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確信犯

あれほど降っていた雨が止みかけている。

ルーナルドに浴びせられる大量の返り血。それらを流してくれる雨さえ止んで。

血を拭き取ることも、洗い流すことも出来ず、ドロドロになって戦い続ける。

その姿はきっと悪鬼のようだろう。


・・・ああ、確かに俺は人の命を平然と喰らう悪魔だ。


人の首をはねながら、痺れた頭でぼんやり思う。


これでは憎まれても仕方がない。

恐れられ、手を払い除けられ、狂っていると罵られてもしょうがない。

確かにルーナルドは人として大切な何かが足りない。

これほど人の首を跳ね飛ばしているのに、なんの感情も抱けないのだから。


こんな欠陥品だから親兄弟に憎まれ、部下にも見捨てられる。

きっとユーフェミアだってルーナルドを見放した。

アッシュももしかしたら気がついていて、こんなルーナルドを見て呆然としているかもしれない。


皆最後は離れていく。

最後まで誰にも認められない。

こんなルーナルド(悪魔)はやはり生まれてきては・・・・。


「ルーナルドさま!!」


ぐいっと引っ張られた気がした。

暗く深いところに落ちかけた感情を、明るい光の元に。

聞こえてきた少し高い綺麗な声が。狂おしいほど愛しいその声が、その姿が。

ルーナルドを引っ張り上げてくれる。


「・・・・ユ・・フィ・・・どうして・・・」


ユーフェミアがこちらに向かって走って来る。

その目は逸らされることなく、まっすぐにルーナルドを見つめている。

こんな血まみれになって戦う悪鬼のようなルーナルドを、ユーフェミアが見ている。


なのに、どうして・・・。


どうしてルーナルドをみるユーフェミアの顔に嫌悪感が見当たらないのか・・・。

こんな姿恐ろしいはずなのに。気持ち悪いし、嫌われたはずなのに。

なのにどうしてそんな心配そうな顔でルーナルドを見るのか。


「・・・一人で戦わせたりしません、わたしも一緒に戦います・・・だから・・・」


───・・・だからもうそんな風に泣きながら戦わないで!!


「・・・・一体なにを言っているんだ、ユフィ・・・」


彼女は一体なにを言っているのか。

泣いている?ルーナルドが?

・・・・違う、泣いてなんかいない。ルーナルドは人間として大事なものが欠けていて・・・。

こんな状況なにも感じない、なにも思わない。

だからいつも憎まれて・・・。


「そんな風に心を殺してまで一人で戦わないで!」


心を殺してる・・・?

ルーナルドが・・・?

違う、人並みに感じる心なんて最初からルーナルドには・・・。


「あなたは優しい人です! わたしがちゃんと知っています!!」


血狂いの第二王子なんかじゃない。

あなたは心優しいルーナルドさまです、と。こちらに向かいながらユーフェミアは言葉を続ける。


・・・・心優しい・・・?

ルーナルドが・・・?


