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3話 「魔王軍との激戦! 次々に倒れる仲間たち!」

■前回までのあらすじ■

 試練の門にて色々と難しい問題を片付け、勇者として認められたジェラール一行。

 彼らは魔族の領域へと足を踏み入れました。

 魔族の領域に入ると、心なしか周囲が暗くなりました。

 心なしか木々も禍々しいものに形を変え、

 心なしか鳥や小動物も凶悪になり、目つきが悪くなったように見えます。


 もちろん気のせいです。

 マジョリーシカがビビっているので、そう見えているだけなのです。


「みみみ皆さん、ここからは魔族の領土です、十分に気をつけてください」


 マジョリーシカの震えた声に、勇者たちは深く頷きました。

 先日の試練の門での戦いにより、他の国の勇者たちも仲間に加わったのです。

 言葉の通じないゴリラしか勇者のいなかった状態に比べれば、安心度も格段にあがりました。

 あとは、魔王を倒す道中でこれら勇者を亡き者にすれば、マジョリーシカの出世も確実でしょう。

 宮廷魔術師から、宮廷大魔術師へ。

 そうなれば、大豪邸に住み、イケメンを侍らせながら遊んで暮らせます。

 ヴィクトリー人生です。


「まずは、四天王の一人、黄のテッペーキの所を目指しましょう。ガイドブックによると、パワータイプのこいつは絡め手が少なく、四天王の中で一番倒しやすいそうです」


 マジョリーシカは手元のガイドブックを見て、そう提案しました。

 このガイドブックは、来るべき魔王退治のため、今まで人間族が集めてきた情報の全てが書かれています。

 倒したこともないのに「一番倒しやすい」とか書かれているぐらいなので、信憑性は薄いです。

 しかし、何の指標もなく旅をするよりは、こうしてガイドがあった方が動きやすいのです。


「どうですか、皆さん!」

「儂は構わんぞ。確実な所から攻めていくのは商売の定石でもある。なぁ、貴様らもそう思うじゃろ?」


 ゴンゾウがそう言うと、周囲はみんな頷きました。

 実はこれまでの道中、ゴンゾウの提案で皆でギャンブルを行ったのですが、その際に勇者たちのほとんどがゴンゾウに借金をするハメになったのです。

 ついでに、馬車を守る傭兵連中もです。

 尻の毛まで抜かれて鼻血も出ない状態で、ゴンゾウの言葉には頷くより他ありません。

 ゴンゾウは人をそういう状態に落とすのが得意なのです。


 あ、ギャンブルに参加しなかったジェラールとアマゾンと謎の老師は大丈夫です。

 マジョリーシカもゴンゾウのオヒキをやっていたので、懐がかなり暖かい状態です。

 このパーティは、完全にゴンゾウとマジョリーシカが手綱を握っていると言っても過言ではないでしょう。

 マジョリーシカの未来は、かなり明るくなってきましたね。


「ヒャアァ!」

「人間どもだぁ!」

「殺せぇ! 皆殺しにしろぉ!」


 と、そこで馬車の外がにわかに騒がしくなりました。

 ビビビという音と同時に、傭兵たちの断末魔も聞こえてきます。

 恐らく敵襲でしょう。


「何が……ああ!」


 なんということでしょう。

 マジョリーシカたちが外に出ると、傭兵が全滅していました。

 実に哀れ、彼らにも家族がいたでしょうに。

 でも、金で雇われた連中なんてこんなものです。


「ば、馬鹿な……国で一番高い傭兵が……」


 でもゴンゾウは完全に恐れおののいてしまいました。

 傭兵はドワースレ王国で一番賃金の高い連中でした。

 それがやられたとなると、ゴンゾウ的には相手が強大すぎてもうどうしていいかわかりません。

 ゴンゾウは金で解決できない問題には弱いのです。


「な、なんて数……!」


 そして、マジョリーシカもまた恐れ慄いています。

 なにしろ、馬車の周囲には完全武装の兵士がズラッと並んでいたのですから。

 その数は、恐らく五桁にのぼるでしょう。

 10000人です。

 もちろんビビリきったマジョリーシカの目にそう写っているだけで、実数はせいぜい50人ぐらいです。

