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命の天秤6

甘い言葉で唆され、人としての道を大いに踏み外し。

思考を誘導され、最後にはその身体まで乗っ取られたハイエィシアの第一王子。

怠惰と贅沢で醜くたるみ太きりきったその身体が、衝撃でいとも簡単に吹き飛んだ末動かなくなったのが、ユーフェミアの細い身体ごしにみえた。

同時に奴の身体から吹き出ていた、暴力的な魔力が消える。


魔法具が壊された。


瞬時にそれを理解し、一瞬肩の力が抜ける。

けれどすぐにハッと我に返った。

身体を覆う緊張感がいまだに抜けない。頭の中で今まで以上に強い警報音が鳴り響く。

まだ終わっていない。

ずっと戦場にいた。危機管理能力は人一倍優れている自覚がある。そしてこの場合危険に瀕しているのは・・・。


「ユフィ!!」


無意識にその名を呼び、彼女の周りに魔法障壁を作り出す。

少し距離がある上に、ほぼ条件反射のような乱暴な術式展開だったが。

どうやら長年培った経験のおかげで魔法は正しく発動できたらしく。

ユーフェミアの周りに張られた見えない壁がカキンカキンと甲高い音を立てて、放たれた攻撃を防ぎきった。


雲の切れ間から差し込まれた細い光を浴びて、『それら』がキラキラと光る。

ユーフェミアが作りだし、ルーナルドの障壁が砕いた氷剣の残骸が。


「・・・・・・・・・」


「ユフィ・・・なぜだ・・・」


ドクドクと猛る心音をなんとか押さえ込んで、ルーナルドはユーフェミアの背中に震える声で問い掛ける。

今、ユーフェミアは自分に向かって攻撃をしかけた。

誤射とかでは絶対にない。魔力も安定していたし、狙い済まされていた。ルーナルドが防がなければ、ユーフェミアが作り出した氷剣は間違いなく彼女の心臓を貫いていた。


────・・・彼女は意図して自らの身体に氷剣を打ちこもうとした。


それはつまり・・・・。


「なぜ・・・・」


ユーフェミアが・・・・。


「なぜだ、ユフィ」


自ら死を選んだということ。


震える声で再度問い掛けるが、ユーフェミアはこちらに背を向けたまま微動だにしない。

その様子が猛烈に不安感をかきたてた。

『自分の命を大事にしない人なんて大嫌い』とそう言っていた。

死にたいといったルーナルドを叱り付けて。『頑張って』『負けないで』と何度も励ましてくれた。

だからルーナルドは今まで頑張ってこれた。

誰に憎まれようと、暗殺者を差し向けられようと、自分だけは自分の命を惜しんでやらないと、と。そう思って今まで生き抜いてきた。

なのに・・・。


「なぜ自分の命を大切にしない・・・。答えてくれ、ユフィ・・・・」


そう問い掛けながらも、心のどこかではその理由に思い当たっていた。

ユーフェミアはきっと・・・。


こちらに背中を向けたまま微動だにしなかったその細い体が、ルーナルドの声にわずかに反応を示した。

短い沈黙の時間を挟んで。

やがて諦めたような肩を下げて大きなため息を吐いたのがわかった。

ゆっくりとユーフェミアがこちらに振り返る。

そして・・・・。

顔を上げたユーフェミアをみて、ルーナルドは息をのんだ。

自分の顔から血の気が引き、体が急速に冷えていくのがわかる。


「ユ・・・・」


笑っていた。

ユーフェミアは。

懐かしそうに目を細めて、とても穏やかに。けれどなにもかも諦めたような目で。

静かに微笑んでいた。


「いつかの逆、ですね、ルーナルドさま」


死にたいと言って泣いたルーナルド。死なないでといって泣いてくれたユーフェミア。

その時と今と、立場は全くの反対で。

けれどユーフェミアがその選択をしたのは。そうせざるを得なかったのはきっと・・・・。


ピシリと彼女のこめかみが裂けて血が頬に向かって流れ落ちていく。

身体の崩壊が進んでる。もう彼女の身体は血だらけだ。このままでは・・・・。


「待っていろ、今助ける!」


悠長に話している時間など元よりなかったのだ。

一刻も早く彼女を救ってやらないと。

腕の中に抱いたままだった母の亡骸を地面に丁寧に横たえて、ルーナルドは立ち上がった。

ユーフェミアの身体は今、大きすぎる魔力の負荷に堪えられず壊れつつある。

それを止めるためにはもう一度彼女の魔力を封じるしかない。

魔法具や術で、などという生半可な方法ではあの膨大な魔力は封じきれない。

もっと根底から断ち切らないダメだ。

今までの彼女は恐らく、ほとんどの魔力回路が切断されていた。

魔力を使う上で絶対必要な回路、それが無理矢理切られていた。

無茶苦茶な方法だが、ルーナルドの培った経験と知識を総動員してもそれ以上の解決策は見当たらない。

であればもう一度魔力回路を切断すれば・・・。


「必要ありません」


はっきりと響く拒絶の声。

その声をルーナルドは絶望の中聞いた。


・・・・ああ、やっぱり『そう』なのか・・・。


ユーフェミアが自らに剣を突き立てようとしたのは。

全てが終わったと思われたあの一瞬。ゼノの魔法具が壊されたあの一瞬、誰もが気を抜いた。ルーナルドさえ。

その一瞬の隙をついて、自ら命を捨てるような行動を取ったのは。


「わたしはこのままで大丈夫です」


なにが大丈夫なものか、とルーナルドは心の中で吠えた。

このままでいればもう数分も生きられない。それは彼女自身が一番よくわかっているはず。

それでもそのままでいいという。

その選択をしたのはきっと・・・・。


───・・・ルーナルドの身を守るためだ。


ルーナルドのためにユーフェミアは自分の命を捨てようとした。

ルーナルドに『それ』を言わせないために、いち早く行動にでた。

ルーナルドが『そう』決断するよりも早く自分の命を終わらせようとした。


魔力回路を無理矢理断ち切れば、跳ね返る力でルーナルドもただではすまない。そうわかっていたから。









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