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5 Date et dabitur vobis.

 確かに彼女の言うことはもっともだ。私だって、納得したさ。

 それでもこれは、いったい何なんだろう。

 

 「扉が駄目なら壁をぶち破る。それが駄目なら窓から降りる。幸い壁は鉄製ではありませんし窓には鉄格子もありません」

 

 

 「壁は私が引き受けましょう。実は半年前から少しずつ掘っていたんです。もうしばらくすれば隣の部屋と下の階への抜け道が完成します」

 

 大人しそうなお姫様に見えたけれど、意外と彼女は大胆だ。昨日までのイメージだったら……窓枠を見つめたまま儚げに紅茶でも啜っているような姿しか想像できなかったのに。

 

 「それではティルトさん、任せました」

 

 そう言って差し出されたのはシーツとカーテン。

 

 「これをちぎって結んで繋げて地上まで降りてください」

 「……え」

 

 彼女は何を言っているんだろう。窓の外を覗いてみると、可なりの高さ。どうやらここは城の尖塔の一つの最上階らしい。

 どのくらいの細さで千切れば下まで辿り着けるのか、頭が痛い。

 

 「下まで行かなくても良いんですよ。螺旋階段の何処か適当な場所、その窓でも叩き割るか、あそこ……見えますか?」

 

 アニエスは窓の外……先の二、三十メートル下を指さした。

 

 「尖塔なんて言っても他の塔と繋がってます。あの屋上ならこの太さで千切っても余裕で届くと思います。あそこからだと全塔に繋がってますし、女王の寝室にも行けるはず」

 

 

 「そこまで解ってるならどうして今までやらなかったんだ?」

 「私は頭でっかちで運動神経最悪なんです。これやったら足滑らせるか手が耐えられないかで死ねる自信があります」

 

 確かにアニエスがこの方法で脱走する姿を上手く想像できない。

 

 「ですがここは私の庭。半年足らずの支配者より、ここで生まれ育った私に地の利があります」

 

 そう言ってアニエスが手渡すは城の地図。近道や抜け道、空き部屋や隠れ易い場所などが事細かに書いてある。

 

 「覚えました?飲み込みが早くて助かります」

 

 流石にこれを持ち歩くことは出来ないようだ。これを借りて落とし女王に見つかれば、アニエスが危ない。アニエスのためにも私は必死に地図を頭にたたき込む。

 

 外出たときにちゃんと周りを見てればアニエスに迷惑をかけることもなかったのに。馬鹿な私は女王を殺すことばかり考えていて、それ以外何も見えていなかった。

 

 「迷惑ばっかりでごめん……私なんか元が空っぽだから詰め込みやすいだけだよ、きっと」

 

 自嘲気味に笑う私にアニエスはそんなことないですよと優しく微笑む。他人に褒められ慣れていないせいで、顔が赤くなるのを自覚する。誤魔化すように私は気になっていたことを聞いてみた。

 

 「と、ところでさ!……これ、いつやるんだ?朝じゃ意味ないし昼じゃ目立つし………やっぱり夜?」

 「ええ、勿論です。あの女は挑戦権を一日一回と言いましたね?一日とは午前0時でリセットされます。つまり朝まで待たずとも挑戦権は夜の内に復活するのです!」

 

 アニエスが顔を近づけにこりと笑う。

 

 「私の言いたいことがわかりますね?」

 「……“四の五の言わずに寝込みを襲って首刈って来い”?」

 「正解です」

 

 良くできましたと言わんばかりの満面の笑みで、私の頭を撫でてくるアニエス。これでは猫というか犬扱いだ。それでもちょっと嬉しいような気がするのはやはり私が褒められなれていないせい。

 縄は完成してきたが、私は肝心なことを忘れていた。窓の外は薄暗い。星も出ているしもう夜だと言うことはわかるが……

 

 「アニエス、時間とか知ってる?」

 