 それでも十分すぎる程に脅威ですが。


「あわわ……」


 マジョリーシカとゴンゾウはあわくって逃げ出そうとします。

 しかし、包囲されているので、それも敵いません。


「くくく、我らは魔王軍偵察隊!」

「魔族の領域に入ってきた有象無象を狩るのが仕事よ……」

「さぁ、我が魔王軍の領地の肥料となって、お腹をすかせた子供たちの笑顔の元となるがいい!」


 そう言う彼らの武装は、重そうな全身鎧にバックラー。

 手はレーザー銃っぽいものを持っています。飛び道具です。

 そんなのが50人も整列している姿は壮観かつ威圧的で、ゴンゾウさんなんてすでに媚びへつらった笑みを浮かべながらサイフを取り出しています。

 金は命よりも重いと豪語するゴンゾウさんですが、いざとなればこんなもんです。


「ウホ」

「おお、ジェラール!」

「ジェラールさん!」


 でもマジョリーシカたちには心強い味方がいます。

 そう、勇者ジェラールとその他4人の勇者たちです。

 あとボボンゴル族のシャーマンと謎の老師もいます。

 百人力です。


「なんだこいつらは……」

「ゴリラだよ」

「ゴリラがいる……」

「すげぇ! 初めて見た!」


 その異様なメンツに、偵察隊の方々は恐れおののきました。

 ゴリラをこんな間近で見たのは初めてで、興奮している隊員もいます。

 きっと、お家に帰ったら息子や娘に自慢するのでしょう。

 10年後の酒の席で「俺、戦争ではゴリラと戦ったんだぜ」とのたまい、与太話と笑われる未来が目に浮かびます。


「戦うのか?」

「でもゴリラだぞ」

「ゴリラには勝てないよ……」


 しかしゴリラです。

 彼らもゴリラの強さはよく知っています。

 小さい頃はキングコングとかよく見ていましたからね。


 彼らの持つレーザー銃は一撃で人間を消滅させる威力を持ちますが、これは程度の低い相手にしか効きません。

 あるいはガタガタと震えてサイフを差し出している魔術師と小汚いおっさんには効くかもしれませんが、ゴリラには効かないでしょう。


「勝てないな!」

「死にたくない!」

「無駄死にはごめんだ!」


 魔族はとてつもなく賢いと評判の種族です。

 手元のレーザー銃をぶっ放せばゴリラは暴れ狂い、自分たちが全滅することは必至だと、すぐに理解できました。


「え? じゃあ、どうすんの?」

「どうするって……」

「勝手に動いたら勝手に判断するなって怒られるし」


 でも、彼らは一兵卒。

 戦うか引くかを決める権限は持っていません。

 指示待ち兵士なのです。


「落ち着け、我らには隊長がいる!」

「そうだ! 隊長だ!」

「隊長がいらっしゃる!」


 と、そこで兵士の列が割れました。

 割れた人混みをモーセのように歩いてくるのは、他の面々とあまり代わり映えのしない装備の兵士です。

 ただ、兜には大きい文字で「隊長」と書いてあります。

 他人のと間違えないように自分のものに名前を書く……隊長の子供の頃からの癖です。

 そして、彼の目には何やら半透明の板がついていました。


「おおっと、隊長のお出ましだ!」

「お前ら恐れおののけよ! 隊長は魔王軍の中でも屈指に頭がいいと評判のお方だ!」


 とてつもなく賢いと評判の種族の中でも、特に屈指の頭の良さ。

 そう、隊長はインテリエリートなのです。

 この包囲戦術も彼が考えたのです。

 全員で国境付近を偵察して、発見したら全戦力をつぎ込む。

 もしその間に別のルートから敵が入ってきたら、他の連中に任せる。

 手柄を他人に与えても良いと考えられる人じゃないと、考えられない作戦です。

 ゆえに部下たちはみんな隊長を尊敬していました。

 マジパネェっす。


「ククク……私が魔王軍偵察隊の隊長だ」


 隊長はそう言うと、己の目につけた半透明の板のスイッチを入れました。

 詳しい名称は言えませんが、相手の戦闘力を計測できる奴です。

 数があまりないのと使い所が難しいため、隊長だけが装備しています。


 スイッチを入れるだけなのに使い所が難しいってどゆこと?

