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愚者(バカ)の愚行

ふふ、と女は喉奥で愉快そうに笑う。


・・・やっとあのバカが事を起こした。


短絡的で、目先の快楽にしか目が行かない、絶対的に頭の足りないあのバカ。

遠回しに唆してみてもあまりのバカさ加減ゆえにこちらの思考が読み切れず。

かといって、正面切って言葉で伝えればこちらが罰を受ける。

ここまで誘導するのに大変な苦労をした。

けれどようやく行動を起こしてくれた。

この時を、この瞬間を。何年待ったことか。


コツコツと靴音を鳴らし、女はまっすぐに引かれた赤い絨毯の上をゆっくりと歩く。

そうしてその赤い絨毯の先。

体を丸めてうずくまっている人影の前までくるとぴたりと歩みを止めた。


「・・・・ごきげんよう、陛下」


にこやかに、そして淑やかに。

女は美しい顔に品良く笑みを浮かべ、うずくまったままの人影に対し静かに腰を落として最上級の礼をする。


「・・・・イ・・ザ、ベラ・・・」


ゼィゼィと苦しそうな呼吸が聞こえ、イザベラと呼ばれた女は更に笑みを深めた。


「あら・・・? 随分と苦しそうですわね、陛下。どうかなさいまして?」


クスクス、と女は楽しそうに笑う。


「ギルバートだ。あやつが、いきなり、襲いかかってきて・・・腹を、刺された。ぼさっとしていないで・・・さっさと、医師を・・連れて来い!」


ゼイゼイと苦しそうに喘ぎながらも、どこまでも偉そうに男はイザベラに命令をする。

チラリと視線を向ければ、なるほど。

男の腹部は真っ赤に染まっており、赤い絨毯の上にはもう大きな血だまりが出来ている。

この出血量では長くはもたないだろう。

誰がみてもそれは明らかなのに、往生際悪くまだ助かろうと足掻くとは。


情けないこと、と。

イザベラはゆっくりと目を細める。

若かりし頃は、それはそれは逞しく鍛えあげられた体をしていたのに。

軍を率いて自ら出陣したことなど一度や二度ではなかった。

才能はなくても努力家ではあった。

常に王族としての誇りを高く持ち、研ぎ澄ました刃物のように感覚の鋭い方だったのに。

なのにまさか、剣などほとんど握ったこともないような。

戦略もなにも考えないあんなバカに真正面から刺されるなど。


─────・・・いつからこの方はこんなに愚鈍な王になったのか。


「イザベラ、なにをしている。さっさと医師を呼べ! 俺を助けろ!」


「・・・・・・覚えておいでですか、陛下?」


持っていた扇をバサリと開き、それで口元を隠しつつ。

イザベラは悲しげに目を伏せた。


「なにをだ! いや、なんでも、いいから、さっさと・・医師を呼べ」と。

状況も考えずいまだに傲慢に告げる男を無視し、イザベラは言葉を続ける。


「かつてわたしも、そんなふうに必死でお頼みしましたわよね?」


────・・・助けてくれ、と?