 見回したところで狭い室内には時計も置かれていなかった。時間が解らないのは致命的。

 あの女のことだ。もし一分でも一秒でも早く仕掛けたら文句を言ってくるに違いない。下手をすれば殺される。

 

(殺される……)

 

 頭の中でその言葉が繰り返される。あの炎がまぶたの裏に焼き付いて……悲鳴が耳から離れない。殺してやりたい。それでも……私は死が恐ろしい。

 今は遊ばれているだけ。でも私もいつか、同じように殺されるのだろうか。彼女はそう言っていた……飽きたら、殺すと。

 

 「アニエス……」

 

 震えだした私の手。それをぎゅっと包む両手の温もり。

 

 「私たちは一蓮托生。私に貴女を預けた時点で私は貴女と共に殺される運命なんです」

 

 彼女の手、彼女の声。それが私を安堵させる、不思議な感覚。

 

 「ですから貴女が失敗しても私は恨みません。貴女がここにいるのも半分以上は父のせい……その償いの時が来たのだと思うことにします」

 

 辛そうな顔で微笑むアニエス。けれど彼女は、私が何か言うより先に笑う、もう一度。

 今度の笑みは始めて見るような、不敵な笑み。私を勇気づけるように、彼女が笑う。

 

 「でも私は死ぬつもりはありません。共に生きましょう、ティルトさん」

 「アニエス……うん!生きよう、一緒に!こんな所で死んで堪るか!」

 

 御守りです。そう言って彼女が首から下げた鎖を外す。

 

 「これを私の代わりに持って行ってください。私はいつでも貴女と共に……」

 

 彼女から手渡されたのは小さな懐中時計。金製でも銀製でもない、宝石の一つも付いていないシンプルなデザインのそれはお姫様の持ち物には思えないが、蓋に刻まれた紋章が綺麗だった。蓋の裏には何やら文字が刻んであるが、無学な私には理解できない。

 

 「それ、……形見なんです」

 

 誰の、とは言わなかったし……私も聞けなかった。けれどこれが彼女にとって大事なものなのだろうということはわかった。それを私に預けてくれたということは、彼女が私を信頼してくれているから?

 

 「アニエス……これ、持っててくれ」

 

 代わりに私が彼女に差し出したのは、兄の毒刀。形見だなんて信じない。それでも今の私が持っている中で一番大事なものだった。だから彼女に持っていて欲しかった。私も彼女を信じているから。

 

 「でもティルトさん、コレがなければどうやって?」

 「コレを持って降りるのは危ないし……他にも一応武器ならあるんだ」

 

 今朝のように刀の中から取りだした毒を使うのではない。食器のナイフを使うわけでもない。

 私の手の中に残された小瓶。透明に見えるその中身はうっすら赤に染められた不思議な色。そこから甘い香りが漂うようだ。暗殺請負組織SUITの人から貰った、毒薬だ。

 

 「一時的に気を失う毒だって聞いた。気絶さえしてくれればどうにでもなる……それに眠っているなら同じ事。使わなくても殺せるかもしれない」

 

 相手が無抵抗なら、首でも絞めて殺しても良い。仇がじわじわとこの手で息絶えていく……それを味わえるもっとも良い方法。奴隷王の様にあっさり死なれては困る。復讐が終わった達成感があれではまるでない。

 

 あの女の苦痛に歪み顔が見てみたい。助けを乞う眼差しが見たい。勿論助けてなどあげない。手もゆるめない。私をあの時殺さなかったこと、それを後悔しながら死んで逝け。

 

 赤い毒液の瓶に映る私の瞳。それが一瞬誰かと重なった。

 

 

 *

 

 

 「あ、小猫だ」

 「ん?ちょうど良いところにっ!」

 

 なるべく下を見ないようにして、縄を少しずつ下っていく。

 降りたところまでは良かった。山で暮らしてたんだ。私の運動神経は悪くない。上手い具合にアニエスの言った塔の屋上へと降りられた。

 問題は上ばかり見てきた私が、下にいた人間に気付かなかったことだ。


 そこにいたのは二人の騎士。確か市で私が買われた時に、護衛としてあの女と一緒にいた……とっさに逃げようとするが、左右の道を塞がれる。


 「はぁ?え……?ちょっと待っ……」

 