「・・・・ユフィ・・・君はこんな俺が恐ろしくはないのか・・・?」


呆然として問い掛けながら、頭の冷静な部分で馬鹿なことを問うた、と思った。

恐ろしいに決まっている。

だから皆離れていった。誰からも拒絶され、誰からも憎まれた。

今だって何の抵抗もなく首を跳ねたところだ。

こんな悪魔のような姿を目の当たりにして、恐ろしくないわけが・・・・。


「恐ろしくなどありません!! あなたはとことん不器用で心優しい、わたしの大事な友人です!」


「・・・・・・・・っ・・・嘘だ、そんなはずはない」


ルーナルドは人の心を持たない狂人で・・・。だからユーフェミアも最後には離れていく・・。


思わず出た否定の言葉に、ユーフェミアがきりりと眉を吊り上げる。


「わたしの言うことが信じられないのですか?」


怒ったようなすねたような、まるで子供のような言い方。

表情だって、いつもの抜け目のない笑顔などではなく、ムスッとしていて・・・。


『わたしのことが信じられないの?』


・・・その表情にその言葉・・・・ああ、そうだった。


あの頃ユフィはルーナルドが疑う度にそうやって怒ってた。

ルーナルドが後ろ向きになる度に。

『誰からも必要とされてない』『僕なんていなくなればいい』と情けなくシクシクと泣く度に。

『わたしには必要よ』と。

『エトといて楽しいわ』『大好きよ』『わたしのことが信じられないの』と。

そういってすねたように丸い頬をさらに膨らませていた。


ルーナルドはそんな彼女のかわいい表情と言葉にとことん弱くて、いつも・・・・。


「・・・・もちろん・・・信じるよ・・ユフィ・・・」


『もちろん、信じるよユフィ』いつもそう答えていた。


ユーフェミアの口元が嬉しそうに弧を描く。

・・・確信犯だと思った。

彼女はルーナルドが、自分のあの言葉と顔にとことん弱いとちゃんと知っていて。

ああやって言えば頷くしかないとわかっていて。

そのうえで、あの言葉を選びあの表情をしてみせてくれた。

十数年前のルーナルドとの、そんなささいなやり取りまで覚えていてくれた。

そんな彼女の十数年ぶりにみた、頬を膨らませて拗ねる無防備な表情に。

あの頃よりも数倍破壊力があるその可愛らしさに。ルーナルドが逆らえるわけがない。


────・・・もう観念するしかない。彼女がそういうのなら、()()なのだろう。


こんなルーナルドをユーフェミアは受け入れてくれる。

あの頃と同じように『必要だ』と認めてくれる。

こんな返り血だらけでドロドロのルーナルドをみても。


───・・・ユーフェミアは離れていったりしない。


どんな強化魔法よりも。どんな治癒魔法よりも。その事実の方が余程力をもらえた。

病に犯され弱った体が、ジンワリと熱をもってくる。下腹がうずうずと疼く。

目の前の彼女が心底愛しい、と。誰よりも何よりも大事なんだと、魂が叫び声をあげているかのようだった。


「・・・・ユ・・フィ・・・」


正面からの攻撃を右に体を捻って避け、大振りでよろめいた兵士の首を跳ね飛ばす。

ビクッと痙攣を起こし、血しぶきをあげて後ろに倒れていくその首無し兵士を避けるように。

ユーフェミアが走ってくる。


そして・・・。


後ろからの攻撃に反応して体ごと向きを変えたルーナルドの背中にトン、と軽い衝撃と共に伝わる温もり。

見なくてもわかる、ユーフェミアだ。

背中から伝わるユーフェミアの体温。ルーナルドの背中を守るユーフェミアの存在が、ルーナルドの心を支えてくれる。


「わたしも共に戦います」


ルーナルドだけに汚れ役をさせたりしない。一人で戦わせたりしない。共に戦う、と。

合わさった背中からユーフェミアの覚悟が伝わって来る。


『わたしも一緒に参ります』


かつてはその言葉に否と答えた。

連れていってという彼女を無理やり引きはがし、自分勝手に別れを告げた。

恐れられ、嫌われて。最後に離れて行かれるのが怖かった。彼女にそんな目で見られるくらいなら。

彼女にまで別れを告げられるくらいなら、自分から離れた方がいいと思った。


けれどユーフェミアは確かな覚悟をもってルーナルドと共に行くことを選択してくれた。


・・・・・・・ああ、ありがとう・・・ユフィ・・・。


こんなルーナルドを大事と言ってくれて・・・。

こんなルーナルドと共にあろうとしてくれて・・・。


何度ユーフェミアの存在に、ユーフェミアのその言葉に助けられたことだろう・・・。

ユーフェミアはこれからもそうやって沢山の人を救っていくのだろう。ルーナルドを救ってくれたように。

だからこそ・・・。


「・・・・・ああ、共に戦ってくれ、ユフィ・・・」


・・・だからこそユフィ。君に人殺し(汚れ役)はさせられない。


汚れ役はもう未来などないルーナルド一人だけで十分なのだから。
















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