体の中心ほど回路は太く、末端に行くほど細くなる。


そしてそれを切断するのは術者と対象者、双方共にとてつもない苦痛を伴う。


切る方は跳ね返る力で物理的なダメージを負う。

恐らく防衛反応が働いて、対象者は術者を無意識に攻撃してしまうのだろう。

当然、対象者の魔力が強ければ強いほど術者へのダメージが大きい。

そして切られる方は、魔力回路を切断される度に凄まじい精神的ダメージを負う。

これは魔力が精神に深く結び付いているためだろう。


そのためいきなり太い回路を切ってしまえば、ルーナルドはともかくユーフェミアの精神が持たない。

だから一番末端の、細い回路から切断していく。

ユーフェミアの左手、その小指に通る魔力回路に狙いをつける。


「・・・・行くぞ、ユフィ」


声をかければ、ユーフェミアがまっすぐに顔を上げて「はい」と頷く。

それを確認した後。ルーナルドはユーフェミアの魔力回路を切断した。


その瞬間。


身体を抜き抜けていく鋭い衝撃。

ボタボタと生暖かい何かが額から頬に向かって流れ落ちていく。

額だけじゃない、身体のあちこちから流れ落ちていく。

それがルーナルド自身の血であり、身体のあちこちが傷ついたせいなのだと見なくても理解できた。


「・・・・・あ・・・」


ユーフェミアの顔色が変わる。

血の気が引いた真っ青な顔で、ルーナルドの腕から逃れようとする。

苦痛を思わずはねのけた、という感じではなかったので、きっとルーナルドの怪我に驚いたのだろう。

だけどこれくらいの傷。


「大丈夫だ、ユフィ。こんなものかすり傷だ」


そんなわけがない、ひどい傷だ、もうやめよう、と青い顔でなおもルーナルドから逃れようとするユーフェミアの身体を、今までよりも強く抱き込んだ。


「お願いだ、大丈夫だから俺から離れないでくれ・・・。それより君は? 大丈夫か?」


問い掛ければ、「わたしは大丈夫です」としっかりとした言葉がかえってくる。

その言葉にホッと安堵の息を吐き出して。

「わたしのことよりもルーナルドさまが」となおも続く言葉を無視してルーナルドは次の回路を切断する。

さっさと切ってしまわないと、ユーフェミアの体が持たない。


先程よりも強く身体を突き抜けていく衝撃。

腕の中からまたルーナルドの体を心配する、ユーフェミアの悲鳴があがる。

それを無視し、バタバタと暴れる身体を抱き込んで。

ルーナルドは細い回路を手早く切り離していく。


頭から流れてきた血液が左目に入り、視界がふさがれる。けれど構わず、次の回路を断ち切った。


その時。


今までとは比べものにならない強烈な痛みが身体を突き抜けた。

今までよりもほんの少しだけ中心にある、ほんの少し太い回路を切っただけ。

なのにそれで体がのけ反るほどの痛みと衝撃を受けた。

ぐらりと体が揺れる。傾いたとたんに、血が身体を伝い落ち地面を濡らした。

ユーフェミアの悲鳴が聴こえる。声が震えている。きっとまた泣いている。

情けない、あれだけ大口を叩いておいて彼女を泣かすなんて。

ユーフェミアの方こそ、苦しい思いをしているはずなのに。

すぐに持ち直して、大丈夫だと安心させてやらなければ。


けれど、と頭の冷静な部分が、きわめて冷静な分析を弾き出す。


けれどこのスピードでは遅すぎる。もっとはやく切断していかなければ間に合わない。

完全に回路を切断する前に、ユーフェミアの体が限界を迎えてしまう。

なのにユーフェミアの魔力が巨大すぎてこれ以上スピードがだせない。

せめてルーナルドにもっと魔力があれば・・・。


そう思ったとき。

ルーナルドとそしてユーフェミアの足元に、白く輝く魔法陣が浮かび上がった。

この術式は知っている。

これは・・・・。


「回復魔法が使えるものは交代で兄上とユフィ王女にかけ続けろ。決して途切れさすな!」


浮かび上がったそれは回復魔法の術式。そして迷いなく指示を飛ばすこの声は。


「・・・・カーティス・・・・」