 「夜伽相手が何でも気にくわなかったそうであの姫様ご立腹でなぁ、俺たちこんな時間外労働で代わりの美男を捜しに行くところだったんだ」

 「我が儘だよなぁあのお姫。早くても遅くても駄目で?顔は勿論声も良くて?性格がむかつかないような美男?出来ればDT求む。ストライクゾーンはマイナス十歳からプラス十歳。その時々の気分によって中年や老人もオーケー。でも醜男は問答無用で却下」

 

 「それでもうお前行けよって話で互いに押しつけあってたんだが……こいつは根暗で陰険な性格と声」

 「こいつは背の高さと平凡な顔が気に入らないんだってさ」

 

 互いに互いを指さし、背の高い男はカラカラと背の低い男はケラケラと笑い合う。


 「ああ、あとこの下品な笑い声だったかお前は」

 「君は下品で下世話な話しかしない所は気に入られてるらしいよ?」

 

 「というわけで頼んだぜ子猫ちゃん」

 「人身御供確保、捕獲」

 

 両腕をそれぞれに取られ私は問答無用で引き摺られていく。

 

 「私が買われてきたとき、見てたんでしょ!?店主もあの女も間違えたみたいだけど、私は女だ!!」

 

 思わず口調が素に戻ってしまった。安心するからかアニエスと話していても時々なるが、今回のは驚愕のせい。

 

 「あっはっはっは、冗談。こんな胸のない女がいるかっての、なぁイオス?」

 「だよね、イアン」

 「ってなわけで、飼い主のご機嫌とってきてくれよ」

 「そうそう、脱走したこと黙っててあげるから。僕らが連れてきたってことにして」

 

 「嫌だっ!嫌だぁっ!手、離せってば!もう嫌だって……だから違うんだよ、私は女なんだってば!」

 「あはははは!こんな洗濯板な女いるわけねぇーあはははははは!」

 「洗濯板に失礼だよイアンってば、くくくくく」

 

 もういっそのこと上でも下でも脱いで見せてやろうか。ほのかな殺意と共に私はそんなことを考える。女王の寝室に辿り着くまで続けられた二人の失礼な発言に、私はかなり追いつめられていた。

 

 

 *

 

 

 「契約騎士、トライアンフ!」

 「並びにトライオミノス惨状しましたー」

 「馬鹿、参上だろ〜?」

 「えーだって君と一緒に登場するとか僕的には惨状で正解っていうか」

 「あっはっは、遠慮ねー面白れ〜!」

 

 寝室の扉を開けるのは時間を無視した明るさの契約騎士トライアンフと、いつでも何処でも根暗皮肉屋契約騎士トライオミノス。普段の私にとっては面白い部下なのだが、機嫌が悪いときには苛つく部下でもある。そして今の私は……その後者。

 

 「妾は今機嫌が悪い。其方達の漫才に付き合う気力なぞない。さっさと美男を連れて参れ」

 「くっくっく、やっぱり僕ら普通にスルーされてる美男から」

 「いーっていーって、そのおかげで俺等命も助かり給料もらえてるんだから。大体男ってのは本命にモテればそれでOKだろ?」

 「そう言いながら君の本命すぐ変わるし。ナンパの時点で猥談ばかりだから全然モテないし」

 「そんな包み隠さない正直者の俺をそのまま好きになってくれる女こそ俺の本命だからさ!」

 「世界の何処にも君の本命が居ないことがたった今判明」

 

 トライオミノスの遠慮なしのツッコミに私は思わず吹き出す。おっといかんいかん……これでは威厳も品もあったものではないな。

 

