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7 Fas est et ab hoste doceri.

 朝……私が目を開けると隣に女王は居なかった。廊下へ出てみると何やら騒がしい。話しかけてみようとするが、みんな忙しいのだろう……相手にもしてくれない。

 

  (何かあったのかな……)

 

 とりあえずアニエスの所へ行ってみようか。そう思ったときだ。

 

「……あ」

 

 私の目に入ってきたのは、向こう側から歩いてくる女王の護衛の騎士二人。

 無表情に頭を下げる背の低い男と、うっすらと頬を赤らめながら手をあげて挨拶をする長身の男。二人とももの凄い目をそらしながらの挨拶だ。 

「……よ、よう」

「出歩けるようになったんだ、良かったね子猫」

「ええと…………」

 

 トライなんとかって呼ばれていたような。でも二人とも似たような名前だった。どっちがどっちだったなんて自慢じゃないが、覚えていない。

 こんなに城中忙しそうなのに、この二人と来たら唯ぶらぶら退屈そうに歩いて居るようだ。


「そ、そういえば城ざわついてる、何かあったの?」

「僕らは非番。珍しく女王が公務をする気になったらしいし、今は暇してるとこ」

「僕らは姫に仕える契約騎士。金で忠誠を誓ってる間柄。こっちの突っ立ってる奴はトライアンフ、僕が…トライオミノス」

 

「しかしめんどくせー名前だと思わないか?タロック表記にすると虎壱杏腐に虎壱臣之数ってところか?契約したら漢字称号の権利を贈られたんだが…なんか合わねぇよ」

 

 どうしてだろうこの軽い方の名は、なんだか美味しそうな気がする。なんとなく。

 

「あのお姫様は一発で覚えてくれたけど、ややこしい名前だろ?俺は略してイアン、こっちがイオス」


 背の高い方が低い方を指さしながらそう言った。言われた方は溜息ながらに愚痴をこぼす。


「別に僕はライオスでもいいんだけど、そうするとイアンはライアンになるから嫌だって却下されたんだ」

「だってイアンの方が格好良いと思わない?」

「全世界のライアンさんに謝れ。それからイアンさんにも」

「なんでだよそれ」

「イアンさんは、君と同じ呼び名になった不幸」

「あははははは!とりあえずお前が俺に謝れ、あははははは」


 イアンの笑うツボはよくわからないが、二人が仲が良いということはなんとなくわかった。

 二人とも同じ金髪だし、同郷者なのかもしれない。


「二人はカーネフェル出身?」

「おう、身内でもないのに名前が似ててな〜意気投合よ!」

「もとい…こいつがまとわりついてきてるだけなんだけど」

「おいおイオス!つれないこと言うなって!俺とお前の仲だろ〜?」

「筆記試験でカンニングを提案してきた隣の席の人と、それをすかさず通報した人の間柄だよね」

「元々俺達は前の王に仕えてた契約騎士なんだが…、もう一月になるか?あんなことになっちまっただろ?突然解雇なんてあんまりだってことで、引き続き姫が雇ってくれてるんだよ」


(あんなこと……)


 彼らの言葉かが推測するに、一つしかない。あんなこととは、セネトレア王が暗殺されたことだろう。

 ステイブロッドが滅ぼされたのもちょうどその頃。もう一月も経ったのかと軽く驚く。タロックの大陸を抜けるまで十日……そこから船に乗りセネトレアに渡るまで更に五日。市場で一日。城に来てからもう七日……もうしばらくすれば確かに一月が過ぎてしまったことになる。

 それなのに私はまだ、仇が討てない。一月で仇の懐まで潜り込めたと考えれば早いほうなのだろうか。


「でも基本的に今度の主、造形フェチだからねー…あんまりに酷い奴は問答無用で解雇されたよねー僕らは可でもなく不可でもないとかでギリギリセーフだったけど」

「ああ、でもの奴なんか姫に解雇通告されたとき声をかけてもらえたってだけで感激してたぜ」

「馬鹿だからだよ。そういった意味じゃ君も十分素質があったのに」

「確かに美しい方だが俺の趣味じゃねーんだもん、仕方ないだろ」 

「ほんと、姫は変わってる」

「そうそう!姫に気がある奴は並々ならぬ忠誠を誓っているにもかかわらず決して重臣にはしない」

「それでいて僕等のように軽口を叩くような奴を騎士にしたりする」

「もっとも同僚の入れ代わりが激しい職場ではうわさ話もさほど意味ないんだけどな」

「君は長生きできると良いね、子猫」

 

 ポツリとイオスが言ったその言葉が、私の耳に響いて頭の中で繰り返される。

 そんな私を置いてきぼりで、二人は勝手に話を進める。主にイアンの方が。

 

