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ハデスは言われた通り件の場所へ足を運んでいた。ゼウスが何か企んでいることは既に見破っていたのだが、自らの統治する場の不備の可能性が無きにしも非ずなれば、重い腰を上げるに至る理由には十分であった。
ハデスは広い広い冥界の位置を全て把握している。ゼウスが指摘した場所は、確かに地上がデメテルの園がある。デメテルはいい女神だ。快く野菜や果物を分けてくれる。彼女の居場所に何かあってはこちらとしても痛手である。デメテルの為、ハデスは静かに歩みを進めた。それが恋愛感情であればいくらか格好がついただろうが、ハデスの行動は至極事務的かつ合理的な理由であり、甘酸っぱい感情は微塵も期待できないのである。
「ハデス様、どちらへ!?」
「ハデス様!如何なさいましたか?」
両端から見計らったように僕どもが飛び出す。異形のそれらは、地上の者達からすれば存在すら認めたくないような醜い姿であった。しかしハデスは何にだって平等だ。美醜で物事を判断しないし、僕だからと言っていちいち畏る必要などないと僕どもに言う。
僕どもは傅く。自ら率先して首を垂らすのだ。最大限に内なる尊愛を表すために。
俺らが勝手にやってることなんで!マジリスペクトっす!と食い下がられては、特に改めさせることもないだろう、とハデスは放っておいている。
「少し見回りを」
「そんな!そのような仕事など私めに申しつけて下されば!」
「いいや私が!」
奴らにはそれぞれ与えられた役目がある。しかし、冥界のため、というよりハデスのためにより多くの仕事をこなそうとする。ハデスからしてみれば、あまり根を詰めすぎるとかえって回転率が低下してしまう恐れがあるため、休む時は休めと言いたかった。が、いざそれを口に出してしまうと全力で休むという矛盾に躍起になってしまい意味がない。幾度かそれを経験済みであるハデスは、好きなようにさせてしまおうという結論に至っている。
「私がやるからいい」
「で、ですが」
「気持ちだけ貰う。ありがとう」
「あ、あああああ、勿体なき、勿体なき幸せ………っっ!!」
たった一言足らずの労いが僕にとって感涙し崩れ落ちるに値する。そのことも熟知していたハデスは、噎び泣きうずくまる僕たちの横をするりと通り過ぎるのだった。
薄壁であるかどうか地上から重しを落として確かめてみよう。
そうゼウスは言った。
ーーーんでさ、もしも穴でも空いて重しが落ちてきたら、お前が受け止めるってすんぽーよ。下僕とか連れてくんなよ、穴のでかさによっては貴重な労働力が削られちまうからな。
要は綻びの疑いのある箇所にある程度の重さを加え耐性を測ろうということだ。
ゼウスにしてはまともなことを言うと意外に思いながらも、肝心の重さについての説明がなされぬことについては些か引っかかりを覚えた。
ーーーいいか、丁重に扱えよ。重し自体はかなーりデリケートだからよ。
そこまで念を押されてしまうと、逆に興味が湧いてきたハデスであった。