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「彼女、とても泣いていたね」

「ええ。でももう大丈夫よ。女王様も来てくださったし」


 アルトと二人、女王様と紬ちゃんのやり取りを見つめる。


 この国でこんなにも穏やかな気持ちになれるとは思っていなかった。


 こういう風にいられるのは私たちの願いを熟慮してくださった国王、国王からの問いかけにここと元の世界への行き来を願ってくれた紬ちゃん。それからその願いを叶えるために来てくださった女王様。そして何より、表はもちろん裏でも動いてくれていたアルトのおかげ。


 みんなのおかげで私は、ここに心穏やかにいられる。


「アルト」

「なんだい?」

「ありがとう。本当の意味で私は、自由になれた」


 まっすぐアルトの美しい金色の瞳を見つめ、あの日とは違う澄んだ想いを伝える。


「……よかった」


 アルトはそう呟くように言って、少し泣きそうな顔で笑った。


「セシル。僕は……君のことが愛しくてしかたがない」

「アルト……」

「嬉しいんだ。君の偽りじゃない笑顔を見られて。幼い頃からずっと見たいと思っていた笑顔だ」

「ねえ、アルト。まだ私がこの国に来て間もない頃、あなたが私に贈ってくれたお花のこと覚えてる?」


 私の突然の問いかけにアルトは少し首を傾げながら「覚えているよ」と肯定した。


 アルトがその花を贈ってくれたとき「この花は君の緑の黒髪のように美しくて、君のバイオレット色の瞳のように癒されるから。だから君のそばに置いて癒されてほしい」と言われた。そのときは自分の色と言われて癒されるはずがないと思っていた。だけどーー。


「ふふ。あなたが贈ってくれたお花を見るたび、あなたを思い出して癒されていたの。私が私でいられたのはあなたのおかげ」

「……」

「きっとあの日、私はあなたに恋をしたんだわ」

「っ……! セシル。その、あまり可愛くて嬉しいことを言わないでほしい」


 左手で顔を隠してしまったアルトを覗き込む。手で隠しきれていないところと、鳶色の髪の隙間から見える耳が赤くなっているのを見つけてしまって……私もじわじわと顔が熱くなる。


「僕はまだ世界樹に認めてもらっていないから、君に触れられないから」


 聞こえるか聞こえないかくらいの声量だったけれど、私にはしっかり聞こえてしまった。


 アルト……あなたこそ、私に爆弾を落とさないで。心臓がこう、ぎゅっとなるのよ。


「ふむ。変わらず初々しいね、君たちは」


 不意に聞こえた女王様の声に私たちの肩が跳ねた。それを見た女王様はくつくつと楽しそうに笑い、私の頭を撫でた。


「アルト。君はもう世界樹に認められているよ」

「それは、本当ですか?」

「本当さ。だって君は世界樹が最も愛する聖女(セシル)を笑顔にしただろう。世界樹が君へ与えた試練は、セシルを本心から笑顔にすること。それが叶った。故に君は世界樹が認めた神子だ」


 ばっと私とアルトは顔を見合わせる。そしてなんだか泣きそうになりながら笑う。


「アルト。これからは世界樹の神子としてその役目に務めなさい」

「はい」

「セシル。今流れている噂たちは王自ら動くと言っていた。だからどこへだって行ける。君は、自由だ」


 私は静かに頷いて、女王様の言いたいことがわかったので今できるとびっきりの笑顔で口を開く。


「私、女王様たちのところで聖女として生きたいです。だって私は女王様たちが大好きですから」

「それでいいんだね? 今ならまだ君が新しく造った祈りの場で聖女ができる。だけど……」

「女王様。私は、自由です。だから大好きな女王様たちの元へ帰ります。それに、アルトも一緒にですから」

「……」


 丁寧な撫で方から少し感情が溢れた撫で方で頭を撫でられる。その感情がどういうものか伝わってくる。それが嬉しくて、私は声を出して笑ってしまった。


「まったく君には敵わないよ。私のところでうんと幸せにする。私を選んでくれたことに後悔はさせないよ」

「ありがとうございます」


 ……あ、少し待って。私、今当たり前のようにアルトも一緒にいてくれると言ってしまったけど。もし二人きりがいいと言われてしまったら、どうしよう。でも、これは私だけで決めていい問題ではなかったわ。


「アルト。ごめんなさい。私が勝手に決めてしまって、あなたの考えを聞いてなかったわ」

「いいんだよ。君の思うままに決めて。僕は君のそばにいる」

「……ありがとう」

「うん」


 アルトがとても優しく笑ってくれて、心がくすぐったい。


「君たちの住まいはとびっきりのものを用意するからね。期待しておいてくれ」

「ありがとうございます……!」

「魔族の女王様。感謝致します」

「いいんだよ。私たち(・・・)の愛し子たちよ」


 女王様の「いいんだよ」までは聞こえたけれど、その次の言葉が聞こえなくて首を傾げてしまう。すると女王様はけらけらと笑った。


「さ、紬ちゃんと王の話も終わったようだし見送りに行こうか」

「はい」


 私は頷いて笑顔で手を振ってくれる紬ちゃんの元へと歩みを進める。


 風が強く吹き、私の髪を持ち上げる。


「っ……!」


 髪の隙間から見えた、私に笑いかける女性。

 その人が前世の私を引き上げた。


『さよなら。私の愛しい子。幸せにね』


 その声に、その姿に……どうしようもないくらい泣きたくなった。


 だけど、とびっきりの笑顔で。

 どうかお母さん(あなた)に覚えていてもらえるくらいの笑顔でさよならを。


「ありがとう。お母さん……」


 恐らく紬ちゃんの世界とこの世界を繋げたときに起きた出来事。奇跡のようなものだ。でも、それでもお母さんが私のことをわたし(・・・)だとわかってくれたのが嬉しい。私を見つけてくれたのが、嬉しいの。


 ありがとう。

 ありがとう。


「さよなら……」


 その呟きはきっと私とお母さんにしか聞こえなかったと思う。


「セシル、大丈夫かい?」

「ええ。大丈夫。なんでもないの。ただ嬉しくて」


 私が言った言葉の意味をアルトは気づかないだろう。でもそれがいいの。


 これは、私だけの秘密ーー。

 最後までお付き合いくださりありがとうございました。


 今回で一応終わりになります。

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