「なんだその……あんた、…………先日は悪かった。散々酷いこと言って」


 気まずそうにそう言うイアン。私は何か言われただろうか。


「いやほら……洗濯なんとかとかまななんとかとか」

「……あ!」


 今の今まで忘れていたのに思い出してしまった。つい条件反射で殴りかかりそうになるのを何とか堪える。

 謝罪している人間を殴るのは後味があまり良くない。そう思ったから。

 

「昨日は姫が大笑いして俺らに話しに来るしよ……つかあの人契約騎士のこと茶飲み友達か何かと誤解してね?」

「女の子の猫なんて、初めてだよね。騎士たる者、主が望むなら茶飲み友達の仕事もしなくちゃいけないんだよイアン」

「ああ、何があったんだ……あの姫に。え、そうなのか知らなかったぜやべー減給されてっかもな〜前茶断ったし」

「唯の気まぐれか、古今東西の男を食い尽くして、飽きて女に走ったに一票。ご愁傷様」

「ところで嬢ちゃん、何歳?」


 この二人の会話は早い。口を挟む前にすぐ終わり、口を挟む前にすぐ変わる。ついて行けない。


「14…そろそろ15」

「そっか、ならまだ見込みありだぜ!頑張んな!お裾分けだ」

「……?」

 

 私の言葉に、何かを差し出すイアン。

 とりあえず受け取ってしまったが、魚の干物やチーズなどの乳製品。彼らは手に酒も抱えているしこれをつまみに酒盛りでも始めるつもりだったのかもしれない。

 

「調理場からちょっと食材奪って来たんだ。小腹空いたし見たところ朝飯まだだろう?俺等もまだだ」

「あのウシ乳女王様は19だったか?もうあれ以上はならねーだろ、カルシウム取って見返してやれ!」


 そう言えば女王と私の背丈は殆ど同じ。私は年下だし、まだ追い越せる。


「……何だかまだまだ背が伸びそうな気がしてきた!」

「あー……そっちか」


 励まされたことに喜ぶ私に、すこしがっかりしたような表情になるイアン。その横でしきりに頷くイオスがいる。


「確かにあれに見下されるのむかつくよね。いっぺんでいいから見下してやりたいよ」

「……確かに、気分良さそう」


 イオスと堅く握手をする私に、イアンが首を振る。


「いや止めろ止めろ。あの角度は危険だぞ?見下されてるおまえらは嫌味な女王にしか見えないだろうが、見下す側からすると常に上目遣いみたいなもんだからな。趣味じゃなくとも正直くらっと来るぞ」

「それは君が変態だからに一票」

「おいおい男に変態は褒め言葉だろう」


 誇らしげに胸を張って言う言葉だろうか。男ではない私にはよくわからないけど……いつだか兄も同じようなことを弟たちに言い聞かせていたからそうなのかもしれない。


「そう言えば子猫……いや、嬢ちゃん。何やら考え込んでいるようだったが何かあったのか?」

「イアン…猫に手出したら打ち首だよ」

「うっせーなイオス……男子たるもの、落ち込んでいる女子は慰めるべし!って諺があるだろう」

「知らない」

「俺の辞書にはあるんだよ」

「それ、編纂した奴の顔が見てみたい。きっと阿呆面してるんだろうな」

「作詞、作曲、俺」

「君……その頭でよく王宮試験受かったよね」

「女王付きは、外見、声、学力、剣技、趣味、体力って項目だったか?実技って裏口もあったな確か」

「僕等の時は筆記と剣だけだったけどね〜」

 

 話は逸れてきたが、イアンは私を心配してくれているようだ。二人は金で雇われている騎士。他の人々とは違い、あの女王への忠誠心はみじんにも感じられない……普通の人だ。それなら相談するのもいいかもしれない。


「騎士ってことは……イアン達は強いの?」

「ま、まぁな」 

「それなら俺に付き合ってくれないか?」

 

 何故かイアンは赤面して言葉を失い、隣でイオスが吹き出した。

 



 *

 

 

「ああ、付き合うってそういうこと」


 中庭に連れてきたイアンは肩を落として苦笑している。

 私は剣の稽古を付けて貰いたくてここまで連れてきたのだが……


「他に何かあるの?」

「あれを勘違いするのは頭悪いイアンくらいだ」 


 振り向けば、イオスはまだ時折イアンを見ながら吹き出している。

 そんな相方に嘆息し、切り替えた笑顔でイアンが私に聞いてきた。


「嬢ちゃん、剣はどのくらい?」

「村で少しかじった程度。一応傭兵の村だったからそこそこだとは思うんだけど、あいつに勝てない……」

「あいつ?」

「女王だ」


 私の言葉に二人の騎士は、青と緑の瞳を少しばかり開かせた。


「あーあの噂マジだったのか」

「あの姫いろんなの好きだから、てっきりそういう趣向なのかと思ってたよ今回は」

「しかしな、姫が剣使えるなんて初耳だな」


 護衛の必要がないんじゃないかと言うイアンに、私は言葉を付け足した。


「剣は使わない、大抵毒にやられる」


 もちろんそれだけではない。部屋には毒の仕掛けだけではなく、落とし穴まであったり迂闊に歩けない。それも毎回位置が変わる。本人以外あの部屋で安全に過ごせる人間はいないだろう。

