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兄と弟2

「ユフィ」


ユーフェミアはいつもと同じように穏やかに笑っている。でも目が明らかに怒っている。

鈍いルーナルドでもそうだとわかるように、そこだけわかりやすく感情を見せている。

なぜ・・・?

ルーナルドはユーフェミアと、そして未だ目を覚まさないアッシュの身の安全を第一に考え行動しているだけなのに。


「大事な弟君にそのような物言いをしてはいけません」


静かに、まるで母親が悪いことをした子供に言い聞かすように告げられた言葉に、カッとルーナルドの頭に血がのぼる。


「違う、ユフィ! 大事じゃない! こいつは俺の弟なんかじゃない!」


びくっと。

跪いたままのカーティスの体がまた揺れたのが視界の片隅に見えたが。

ルーナルドはそれを全力で見ない振りをした。

何も見てない。何も感じてなんかいない。

でなければ、ルーナルドは拒否できない。


ユーフェミアは頑なに拒絶を示すルーナルドをしばらく見つめていたが。

それ以上何もいわずにその視線をルーナルドのすぐ脇、跪いて頭を下げたままのカーティスへと向けた。


「・・・・お久しぶりでございます、カース様」


「・・・・は?」


予想もしていなかった言葉に、思わずマヌケな声が漏れた。

・・・・久しぶり? 

久しぶりとはいったいどういうことか。ユーフェミアはカーティス(この男)にあったことがあるのか?

アルフェメラスの王女が? ハイエィシア(敵国)の王子に?

・・・・しかも、『カース様』だと・・・?

自分でさえつい最近やっと名前で呼んでもらえたばかりなのに。なのになぜ親しげにやつのことを愛称で呼ぶのか。

嫉妬心を存分に含んだ目で見下ろせば、恐縮したようにカーティスはまた一段階頭を低く下げた。


「・・・こんな卑小な我が身を覚えておいでとは・・・お久しぶりでございます、ユーフェミア王女」


「わたし記憶力には自信があります」


そういって、ユーフェミアはわずかに胸を張る。


久しぶり、との言葉に、同じように久しぶり、と返した。

これはつまり、お互い認識している証拠。二人は面識があった。いったいどこで?

状況が理解できないルーナルドを気遣うように、ユーフェミアがこちらを向いた。

先程までの明らかに怒った目ではなく、とても優しい視線にますますルーナルドの戸惑いは強くなる。


「あのブランフランのお屋敷で」


ブランフラン・・・?

ルーナルドとユフィが二ヶ月一緒に過ごした屋敷の事だろうか?


「ルーナルドさまはいつもどこかに身を隠していましたよね」


そうだ、ルーナルドはいつだって人目につきたくなくて隠れていた。

そしてそんなルーナルドをユフィはいつだって見つけだしては側にいてくれた。


「そんなあなたのすぐ側の、さらにわかりにくいところに身を隠していたのがカーティス()です」


「・・・・・は?」


「彼は本当に分かりにくいところに身を隠していて、わたしも毎日は見つけられなかったのですが」


「わたし、これでもかくれんぼの鬼役は得意なのですけれど」とユーフェミアが少しだけ悔しそうに呟けば「大変恐縮ですが、わたしも隠れるのは得意としております」と頭を下げたままの男から言葉がかえってくる。

意味がわからない。

けれど二人の言葉をそのまま受け止めるならば、あの屋敷にはルーナルドとユーフェミアだけじゃなく。カーティス(この男)まで滞在していたということか?

いったいなぜ・・・?


「ある時余りに羨ましそうにこちらを見ていらっしゃったので『一緒に遊ぼうよ』とお声をかけましたところ」


そこで一旦ユーフェミアは言葉をきり、珍しく少しだけ意地の悪い笑みを口元に浮かべた。


「『うるさい、ブス! あっちに行け! っていうか僕の兄上にくっつくな』と叱られてしまいまして」


「・・・・・・は? ブス・・・?」


あの時の、あのユフィが?

ふわふわの金の髪に、大きな緑色の瞳がそれはもう可愛らしくて。会う度に彼女は天使なんじゃないかと本気で疑うほどに愛らしかったのに?

そのユフィに向かって・・・・。


「ブス・・・だと?」


メラッとルーナルドの背中から怒気が立ち上ったのを察したのか、カーティスが淡々と声を上げる。


「あの頃のわたしはきっと目が腐っていたのでしょう。天使のように可愛らしかったユーフェミア(あなた)に『ブス』などと暴言を。大変申し訳ありません、発言を撤回し心から謝罪いたします」