 と、素人はよく疑問に思います。

 でも難しいのです。

 というのも、魔王軍ではコレが持てることは一種のステータスとされています。

 持っているだけで注目の的です。

 ただ、合コンなどで「あれあれ、つけっぱだったか~、いつも仕事でつけてるからさ~」とかやると嫌われます。

 使い所がが難しいアイテムなのです。


「ククク……うおっ!?」


 と、計測中だった隊長のアレがボンと音を立てて壊れました。

 どうやら、出た数値が想定以上のものだったため、壊れたようです。

 それもこれも、ジェラールの器の大きさゆえのことでしょう。


「隊長! 大丈夫ですか!?」

「隊長!」「隊長!」

「爆発するなんて、開発部に文句言わないと!」


 顔を抑えて悶絶する隊長に、隊員たちが駆け寄ります。

 隊長は慕われているのです。

 どんな理不尽な命令が下っても、決して部下に無理をさせない。

 かといって頑張るべき所では一緒に無理をしてくれる。

 そんな隊長が、皆大好きなのです。


「てめぇら、よくも隊長を!」

「ゆるさねえ!」


 隊長をやられた隊員たちが憤りますが、完全に逆恨みです。

 開発部を許さないべきです。


「落ち着けお前たち!」

「ハッ!」「ハッ!」「ハッ!」


 しかし、隊長はまだ生きています。

 道理を弁えた隊長は、きっと開発部も笑ってゆるしてしまうことでしょう。

 そんな所が人気なのです。


「どうやら、こいつらは俺たちが敵う相手ではないようだ」

「隊長……!?」

「と、おっしゃいますと?」


 隊長は周囲を見渡した上で、宣言しました。

 とても男らしく。


「我らの任務は偵察だ! ここは一時撤退し、偵察の結果を黄のテッペーキ様に報告する!」

「おお!」「さすが隊長!」


 そうと決まれば彼らの行動は迅速でした。

 ポカンとするマジョリーシカたちを尻目に、あっという間に撤退してしまったのです。

 雲霞のごとく。


「何だったんでしょうか……」


 マジョリーシカの呟きが、虚しく天に響きました。

 しかし、この時はまさかあんなことになろうとは、彼女も思っていなかったのです。

 ほんと、まさかあんな事になろうとは……。



■ ■ ■ ■ ■



「ようやくたどり着きましたね……」


 その後、マジョリーシカたちは魔族の領域をスムーズに移動し、四天王の居城までやってきました。


「早かった……本当に早かった……」


 本当にスムーズでした。

 あの偵察隊の遭遇がウソだったかのように、何にも出会わず、戦闘もなく、それどころか道中の村で農家のおばさんに近道まで教えてもらえました。

 この世界には魔族はいても魔物的存在はいませんので、ほんと何の障害もありませんでした。

 え? これ罠じゃないの?