でもあなたは一切聞く耳を持ってはくださらなかった。

わたしが陛下に願ったのは、長い婚姻生活であのただ一度だけ。

その最初で最後の願いをあなたは聞いてはくださらなかった。


そこまで一気に言いきって。

イザベラは一度呼吸を整える。


長年心の中でずっと燻りつづけた炎が、ずっと押さえ続けてきた激情が、今大きく燃え上がる。

あの時抱いた悲しみを、痛みを、そして憎しみを、一日だって忘れたことはなかった。

この日がくるのをずっとずっと待っていた。


「何の、話を・・している! 知らん、分からん! いいから医者を・・・」


知らない、分からない。

・・・そう・・・。

あなたはここに来てまだそんな言い逃れをするのね。


男の唸るような声を無視し、イザベラは髪にさしてあった簪をひきぬきいた。


「いりませんわ」


そういい放ち、情けなく横たわったままの男の体の上に無造作に投げ落とす。

耳元を飾っていた大きな宝石がついたイヤリングも。

胸元を飾っていた王妃の証、国宝のネックレスも。

腕輪も、そして婚姻指輪さえ。一つ残らずはずし、イザベラは男の体へと投げ落とす。


「そんなもの何一つとして欲しいとは思いませんでしたわ」


───・・・なのにあなたは、そんなものの変わりにわたしの大事なものを取り上げた。


ギリリとイザベラが噛み締めた歯が、音を鳴らす。


「ねえ、陛下? そんなものよりもわたし、欲しいものがありますのよ?」


艶やかに微笑んで。

イザベラはゆっくりと身を屈め、男の耳元に口を寄せる。

そして内緒話をするかのように扇で口元を隠しつつ、小さな甘えた声で囁いた。


「玉座が頂きたいのですわ、陛下?」


「くださいますでしょう?」とニッコリと微笑めば、男は驚いたように目を見開いた後。

怒りのためかゆっくりと顔を赤く染めた。


「お・・・前!!」


「いい加減明け渡していただけますか? その席にはわたしの愛する息子が座するべきですわ」


「お前・・・! 俺を弑逆するつもりか!!」


「まあ、人聞きの悪い。あなたをそんなめにあわせたのは、あなたが溺愛していたあのバカでしょう?」


「・・・ま・・さか。ギルバートもお前が・・・・」


思い当たることでもあったのか、目を見開いて凝視してくる男にイザベラはまたニッコリと微笑んだ。

そして何か喋ろうと再び口を開いたとき。


「母上」


低い落ち着いた声が聞こえ、イザベラは顔をそちらに向けた。

開け放ったままだった扉を超えて、すらりとした長身の男がこちらに歩いてくるのが見えた。


「ああ、カーティス」


「カーティス!」


嬉しそうに柔らかく呼びかけるイザベラの声に、助かったといわんばかりの、男の高い声が重なる。

けれど入室してきた男、第三王子カーティスは腹から大量に出血している父王をみても顔色一つかえず。

いつもと同じように丁寧に頭を下げ、抑揚のない声で挨拶を述べた。


そして・・・。

「挨拶などいい、カーティス!。・・・医師、を・・・」、とまくし立てるその声を綺麗に無視をして。

父王の側に立つ、母でありこの国の王妃でもあるイザベラへと視線を向けた。


「行き先が判明しました」


その言葉だけで全てを察したイザベラは「そう」と呟いて頷くと。

もはや虫の息である男。

長年夫婦として並び歩いてきたハイエィシア国王へと視線を向けた。


「では、陛下。御前失礼いたします」


「! ま、まて!」


「最後にお話が出来てうれしゅうございましたわ」


生死の確認をすることもなく満足そうに部屋を出て行ったあのバカに最初は呆れかえったが・・・。

こうして最後に直接言葉を投げつけることが出来て。

そして惨めに助けをこう姿が見れて多少の溜飲がさがった。


・・・けれど。

こんなものでは到底足りない。

本当であれば、腹を蹴り、顔を踏み付けて。

思いつく限りの罵詈雑言を声がかれるまで浴びせかけてやりたい。

けれどそんな事をしてしまえば、罪に問われかねない。

相手はまだ一応国王の地位にある。

直接危害を加えるのはことは許されない。

愛する息子がこれから進む、王者としての栄光の道。

その邪魔になるような愚行は絶対にしない。


まあもっとも、と、イザベラは冷たい視線を夫へと向けた。

ドクドクと出血を続けるその腹には、今も短剣が突き刺さったまま。

ご丁寧にもあのバカはイザベラが誘導した通りに証拠となる凶器をそのまま腹においていった。

あれがバカの所持品であることはこの城にいる誰もが周知している。

王殺しの犯人は第一王子ギルバート。

もはやこれは覆しようがない事実だ。


「では、残った邪魔者を排除しに行きましょうか」


「はい、母上」


そうして、もはや喋る力もない夫をそこに残しまま。

イザベラは歩き出す。一度として振り返らずに。

愛する息子を玉座へとすえるために。

この国で最も名誉ある地位へ。誰もが傅く絶対の地位へ引き上げるために。


「・・・そういえば、もう一人のバカは・・・」


バカの産みの親。

あの見た目だけにしか気を使わないあの女は・・・。

そう思ったが、後ろに付き従っている息子から「既に処理済みです」と抑揚のない声が聞こえ、イザベラは紅を引いた唇で綺麗な弧を描いた。


「さすがね、カーティス」


我が息子は、あの愚鈍な王に比べて何と優秀なことか。

ふふっと堪えきれない笑みをこぼしながら賛辞をおくれば、息子がわずかに頭を下げたのが視界の端に見えた。


さあ、もう少しだ。

もう少し、もう少しでやっと願いが叶う。

後は邪魔者を消してしまうだけ。


そしてやっと・・・・。


後ろに第三王子を引き連れたまま。

イザベラは人気のない廊下を靴音をならして歩きつづけた。








読んでくださりありがとうございました。

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