「それだけでは到底足りない! 今すぐにそこで頭を・・・・・」


「気にしてほしいところはそこではありません」


しれっとした態度で謝罪をするカーティスに苛立ちを覚え。

更なる謝罪をさせようと声を上げたルーナルドを、ユーフェミアの静かな声がぴしゃりと押さえ込む。


「『僕の兄上にくっつくな』。 大好きな兄上が誰かに取られるのがお嫌だったのですよね?」


「・・・は・・・?」


ユーフェミアの言葉が到底理解できなくて。

視線を向ければ、ユーフェミアの言葉を否定するでも肯定するわけでもなく、カーティスはただ静かに頭を下げている。


「ずっとずっと『兄上』に見つけ欲しくて、その近くにいつも隠れていらっしゃったんですよね?」


「・・・は・・?」


「子供心に、この二人はいったいなにをしているのか、と不思議に思っていたのですが・・・」


そこで言葉をきり、ユーフェミアは自分が羽織っていたルーナルドの外套を脱いだ。

そしてそれをふわりとルーナルドの肩にかける。


「お互い隠れていては、絶対に見つけあうことはできませんよ?」


鬼がいないかくれんぼでは、永遠に互いを見つけられない。


「隠れるのが大得意の弟君()が、こんなに近くまで出てきてくれているのです。しっかりと見つけてあげてください」


「・・・ユフィ・・・」


彼女はなにを言いたいのか。

なにを意図して今この時にこの外套をルーナルドに返したのか・・・。

彼女は無意味なことはしない。きっとその行動一つにもとても大事な意味があって・・・。


そこまで思って、ルーナルドははっと目を見開いた。

ユーフェミアが今肩にかけてくれた外套。

成人を迎えた日に父と母から『お母様からよ』と贈られたルーナルドの外套。

その外套と色違いのものをカーティスが今身につけている。

黒字に金糸で細かい刺繍を施されたルーナルドの外套。

そして紺地にアイスブルーの糸で刺繍を施されたカーティスの外套。

色が違うから印象が随分変わり、一見して分かりにくいが確かに同じデザインだ。

何故同じものを・・・?

この外套は父と母が贈ってくれた特別なもの。

既製品ではありえない。

・・・・わざわざ同じものを作らせた・・・・?

なぜ・・・?

嫌いな人間と同じものを身につけたいと思うだろうか・・?

で、あれば・・・。


「・・・・・お・・前は、俺の弟・・・か?」


微かに震える声で問い掛ければ、カーティスは今までと同じように「はい」と答える。


「・・・おま・・えは、俺の、家族・・・か?」


その言葉にも、すぐに「はい」と声がかえってくる。


「お前は・・・俺、が・・・必要か・・?」


「はい」と、静かな声が迷うことなく響き渡る。


そして・・・。


「お前は・・・・俺を憎んでいるか?」


今までよりもさらに声が震えた。みっともない、情けない。

けれどどうしても問わずにはいられなかった。

カーティスが顔を上げる。そしてまっすぐにルーナルドの顔を見て「いいえ、兄上」ときっぱりと言葉を返した。


「いいえ、兄上。わたしは誰よりも兄上を敬愛し、誰よりも兄上に憧れております」


数刻前と同じ言葉。

でも先程よりもはっきりと強くルーナルドの心に伝わって来る。


『家族の誰にも必要とされていないんだ』

そういってユフィの前でみっともなく大泣きした。

『家族に愛されない、必要とされない、憎まれてさえいる』と。

そう言って、何度ユフィを困らせたことだろう。


だけど、今自分にまっすぐに向けられた敬愛。

家族だと。必要だと。そうはっきりと口にする『弟』。


そして自分に跪いたまま頭を下げ続ける、こんなにたくさんの元部下達。


───・・・間違っていなかった。


ルーナルドの生きてきた道は。

歯を食いしばり、踏ん張ってずっと歩き続けてきたこの道は。


少なくてもここにいる人間はルーナルドを認め必要としてくれている。

憎まれていない。ただ大事だと言って、言葉にも態度にもそれを示してくれる。


「・・・・・お前、を・・・信じて・・いいのか、カーティス・・」


呼びかければ、間をおかずにすぐにまた「はい」と声がかえってくる。

しかも今度は「魂をかけて。わたしが兄上を害することはないとお誓いいたします」とまで。


・・・・ああ、魂までかけられたんじゃあ、もう認めるしかないな・・・。


弟じゃないといわれて、ひどく傷ついた顔をしていたのも。

兄と呼ぶなといわれ、泣きそうな顔をしたのも。

ルーナルドに名を呼ばれてとても嬉しそうにしていたのも。

本当は気がついていた。


・・・本当はちゃんと、気がついていたんだ・・・。


けれど認めるのが怖かった。

憎まれていると思ってた方が、裏切られない。その方がずっと楽だと思ってた。

だけどやっぱり心はずっと求めていて・・・。


『ちゃんと見つけてあげてください』


先程のユーフェミアの言葉が頭を過ぎる。


・・・ああ、俺に大事なものを気付かせてくれるのはいつだって君だ、ユフィ・・・。


間違えてばかりのルーナルドを正しい道に引き戻してくれたのも。

ルーナルドが信じられないと切り捨てようとしたものを、拾い上げてくれたのも。

いつだってユーフェミアだった。

そんなユーフェミアの身の安全を・・・。


「・・・任せてもいいのか、カーティス・・・」


なにを、ともいってない、ひどく分かりにくい問いに。

しかしカーティスは一も二もなく、とても嬉しそうな笑みを浮かべて「はい」と返事をする。


「・・・・では、後は・・お前、に・・任せた・・・カーティス・・・」


つぶやいた瞬間、ぷつりと緊張の糸が切れた。

そして・・・。

同時に押さえ込んでいた症状が一気に吹き出した。

ルーナルドはまた大量に喀血して、その場に崩れ落ちた。


「ルーナルドさま!」「兄上!」と。

二人の声が響き渡る、そのずうっと奥で。

「ルーナルド!!」と。

甲高い聞き慣れない声が聞こえた気がした。












カーティスは幼い頃ユーフェミアに名前を聞かれて、とっさにカースと名乗っています。


読んでくださりありがとうございました。

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