 「くっ…………今のは少し愉快だったが、さっさと用件を言え!見つかったのか?」

 「もっちろん。俺等は有能な姫様の契約騎士っすから」

 「“有能な姫様”の契約騎士……姫様の“有能な契約騎士”……イアン言葉違う」

 

 陽気な相方の言葉遣いについて何やらぶつぶつ言っているトライオミノス。それをさくっと無視しトライアンフは爽やかすぎて胡散臭いレベルに爽やかに笑む。ここまで顔と中身が合っていない男もなかなかいない。私が男だったらこんな感じだったのかもしれないと思い、また吹き出しそうになる。

 

 「水くさいっすよ姫様〜?せっかく買った奴隷にまだ一度も夜伽させてないらしいじゃないって話じゃないですかー」

 「きっと初日の昼間襲って、がっかりしたんじゃない?早すぎたとか」

 「おいイオス、お前のがさり気なく下品だよな?発言さっきから」

 

 「……奴隷?」

 

 みれば奴らの足下には何かが転がっている。あれは……私の猫か?

 

 「何なんだよこの男達は!俺の話全然聞かないっ!女だって言っても信じない!」

 

 「まぁ、それは無理だろうな。胸は諦めるとしてせめてもう少しおしとやかにしたらどうだ?言葉遣いを直すとか」

 

 「なんで諦める前提なんだよ!俺だって……ちゃんと栄養バランスのとれた飯を食ってればあんたみたいになってたんだからな!」

 「知っているか、那由多……遺伝はどうにもならん」

 「こ、こんな時だけ真面目な顔するな!名前で呼ぶな!大体なんで、母さんがまな板前提で話を進めるんだ!母さん子供10人も産んだんだぞ!?まな板のわけないじゃないか!」

 「……子猫、君の父さん変態だったんだね。洗濯板相手に10人とか……うわぁ、真性の変態だよそれ」

 「ああ、だからか子猫ちゃん。お前今日女装して城練り歩いてたんだろ?噂で聞いたぞ?」

 

 ううう…とかあぐぐぐぐ…とかぐおおおお…とかよくわからない奇声を発しながら床をのたうち回っている猫。泣いているのかも知れない。これしきのことでか?

 そう思うと口から笑いが漏れる。

 何だか見ていてとても和む。とても馬鹿らしい風景だが、本人はそれに気付いていないのがまた可笑しい。

 

 ああ、愉快愉快。

 これまでの猫は従順すぎた。あれでは犬だ。

 犬はもういらん。

 

 懐かない猫。ああ、可愛いぞ。もっとからかってやりたくなる。

 猫はやはりこうではなくては…

 

(もっとも、懐いたりすれば…即殺してやるがな)

 

 懐かないからこそ、猫は愛らしいのだ。

 ああ、可愛いな。

 

 

 *

 

 

 しばらく三人のまな板議論を聞いていたが、何かが頭の中でキレた。

 私の大切な家族を、……死んだ人を侮辱されて黙ってなんか居られない!

 

 「だから、俺は女だ!父さんは変態じゃないっ!母さんはまな板じゃないっ!くそっ、まだ信じてないんだろ!」

 

 私の言葉に頷く騎士二人。

 

 「そりゃあなぁ……」

 「そりゃあねぇ」

 「確かめた妾でも、未だに信じられないぞ?」

 

 女王のこの一言で、完全に私の目は据わったことだろう。

 

 「っ……わかった」

 

 私は近くにいた方の騎士の片手を掴み取り、自分の胸を触らせる。

 

 「これでわかったか?無能騎士!まだわかんねぇか!?わかるまで触らせてやらぁ!揉めばいいだろこんちくしょう!」

 

 そこまで叫んだ私は……恥ずかしさより証明しきったぜ的な達成感、誇らしさが胸を占めていくのを感じていた。それと同時に「ここまでしなきゃ信じてもらえないのか」と自分の貧相さが悲しくなってきた。泣きたい。

 

 「ん?」

 

 目の前の騎士は無言だ。見れば白目を剥いている。どうやら気絶しているようだった。顔は真っ赤だし鼻から血が滴っている。

 

