表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/153

兄と弟

「・・・・・カーティス」


声をかければ、跪いたままの医療班の後ろから「はい」ととても落ち着いた静かな声がかえってくる。

ザクザクと革靴が地面を踏みしめる音がして。

察したように、跪いていた医療班が座ったまま音も立てずに左右に道を空ける。

その中央を、第三王子(カーティス)は堂々と歩いてくる。日頃から傅かれ、道を空け渡されるのに慣れきった人間独特の動作だったが。しかし不思議と傲慢さは感じられなかった。

カーティスは他の誰よりも近い場所。ルーナルドのすぐ目の前で歩みを止めた。

そして、先程と同じように膝を下り右手を胸に当てて頭を下げた。

頭を下げたまま、カーティスは一向に口を開かない。

発言する許可を得られていない。視線を合わせることすらもおこがましい。

そんな気持ちを現したように、ルーナルドの言葉を静かに待っている。


一見すると、随分殊勝な態度だ。

けれど腹の中でなにを企てているかなどわかったものではない。


「・・・・・・・お前はなんだ・・・」


抽象的な言い方だと自分でも思う。これでは問われた方はさぞ返答に困るだろうな、とも。

けれどこの質問こそがルーナルドの本音だった。

この男はいったい何がしたいのか、何が目的なのか、どうしてここに来たのか。腹の中でになにを思っているのか。

何一つとして掴みきれない。


「はい」とまた静かな返事をしたあと、カーティスはゆっくりと顔を上げた。

そしてルーナルドの瞳を正面から見つめ返したまま「わたしは」と続ける。


「わたしはハイエィシア王妃イザベラの第二子、カーティス。誰よりも国の行く末を案じ、国民を守り、その尊き身を費やしてずっと国を守ってくださった偉大なるルーナルド兄上の、弟でございます」


その返答に少なからずの衝撃を受けた。

嘘は感じられない。その声音からは確かにルーナルドへの敬愛を感じる。

けれどルーナルドは知っている。

感情を上手に隠し、思ってもいないことをそれっぽく言う人間などいくらでもいるということを。


「・・・俺の弟はトーマ クロス、一人だけだ・・・」


ルーナルドの言葉に、カーティスの瞳がわずかながら揺れる。


「・・・・・不肖ながら・・・兄上に認めていただけるようこれからもっと精進いたします」


一言一言噛み締めるような、強い意識を思わせる声。

けれどそんなものいくらでも偽装できる。


「・・・俺のことをどう思っている?」


面倒な言葉遊びをせず、直に聞いてみれば少しは何か反応があるだろう。

問い掛けた言葉に「はい」と静かに返事をし、カーティスはまた静かに頭を下げた。


「この世の誰よりも強く、美しく、才能に溢れていて。わたしが誰よりも憧れ敬愛するお方です。

兄上のことを『兄上』と呼ぶことが許された我が身は、この世界で最も幸福な人間です、兄上」


兄上、と。

カーティスが本当に嬉しそうに心から慕っているようにルーナルドのことを呼ぶ。

従順に頭を下げ、敬愛と忠誠を示しているように見える。

けれど裏を返せば顔色や表情を見せないように隠しているとも取れる。


「・・・お前を弟と思ったことは一度もない」


ルーナルドの言葉に跪き頭を下げたままのカーティスの肩が小さく震えた。


「・・・・認めていただけるよう、もっと精励いたします、兄上」


「・・・俺はお前の『兄上』ではない」


「・・・・それでもあなたはわたしの憧れてやまない『兄上』です」


「兄と呼ぶな」


ルーナルドの温度を感じない冷たい言葉に、カーティスが顔を上げる。

そして言う。ひどく辛そうに顔を歪めて「嫌です!」、と。


「兄上を『兄上』と呼べるのはわたしだけの特権です」


実の弟である自分だけの特権だ、だからその命令にだけは従えない、とカーティスは声を張る。

一見して冷たくも見えるアイスブルーの瞳が、メラメラと燃えている。

ルーナルドは一瞬だけその気迫に気圧されかけて、すぐにまた無表情でカーティスを見下ろした。


「・・・・・・・俺に毎晩暗殺者を差し向けていたのはお前か?」


その言葉に、カーティスの目が大きく見開かれる。この反応は明らかに黒だ。

これで化けの皮が剥がれた。小賢しい小芝居もこれで終わりだ。どうせルーナルドを嘲笑っていたのだろう。

そう思った。

けれど予想に反してカーティスは、ぐしゃりと泣きそうな程顔を歪めた。


「・・・対処が遅くなり・・誠に申し訳ありません・・・」


不出来な弟で申し訳ありません。

馬鹿共の動向すら予見し迅速に対処できないような弟で、申し訳ありません。

兄上。兄上、申し訳ありません、と。

第三王子でありながら、誰よりも低く頭を下げ小さな消えそうな声で、カーティスは何度も謝罪を繰り返す。


・・・・対処が遅くなり・・・?


確かに一時を境に、暗殺者に襲われる回数が劇的に減った。

あれは、カーティス(この男)が抑えていた・・・?


・・・わからない。

嘘を言っているようには見えない。

言葉通り、態度通りに捕らえるなら、カーティス(この男)はルーナルドを本気で慕っている。

けれどそうじゃない。

あの女に育てられたカーティスがルーナルドを慕っているなんて。

そんなはずはない。


頭が混乱する。

何が真実なのかルーナルドには判断できない。


周りの人間は、自国の王族二人の言い争いに口を挟むこともできずに跪いたまま。

妙な展開になってきたな、と眉を寄せたルーナルドの肺がまた悲鳴をあげる。

到底押し止められず、ゴホッと咳込めば口の中がまた鉄の味がした。


「兄上! わたしがお嫌いならこの場からすぐに消えます。連れてきた医療班は確かな腕があり、あなたを心から慕っているものばかりです。わたしが保障・・して・・も、兄上はきっと安心はできませんね・・・」


「けれどそれでもお願いですから、どうか傷の治療だけはさせてください。お身体に触ります」と。

まるで心からルーナルドの事を心配をしているかのように、カーティスはオロオロしながら矢継ぎ早に言う。

ルーナルドの事など母親(あの女)と同じように蔑んで嫌っているに決まっているのに。

いったいカーティス(この男)は何がしたいのか。


・・・・・・いや、なんでもいい・・・。


この男が何を考えていようと、そんなことをルーナルドが気にする必要はないのだ。

こいつは敵。それだけわかっていればそれでいいのだから。


「・・・俺に近寄るな」


「兄上、お願いです、傷の手当を・・・・」


「兄などと呼ぶなと言っている! 俺はお前の・・・・」


「───・・・・・ルーナルドさま」


兄などではない。

もう一度そうきっちりと釘を刺そうと思った。

その言葉を遮るように鋭く響く声。


この場で王族同士の会話に入っていけることを許された人物、ましてや明らかに苛立っているルーナルドの言葉を、さらに意図的に遮ることができる人物は限られる。

ルーナルドが兄と慕っているアッシュフォードか。

それとも国は違えど同じ王族という立場である・・・。


「ユフィ」


ルーナルドのすぐ側に。

穏やかに微笑んでいるのに背中に黒い怒気を纏ったユーフェミアが立っていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