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【連載版】王国騎士団をやめて冒険者になったのに、護衛していた王女がパーティーに加入してきました  作者: 富益 啓


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第1話 自由になったら、王女そっくりの新人が来た

過去に短編として投稿していたものを連載版として投稿しました。

 自由だ。


 王国騎士団を辞めて三日目。俺、アイザック・ロウは、冒険者ギルドの食堂で黒パンをかじっていた。

 茶は熱い。誰にも呼ばれない。皿の最後の一口まで、自分の都合で食べられる。


 王宮では、久しぶりの非番にも、夕食の匙を取ったところで使いが来た。

 急ぎだというので剣を帯びて駆けつけると、殿下は鏡の前に座っていた。


『遅いわ。今日の髪飾り、まだ見ていないでしょう』


 髪飾りを見せるように、殿下が少し首を傾けた。

 怪我人も、不審者もいなかった。


『お似合いです。では、私はこれで』

『待ちなさい。図書室まで付き合って。読みたい本があるの』

『当直の者を呼びます』

『あなたと行くと言っているのよ』


 本を選ぶのに付き添い、庭園へ回り、部屋へ戻ると茶が出た。


『熱いわね。少し待ちましょう。あなたも、そこにいて』


 俺の椅子はなかった。

 扉の脇で立ったまま、茶が冷めるのを待つ。ようやく下がれた頃には、食堂の灯りは落ちていた。

 覆いをかけて残された皿で、肉の脂が白く固まっていた。


 次の非番も、その次も、勤務表にない呼び出しが入った。

 食事を中断するとき、俺はいつからか、皿へ覆いをかけてから立つようになった。

 戻るのが遅くなると、分かっていたからだ。


 今は、黒パンをもう一口かじる。

 誰の足音にも、席を立たなくていい。

 騎士として十年。第二王女の護衛責任者として三年。ようやく手に入れた自由が朝飯とは、我ながら慎ましい。


「アイザックさん。暫定Cランクの登録証です」


 受付のミーナが、薄い金属板を差し出した。


「元王族護衛隊の副隊長でも、冒険者としての実績は別なので」

「構わない。初日から部下の勤務表を書かされるよりいい」

「では、仲間を募集します? 護衛をするなら、結界役がいると仕事の幅が広がりますよ」


 剣で魔物を倒す間、荷馬車を守る手は足りない。

 俺がうなずくと、ミーナは募集札に『初心者歓迎、性格重視』と書いた。


「変わった方が来ても、怒らないでくださいね」

「王宮に十年いた。多少のことでは驚かん」


 その三十分後、俺は発言を撤回したくなった。


「わ、わたく――わたしを、あなたのパーティーに入れなさい」


 深いフード。そこからはみ出した銀髪。顎をわずかに上げ、人が従うのを待つ癖。

 けれど、握り締めた杖の先は小さく揺れていた。俺が口を開くより先に、彼女は息を詰めた。

 足元には、王宮御用達の仕立て屋でしか作らない靴。

 第二王女ソフィア殿下である。

 隠すなら靴も替えるべきだった。


「……応募ありがとう。名前は?」

「ソフィよ」

「登録証を」


 差し出された板には、ソフィ、二十一歳、Fランク。住所欄だけが空白だった。

 ソフィアは俺の顔をじっと見た。こちらが何か言うのを待つ目だ。

 三日前にも、あの目を見ていればよかったのかもしれない。


『あなたが勝手に決めたことなら、わたくしには関係ないわ』


 辞職を告げたとき、彼女は窓の方を向いていた。銀髪には、葉を重ねた形の髪飾り。閉めかけた扉の向こうで、一度だけ衣擦れがした。

 俺は振り返らなかった。

 今は、その彼女が向かいの椅子へ座ろうとしている。


「まず、受付で書類を確認してくる。待っていてくれ」

「逃げるの?」

「逃げない。確認が済んだら、ここへ戻る」


 ソフィは口を閉じた。ただ、机の端をつかむ指だけは緩まなかった。


 受付ではミーナが、『冒険者の事情は詮索しない』と書かれた規約板を構えていた。


「保証と、外出の許可は」


 俺が声を落とすと、彼女は板の陰で登録証の裏を示した。光へ透かした封印欄に、王家の保証認証が浮かぶ。


「明日出発するリュネルへの往復に限り、保証人の承認があります。到着と帰還も確認します」

「緊急時は?」

「登録証に通知符を。本人へ使い方も説明済みです。助けが瞬時に来るものではありませんが」


 保証人の筆跡には見覚えがあった。姉君のエリアナ殿下だ。

 事情は後で聞くとして、無断の家出ではないらしい。


「採用は俺が決めていいんだな」

「もちろん。断る場合も、普通の新人と同じように」


 ミーナはそこで初めて板を下ろした。


 席へ戻ると、ソフィは動かずに待っていた。俺の食べかけの皿まで、そのままだ。


「……先に食べて。まだ、残っているでしょう」


 彼女の視線が、皿から俺へ戻った。

 俺は残りのパンを取った。ソフィは杖を膝に置き、最後の一口を飲み込むまで何も言わなかった。


「何ができる?」

「光の結界と、少しの治癒。あとは語学と地理、紋章の識別に――」

「結界を見せてほしい。この杯を覆えるか」


 彼女は杖を膝に立て、短く唱えた。

 水入りの木杯を、透き通った光が包む。試しに指で押す。薄いのに、へこまない。よく澄んだ魔力だった。


「どこで習った?」

「王宮の古い礼拝――大きなお屋敷よ」