 あの女の知能は異常だ。人体の急所どころか何処を蹴れば動きが止まるだとか、バランスを崩すかだとか……そういうモノを瞬時に見抜ける瞳と脳を持っている。そして記憶したモノは絶対に忘れない。

 

「毒の王家の姫ってのは伊達じゃねぇなー……何か弱点とか気付いたことはないのか?」


 顎に手を当てながらイオスが尋ねる。こうやって日の下に連れてきてわかったが、イオスは色が白い。更には憂鬱そうな表情をしているせいで……昼間の中庭が似合わない。顔はそれなりに整っているのに、じめじめしたかびくさい部屋に居る方が絵になる印象というのはどうなのだろう。


(そんなことより、あの女の弱点……弱点……)


 私は足りない頭で必死に考え、そして答えを絞り出す。


「性格が悪い……寝相がもの凄く悪い」

 

 何か違うとは思うが、弱点とは欠点みたいなものだろう。それならこれでいいはずだ。

 あの女は本当に性格も悪ければ、寝相も悪い。広い寝台。4、5人は余裕で寝転がれるその場所から、私は毎晩蹴り落とされている。一番酷かったのは……目覚めたら落とし穴の中にいたことだ。ちなみに今朝のことだ。

 

「……本人からしたらだから何って感じ」

「確かに周りしか困らない弱点だな……攻めようがねぇ」


 騎士達は顔を見合わせ互いに失笑している。


 イアンは首を捻り空を見上げる。色素の薄い瞳の青と空の色がよく似ていて、彼の瞳が青いのか、空の色がそのまま映されて青いのか解らなくなる。私の赤なんかより、綺麗な色だ。少し、羨ましい。

 イオスの緑も、心安らぐ若草の色。二人とも自然の色だ。私なんか……鏡を見る度思い出すのはあの炎。村を襲ったあの色だ。あの夢の中……この両眼を刳り抜いてしまいたい……何度そう思ったか。


 重い溜息を吐く私の肩を、励ますように叩くイアン。

 

「敵の弱点を知るには、敵を理解するしかないだろうな」

「確かに、君の今の状況はそう言う意味では恵まれている」


 イオスが頷く。

 

「それかいっそのこと、君が彼女の弱みになればいいんじゃないかな。君なしじゃ生きていけないくらい溺れさせた後……捨てればいい」

「え?」


 あまりに自然に紡がれた言葉だから聞き逃しそうになった。今イオスはとんでもないことを言わなかったか?


(あれ、でも……)


 似たようなことを何処かで聞いたような気がする。ああ、確かアニエスが……

 

「あの女王は誰にも心を許さないから……効果的だろうな最高の裏切りだよ。心が砕け散るんじゃない?身体の傷は癒えるけど、心の傷は生きている限りずっと血を流し続ける……殺すだけが復讐じゃない」

「えげつねぇー」


 呪いを紡ぐような相方のおどろおどろしいその声に、声は笑っているが明るいイアンも真顔に戻る。

 

 けれど彼の言葉は、強い説得力があった。

 セネトレア王の死。あっけない終わり。彼は死の瞬間、己の行いを悔いただろうか。罪を認めただろうか。

 そうだ、全然足りない。一瞬の死なんかじゃ、苦痛が全然足りない。そんなにすぐ解放されていいはずがない。せめて……そうだ。殺した命の数、殺されるべきなのだ。そうでなければ、不公平だ。

 

(私が……あの女の望むモノになる)

 

 そして、信用させて心を許させて…………そこから絶望のどん底まで叩き落とす。笑顔が慟哭に変わる様を見ることが出来れば、少しはこの心の渇きも癒えるだろう。復讐の炎も収まるだろう。

 

 武器は剣だけではない。そうだ、頭を使え。あの女のように、あざとく狡賢く立ち回れ。

 そうか、やっとわかった。アニエスが言っていた復讐とはこういうことか。

 

「ありがとう、イアンにイオス!私、頑張ってみる!」

 

 あの女のことをもっと知らなければ。じゃないと、絶望を教えられない。

 私は二人に手を振り、背を向ける。

 すぐに走り出した私は気付かなかった。私の手を見た二人のその表情に。



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