 「あー……こいつ猥談スキーの癖に意外と純真だから、そーいうことするとこーなるよ」

 「ほぅ……妾に靡かなかったのもそういうことか。年下、そしてこの童貞臭……顔は平凡だと思っていたがなかなか見所があるな」

 

 なにやら感心した風ににやついている女王。そんな彼女を残し、トライオミノスは相方を引き摺って廊下へと消えていった。その扉の閉まる音が、私を正気に返らせた。

 

 「何なんだよっ!もう……」

 

 吹き抜ける夜風の中、頑張って部屋抜けてきたのに、殺しに来たのに、なんかそういう気力が萎えてきた。しかしこのまま流されてはいけない。アニエス、私に力を貸してくれ。

 私は服の上から首にかけた時計をぎゅっと握りしめる。

 

 「いい加減にしてくれ!俺はあんたのシエラザードになんかなる気はない!夜伽相手なら他を当たってくれ!」

 「まぁ、あながち間違いではないな……妾もこれまで多くの夜伽の相手は殺してきたからのぅ、今日の使えん男もそうじゃ。しかし……くくくっ……其方にそんな教養があったのか?」

 

 教養なんか無い。それでも寝物語くらい母さんが話してくれた。祖母だって暇なときに昔話をしてくれた。でも、それはもう絶対にないのだ。

 だって、この女がステイブロッドを焼き払ったから。

 

 「お伽話くらい小さな村にだっていくらでもあるさ……あんたが滅ぼさなきゃ、いくらでもいつまでも語り継がれたはずの話が!」

 

 睨み付けた先、ぶつかる視線。赤い瞳は愉快気に私を見ている。

 

 「ならば申してみよ。妾が千日後まで飽きずにいるか、はたまた其方を愛するようになるか……試してみるのも悪くはない。さぁ、近ぅ寄れ……」

 

 

 *

 

 

 「……ティルト!」

 

 翌朝扉から帰ってきた私をアニエスが出迎える。突然抱擁されたときは驚いたけれど、彼女が一睡もしないで待っていてくれたことを知り、申し訳ない気持ちになった。

 

 「無事で良かった……心配しました」

 「ごめんアニエス……」

 

 事情を話すと彼女の顔が綻んだ。

 

 「いいんですよティルト……一日二回に増えたことは喜ばしいことではないですか」

 

 「二回?」

 「昼間は殺し、夜は物語……二度も女王に近づけます」

 

 けれどそれは同時に相手にも、殺しの許可を認めること。私の話が面白くなかったら、飽きたら私とアニエスは殺される。

 

 「良かったことと言えば……扉の鍵取ってもらえたんだ」

 「え?」

 「どうせ窓から抜け出してくるのなら鍵など意味がないだろう?……って」

 「まぁ……あの女、私の半年の苦労をよくもまぁ無駄にしくさりやがりましたわね」

 「あ、アニエス?」

 「うふふ、何でもありませんよ、つい心の声がこぼれてしまっただけですから」

 


 アニエスは笑顔なのになんだか怖かった。絶対心の中では笑っていない。指をバキバキ鳴らし始めた。お淑やかそうな顔と全く合っていない……すごく、怖い。現状を打開するために、私は話題を逸らそうと試みる。

 

 「でも面白い話なんて……いつまで続けられるか」

 「その時は私も力を貸します。頑張りましょう!」


 そうやって微笑むのは優しい笑顔のアニエス。やっといつもの彼女に戻ってくれた。とりあえず一安心。

 

 「それで、昨夜はどんなお話を?」

 

 殺されなかったと言うことは、それなりにあの女王を満足させられたと言うことだろうと彼女が私に問い掛ける。

 私はあの話の何処が女王の気に召したのか考えるためにも、もう一度同じ話を唇に語らせ、昨晩のことを思い出す。

 

 

 *

 