 光が揺れ、水面に輪が広がった。


「質問しないでくださる?」

「敵にもそう頼むか?」

「……意地が悪いわ」


 だが、彼女は結界を投げ出さなかった。唇を結び、揺れを戻す。俺は杯から指を離した。


「強度は十分だ。次は、周りを見ながら維持する練習だな」

「では、採用?」

「まだだ。危険なときには俺の指示に従えるか」

「一時的に、その権利を認めてあげるわ」

「権利をもらう面接ではない」


 フードの奥で、彼女の耳が赤くなった。


「ここでは身分にかかわらず、相談して動く。命令で仲間は増やさない」

「なら……お願いすればいいのね」


 杖を握り直す。息を吸う。

 そのためだけに、剣を抜くより覚悟がいるようだった。


「わたしを、あなたのパーティーに入れて……ください」


 俺の方が目をそらしたくなった。

 三年間、一度も聞かなかった頼み方だ。


「明日の護衛を、試験依頼にする」

「今の流れなら採用でしょう?」

「命を預ける相手を、流れで決めるな」

「本当に融通が利かないのね」


 不満は言う。それでも、出発時刻を書き留める手は止まらなかった。

 新人の歩調に合わせ、途中で一泊する行程だ。依頼人の了承も得ている。

 リュネルへ着くのは、出発の翌日になる。


「試験の途中で、帰りたくなったら言ってくれ」

「わたしが逃げ出すと思っているの?」

「初めての仕事が合うとは限らない。依頼人の安全を確保してから、戻る方法を考える」


 ソフィは書き留めていた紙から目を上げた。


「あなたも、帰りたくなることがある?」

「ある。雨の日に屋根のある部屋を思い出す程度には」

「……では、二人とも帰りたくなったら、相談ね」

「そうなるな」


 彼女は余白に何か書き加えた。横から見えたのは『相談』の二文字だった。

 その二文字を指で押さえ、紙を丁寧に折り畳んだ。

 明日も来てほしいと思った。募集札を出したときには、こんな気分になる予定はなかった。


 必要品も紙に書いて渡した。毛布、水筒、替えの靴下、雨具。

 ソフィは一行ずつ指でなぞったあと、顔を上げた。


「宝石類は?」

「要らない」

「緊急時に売れるわ」

「緊急時に買い手を探す余裕があればな」


 彼女はしぶしぶ余白の何かを消した。

 今夜の宿は紹介者が手配したという。場所を確認して解散すると、ソフィは入口で一度振り返った。


「日の出前ね」

「ああ」

「遅れたら、待っていて」

「遅れないように来い」


 扉が閉まる直前、わずかに口元が上がったのが見えた。

 待たないとは言わなかったことに、気づかれたらしい。


     ◇


 翌朝、ソフィは俺より先に東門へ来ていた。

 外套は地味になった。銀髪も編んで隠している。靴だけは魔獣革の新品で、数か月暮らせる値段がする。


「歩きやすいものにしたわ」

「靴に護衛をつけたくなるな」

「丈夫なのよ」

「俺の財布よりは、間違いなく丈夫だ」


 俺が荷物を確かめている間、彼女は門前の露店へ目を留めた。

 干しリンゴ一包み、銅貨二枚。

 金貨を出しかけた手を、俺は横から押し戻した。


「銅貨だ」

「金貨の方が価値は高いでしょう?」

「高すぎる。リンゴが欲しいのか、店が欲しいのか」


 店主の老婆が、ソフィの手の中の金貨を見て固まっていた。

 小銭入れを開かせ、茶色い二枚を選ばせる。ソフィは貨幣と値札を見比べてから、慎重に代金を置いた。


「……これで、合っている?」

「はいよ。お釣りなしだ」


 包みを受け取った顔が、妙に誇らしかった。

 王宮では何かを選ぶと、代金を払う人間は別にいた。彼女の手の中で、初めて買い物が最初から最後まで終わったのだろう。


「そちらが新人さんかね」


 荷馬車の横から、腹の丸い男が声をかけた。依頼人の薬草商、ガレンだ。

 ソフィは宮廷式に膝を折りかけ、俺の目を見て会釈へ変えた。


「ソフィよ。よろしくお願いします」

「こちらこそ。荷より先に自分の足を守っておくれ。薬は運ぶもんで、途中で使い切るもんじゃないからねえ」


 ガレンは笑い、荷縄をもう一度引いた。その手つきには無駄がない。

 俺も車輪と馬の脚を確認する。問題なし。


「リュネルの先は最近、荷が遅れがちでね。北の魔石ばかり増えて、薬が回らん」

「道が荒れているのか?」

「さて。戻った商人の話が、どうも揃わなくてね」


 覚えておく。今夜の野営地はリュネルの手前だが、帰ったらギルドで確かめよう。


 馬車が動き始めた。東門を抜ける風が、ソフィのフードを持ち上げる。

 俺は反射的にその縁を押さえた。

 すぐ下で、青紫の目が見開かれた。


「風だ。前を見て歩け」

「分かっているわ」


 その声は、いつもより少し小さかった。

 王女として連れ戻してほしいのなら、彼女はこんな靴で来なかっただろう。いや、靴の値段はともかく。

 ソフィと名乗る理由を、本人が話すまで待ってみる。


「今日は、あなたの行く方へ歩けばいいのね」


 隣へ来た彼女が言った。

 俺はうなずき、伸ばしかけた一歩を少し短くした。


「それと、試験が終わったら」


 ソフィは街道を見たまま、続けた。


「駄目だったとしても、黙っていなくならないで」


 俺は、返しかけた言葉を飲み込んだ。

 彼女が怖がっているのは、どうやら魔物だけではない。


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