「回復魔法が使えないものは、ユフィ王女に極大の弱体魔法をぶつけ続けろ!それもできないものは、ルーナルド兄上に魔法障壁を張れ!」


カーティスの指示を受け、剣士たちから弱体化の魔法が放たれる。

莫大だった彼女の魔力がそれにより若干押さえ込まれた。

足元に浮かぶ回復の魔法陣は、ルーナルドとユーフェミアの傷を癒しつづけてくれる。

その光景をルーナルドは泣きたい気分で見つめていた。


『誰かに親切にすると必ずいいことがあるのよ?』


そう言って無愛想だったルーナルドを諭してくれたのはユーフェミアだ。

その教えに習って、ルーナルドなりに生きてきた。

それがこんな形で助けになってくれるなんて思いもしなかった。


「兄上」


声をかけられ、ユーフェミアを抱きしめたまま顔だけそちらに向ければ、ルーナルドのすぐ側まで来ていたカーティスが、右手を胸にそえて目礼した。


「兄上、ぜひわたしの魔力をお使いください」


その言葉にルーナルドは目を見開いた。

カーティスが言っているのは『魔法で自分の魔力を奪え』という意味だろう。それは『魔力流し』とは根本的に違う。もっと一方的で乱暴な方法。

その魔法をかけられれば魔力を底の底まで無理矢理引き抜かれるため、体にかかる負担も苦痛も『魔力流し』の非ではない。


「兄上程ではありませんが、わたしも高い魔力を持っております。兄上の助けとなりたいのです」


それに、とカーティスは続ける。


「それに彼女はわたしにとっても・・・その・・・おさな・・・なじみ・・です、ので」


辛そうに一瞬視線を反らしたカーティスをみて、ああそうか、と思う。

ルーナルドとユーフェミアが幼馴染みというならば。

同じ屋敷にいて面識があった彼らもまた幼馴染みになるのだ。

そこにどんなやり取りがあったかなどルーナルドが知る由もないが。

しれっとした顔で彼女と対峙していたが、やはり思い入れがあるのだ。彼女を救いたいという気持ちも本物なのだろう。

であるならば。


「ではお前の魔力をもらうぞ、カーティス」


カーティスから感じる魔力量はかなり多い。

潜在的なものを含めれば、ルーナルドが今認識しているよりももっと多くなるだろう。

その魔力を足せば、もっと早くユーフェミアの魔力回路を切断していける。


はっきりと宣言すれば、神妙な顔つきでカーティスが頷く。

その顔に迷いや恐れは一切ない。申し出た時点で覚悟はとうに決まっているのだろう。


「はい、兄上」


返事を確認してすぐ術式を展開し、カーティスの魔力を奪いとる。

かなりの苦痛を強いられているはずだ。けれどカーティスはわずかに顔を歪め、小さなうめき声をあげただけでその苦しみに耐え続けた。


やはりカーティスの魔力量は相当多い。

そのカーティス()の魔力を奪ったことで、ルーナルドの魔力が跳ね上がる。

ぐんと縮まる、ユーフェミアとの魔力差。

足元には回復を促す魔法陣。ユーフェミアの魔力を押さえつづけてくれる弱体魔法。そしてルーナルドの身体を守ってくれる魔法障壁。

これならばいける。


視線を戻し、腕の中にいるユーフェミアの様子を確認する。

表情はいつもとあまり変わりないように思えるが、その顔色はひどく青白い。額にはポツポツと汗が浮かんでいて、呼吸も荒い。彼女もきっと相当に苦しい状況にある。なのにその目はもう未来を諦めてはいない。


「ユフィ、もう一度だ」


声をかければ、もはや迷いのない声で「はい」と言葉がかえってくる。

きっとこの場の誰よりも辛いだろう、苦しいだろう。

それでも彼女は諦めない。

その心の強さに何度でも惹かれてしまう。

誰よりも大事な彼女の身体を再び抱きしめて。

ルーナルドは魔力回路を切断していった。






カーティス達の動くのが遅かったのは、ユーフェミアの魔力にあてられて動けなかったからです。

本来であればまだ動けないところですが、皆根性で乗りきりました。


読んでくださりありがとうございました。

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