 「俺の村には……自然がたくさんあったから、動物や精霊の話が多くあったんだ。自然の驚異や子供達を戒めるために作られた話とか…………そう、よく悪魔の話を聞かせられた」

 「悪魔?」

 

 その言葉に、女王が反応した。

 

 「タロックの冬は辛い……ステイブロッドも冬は雪に閉ざされる。だから冬は悪魔だってあんたも聞いたことはあるだろ?仮にもタロックのお姫様だったんだから」

 

 私の言葉に女王は、ふて腐れたようにぷいっと横を向く。言葉の何かが彼女の気に障ったようだ。

 

 「…………王都のデクストラニアは太陽の都。雪など降らん」

 「じゃあ……冬の悪魔の話は聞いたことないか」

 

 「冬を擬人化したものを、悪魔という存在として信じているのか?」

 「ああ、年寄りの連中はみんなそう。冬の悪魔は眠りを司るから年寄りには好かれていたな……怪我や病気じゃなくて、眠るように老衰で死ねるのは幸せだって」

 

 年寄りから狩っていく狂王の処刑。

 苦しいのは嫌。痛いのは嫌。

 冬の内に死にたい。わざと山に入り込み、凍死した老人も毎年何人かいた……

 

 その老衰さえ許されず、焼き払われた村と多くの命。

 皮肉なものだ。こんな話をその元凶に語って聞かせているなんて。

 

 「冬の悪魔は一年中雪の溶けない山……そこにある白の森に住んでいる。その悪魔が居るからその森は一年中雪が溶けないんだ」

 「でも農民にとって冬は敵。毎年春祭りを行って、何とか冬の悪魔を追い出せないか……人々は考えた。その春祭りがどんなものだったか、あんたはわかる?」

 

 「むぅ……わからぬ。さっさと答えよ!」

 

 頭はとんでもなく良い癖に、自分で考えることが面倒くさいのか単に眠くなってきたのか。彼女は答えを要求する。

 

 「……処刑」

 

 予想外の答えだったのか、一瞬彼女の目が大きく開かれる。眠気も飛んでしまったよう。けれどその残酷性が彼女の関心を引いたらしく、次の瞬には赤い瞳がキラキラと輝きを増していた。さっさと続きを話せ、教えろ。そんな好奇心の塊。

 

 唯の知りたがりの子供のようだと苦笑しかけ、その瞳に一瞬弟達を思い出し……これがそれを殺めた元凶なのだと私は思い直した。

 

 「悪魔の人形を作って、それを燃やしたり首を刎ねたり……それで春の訪れを祝うんだ。そんなことで春が来るわけがないのに……」

 

 春は嫌いだ。桜が咲くから。処刑が来るから。

 俯き黙り込む私を女王が急かす。小さく一度嘆息し、私は話の続きはじめる。

 

 「悪魔は自分が誰にも必要とされていないことを悲しみながら毎年春祭りを見つめていた……そんなある時、悪魔は出会った。その子は一人の人間の少女。彼女は彼のために涙した。正確には、彼を象ったその悪魔の人形に」

 

 「“この子は何も悪いことをしていないのに、どうして殺すの?”祭りの由縁も知らない子供にとって、その祭りは理解できない恐ろしいものだった」

 

 そこで一息吐いた私に、女王が口を挟んで来た。

 

 「ああ、そういうことはあるな。王都で行われる新年の祭りで現れる鬼には……町中の赤子が泣きわめくと聞いたことがある。もっとも妾は逆に鬼を泣かせてやったが」

 「何やってんのあんた……」

 

 それ以外になんと言えばいいだろう。なにやってんの、この人。子供が大人を泣かせるとか……本当に、何をやったんだ?

