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デメテルは一度だけに過ちを犯したことがある。
末代までの恥。墓場まで口を噤んでいたい。不死だけど。
覇権の王ゼウス。彼奴は気に入った女(時には男)を見るや手を出さずにはいられないとんでもない最低男だ。嫌がれば嫌がるほど燃えるという。どんな手を使ってでも身体を暴いてみせるのだ。時には夫に扮し、動物へと姿を変え、雨になって身体に降り注ぐなどとまあ反則行為もいいところ。好き勝手孕ませ子供を増やし続けている。神故に、生まれる子もまた何かしらの能力が備わりまた神となる。子をなし世界を繁栄させるのはなんら不思議なことではないのだが、ゼウスが行うそれは基本的に己の欲望に忠実なだけである。なまじ力を有するのでタチが悪い。既に妻を娶っているのだが、その相手は皮肉かな結婚の女神ヘラである。さらに血の繋がった姉でもある。結婚後もゼウスの浮気癖は治るどころか益々加速の一方であったが、それに対して律儀に嫉妬の炎を燃やしているという。
全く、あんなのに執着するなんてどうかしてるわ。
ふん、と一人鼻を鳴らすデメテルは、ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべるゼウスの姿を思い出し、思いっきり苦虫を噛み潰した。
ーーー私のバカ、大馬鹿ーーー
一度、たった一度だけであるが、デメテルはゼウスに身体を許してしまった。驚くはゼウスの繁殖能力である。
もはやどのような経緯で至ったかは忘れてしまった。というか思い出したくもない。
ともあれ、そのおかげでコレーが生まれたことが唯一の救いと言えるだろう。
もうあのような轍は踏まぬ。そう誓ったデメテルはコレーを外界へ一切触れさせないことにした。
ゼウスだけではない。オリュンポスの男神達は、半分は性に忠実な性を持っている。成長とともに美しくなったコレーを晒してしまっては、狼の餌食になってしまうのが明白だ。
自分のような失敗をさせたくない。その一心で同じ場所に留めさせ、花よ蝶よと可愛がっていた。
それが少し違うようになったのはいつからだろうか。
デメテルとて、男全てがゼウスのような性魔とは思っていない。一人の相手に愛を注ぎ続ける神もいるし、そうむやみに女に襲いかかる輩ばかりではないとわかっている。
冥界の神ハデス。彼はゼウスの実の兄でありながら、まるで鏡のように何もかもが正反対の存在だった。
ハデスは地中にある冥界に籠りがちだ。以前の聖戦の際、ゼウス、ハデス、ポセイドンの3神は、地上、冥界、海の三つの世界をそれぞれ分配し統治すると決めたのだ。冥界は他2世界と違い特殊な場所だ。王たる身分であるとやるべきことが山にようにあるのだ。
ゼウスは最も広大で利のある地上を任されておきながら、女に現を抜かしてばかりで仕事をサボってばかりだ。一方でハデスは自ら冥界に住む魔獣の管理や僕への労いなど心配りに事欠かない。自らが僕のために食料を地上までわざわざ手に入れに来くほどであった。
そんなわけで、デメテルの園へも彼がやってきたのだ。決して園へは入らず、律儀に入り口で佇む彼を、当初なんとできた良神であろうかと感心したものだ。
「いつも助かる」
「まあ、このくらいいいわよ」
「デメテルの作る野菜は一番美味いからな」
僕から喜ばれている、と続けるハデスの顔がまともに見れなくなったのはいつからだろうか。
ハデスは異性から見て贔屓なしに優良物件である。
きっと相手がいたとしたら、大切にしてくれるであろうことが日々の言動から容易に見て取れる。
コレーの相手を選ぶなら、きっとハデスのような男が理想的だろう。
デメテルはハデスさえもコレーから遠ざけた。
ハデスがコレーに何かをしたわけではない。きっと、恐らくであるが、初めて出会う異性がハデスであるなら、コレーも一目で心奪われることだろう。ハデスも、受け入れるかどうかはわからないが、純粋なコレーの好意を邪険に扱うこともないだろう。
デメテルはそれを思えどなお、遠ざけた。
両者に問題があるわけではない。
デメテル自身が、なぜか、嫌だった。