 

 「普通気付くであろう?いくら変装しようとも、足音は変わらぬ。人間の犯行だと一目瞭然!」

 「……夢のないガキだったんだ」

 「妾はリアリストぞ?鬼も妖怪もいるはずないのだ、あんなものは愚民の脆弱な心が生み出した幻想じゃ」

 

 誇らしげに胸を張る女王。そこで始めて気付いたが、彼女の寝間着……どうにかならないものだろうか。肩から足から胸からもの凄い露出度だ、見ていて寒い、何か着てくれ。

 

 「寒くないのかその格好?」

 「何だ、暖めてくれるのか猫?」

 「……やっぱり、殺す!絶対殺すっ!死ね!」

 

 取り出した小瓶。蓋を取り、彼女の口に向かって投げ込もうと手を振り上げる。

 その隙を狙って足を狙われる。

 

 「妾は基本的に室内では裸族だからのぅ……これでも煩わしいくらいじゃ」

 

 寝台に寝転がったまま、そんなものぐさの癖に的確な攻撃をする。唯でさえ不安定な足場。バランスを崩した私はそのまま寝台に突っ伏した。その拍子に手から離れる小瓶。

 中身は半分くらい零れてしまったが、まだ無事だ。指を伸ばすがそれは先に女王に奪われた。

 「しかし寝所に毒を持ち込むとは、何とも無粋な……」

 

 他の誰に責められても、この女だけには言われたくなかった。

 しかし部屋に立ちこめるその甘い香りに彼女は機嫌を良くしたようだ。

 

 「ふむ……妾でも知らぬ香りの毒とは。折角じゃ、妾のコレクションにでも加えておくか」

 

 「この無礼、珍しき毒に免じて許してやろう。さぁ、続きを話すが良い」

 

 小瓶を愛おしげに撫で、女王が微笑む。

 これでリセットされた分の挑戦権をさっそく消費してしまった。自分の浅はかさが嫌になる。もう一度溜息を吐き、私は話の続きを語り出す。

 

 「…………その女の子はどうしたと思う?」

 「無論知らぬ。妾はその女ではないが故」

 

 この女王は理屈屋だ。知識ばかりで塗り固められたその脳は、人の心を酌み取る配慮に欠けている。彼女にその気もないのが問題だ。その知識で大抵のことが当たってしまうから……尚のこと。

 何の本を読み“この話の作者の伝えたいことを何文字で記しなさい”とか聞かれたら、“知らぬ”とか“作者に聞け”とか絶対にいいそうなタイプだ。“まずその命令形が気に喰わん”とも言いそう。

 

 「処刑される前に人形を連れて村から逃げ出したんだ」

 

 質問し甲斐のない相手に答えを求めた私が馬鹿だったのだろう。私は諦め答えを口にした。

 すると彼女は予想外の行動に出る。

 

 「ぶっ……くくくくく、ははははははははは!なんと愚かなっ!あははははははは」

 「爆笑するところか、これ…………あんたやっぱりおかしいよ。人の心がない!なさ過ぎる!」

 

 抗議する私の顔を見て、女王は更に吹き出した。

 

 「だって、ちょっ……あははははははは!馬鹿すぎる!その女の顔を見てみたいっ!」

 

 言っておくけれど、その女=私ではない。私の顔を見て笑わないで欲しい。

 

 「けれどその子は道に迷って遭難し、凍死しかけるんだ」

 「阿呆だ!阿呆がおるっ!あははははははははは」

 

 

 *

 

 

 「……という話だったんだけど、ここであの女が爆笑して咽せ込んで…………それで結局続きは今日の夜ってことになった」

 「…………とりあえず、あの女が相当歪んだ心根の持ち主だということは今更ですが再確認しました」

 

 アニエスと私はどちらともなく大きな溜息を吐き、顔を見合わせた。

……色気がねぇ(笑)そうか、今回はギャグ回だったのか。うん、きっとそう。後半がドロドロになるのはもう決まっているので無理にでも明るい話を入れたかったんです。那由多にシエラザードと言わせてから調べてみたら、刹那姫はそのまんま女版シャフリヤール王だなぁ。夜伽相手(以外もだけど)を殺しまくる血の女王ですから。

この章の主要キャラも揃ったところで伏線回収折り返しに行きたいと思います。

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