 って思うぐらい、スムーズでした。


「なのに、なんで誰もいないんですか!」


 そう、黄のテッペーキの居城には、誰もいなかったのです。

 黄のテッペーキはおろか、兵士すらもいません。

 宝物庫にも厨房にも武器庫にも宝物庫にも、何も残っていません。

 いたのはネズミぐらいです。

 見事にもぬけの空です。

 急なお引越しでもしたのでしょうか。


「ウホ」


 困惑するマジョリーシカの肩に、ジェラールの大きな手が乗ります。

 彼の瞳は深く、とてつもなく理知的な光をたたえていました。

 その瞳は、さながら「こんな所でグズグズしている時間はあるのか?」とでも言わんばかりです。


「そうですね。次の四天王の居城に向かいましょう!」


 マジョリーシカの言葉で、一行は次のお城へと向かうことにしました。


 ちなみに魔王軍には四人の四天王がいます。

 ガイドには以下のように書かれています。


 黄のテッペーキ。

 パワータイプで絡め手が少なく、状態異常が効くため四天王の中では最弱と呼ばれています。


 紫のクモリーナ。

 テッペーキとは逆にテクニカルタイプで絡め手が多く、状態異常を多く用いた行動をしてきますが、大技が無いため決定力に欠けます。


 茶のデルモッチ。

 テッペーキとクモリーナの良い所取りをしており、四天王最強との呼び名が高いです。


 宗伝唐茶(そうでんからちゃ)のチェブラーシカ。

 細かな気配りの出来る人柄の良い人物で、四天王のリーダー的な存在です。よく掃除当番を代わってくれたりするので、デルモッチも彼には頭が上がりません。


 パッとしない色合いの4人ですが、それぞれ独自に軍団を持ち、次々と人間の国を滅ぼしています。

 とても優秀で、今までに3ケタに登ろうかという国々が滅んでいます。


「嫌な予感がします……恐らく、クモリーナの居城には想像を絶する罠が張られているに違いありません。クモだけに」


 マジョリーシカの予感は当たり……ませんでした。

 なんと、クモリーナの居城はもぬけの空だったのです。


「そんな……これじゃもう魔王城が目の前じゃないですか……」


 クモリーナの居城だけではありません、デルモッチの居城も、チェブラーシカの居城もです。

 もちろん宝物庫も空でした。

 手ぶらで魔王城の目の前まで到達できてしまいました。

 これでは、魔王討伐にかこつけて私財を肥やそうとした計画が丸つぶれです。


「よし、ひとまず、今のうちに人間軍に連絡して、四天王の城を取ってもらいましょう」


 マジョリーシカは即座に切り替え、そう提案しました。

 そう、今がチャンスです。

 今なら人間の軍隊が居城をあっさりと陥落することが出来るでしょう。

 マジョリーシカはそういう狡っ辛い悪知恵が回るタイプの女なのです。


「しかし、一体誰に情報を届けさせるというのだ?」


 ゴンゾウの問いに、マジョリーシカは悩みました。


 まずジェラール。

 彼は除外でしょう。

 恐らくこの先、魔王城へと乗り込むことになります。

 そうなると彼の戦力は欠かせませんし、ドワースレ王国の勇者が魔王にトドメを刺さないと、マジョリーシカが王様にドヤされます。


 アマゾンも除外です。

 なにせジェラールの言葉がわかるのは、彼だけなのですから。


 ゴンゾウ。

 彼も除外でしょう。

 戦闘力はありませんし、もし道中で魔王軍に襲われれば、簡単に寝返ってしまうでしょう。

 金で裏切る男です。信用できません。


 謎の老師……彼はいいかもしれません。

 普段は物陰でうんうんと満足気に頷いているだけですが、その物腰からかなりの実力を感じます。

 恐らく名のある老師なのでしょう。

 まったくしゃべりませんが、手紙を届けるぐらいは出来るはずです。


 勇者ガッデム。

 彼はダメです。最近わかったことですが、彼は馬鹿で方向音痴です。

 まず迷うでしょう。


 勇者モウメーダメ。

 何か凄そうな彼は、魔王との戦いにぜひとも連れて行きたい所です。


 勇者ホリーシト。

 彼自身は大したことはありませんが、その聖剣は半端なく凄いので、できれば魔王との戦いに参加してもらいたい所です。


 勇者アカンテ。

 彼もいいかもしれません。

 かなりの達人なのでしょうが、もうおじーちゃんですし、たまに「婆さんや、飯はまだかね?」とボケたことも言います。

 でも手紙を届けるぐらいはできるはずです。


 マジョリーシカ的に魔王を倒した時にいる勇者の数は、出来るだけ少ない方がベターです。

 少なすぎて倒せないと元も子もないのが歯がゆい所ですが、そこはマジョリーシカのこと、ギャンブル性の高い方に賭けます。


「謎の老師か、アカンテさんのどちらかでしょうね」


 マジョリーシカ的には、両方にいってもらっても構いません。

 勇者アカンテが徘徊老人になってもらっても困りますし。

 謎の老師は基本的に頷いているだけなので、いてもいなくても困りませんし。

 ていうか、両方にいってもらった方がいいでしょう。


「いえ、やっぱり、お二人で行ってもらいましょう!」

「フフフフフ」


 マジョリーシカがていよく二人を国に戻そうとした所で、アカンテが笑い始めました。

 ボケ老人特有の笑みでしょうか。

 いいえ、どうやら違うようです。

 彼は謎の老師を見ながら、不気味な笑みをたたえています。


「ゲンローインよ、ようやく決着をつける時が来たようだな」


 すると、謎の老師の眉毛に覆われた目がカッと開きました。


「お主……何者じゃ!」


 反応した所を見ると、謎の老師の名前はゲンローインのようです。


「ククク。これを見てもまだわからんか」


 アカンテが懐からゲートボールクラブの会員証を取り出しました。

 ゲンローインが顔を近づけたり遠ざけたりしつつ、その会員証を見ます。

 老眼なのです。

 しかし、会員証に書いてある内容を読んだ時、ゲンローインの眉毛に覆われた目がカッと開きました


「お主、ボケロージンか! おのれ、髪が無くなっておったせいで気づかんかったわ!」


 どうやらアカンテと謎の老師は因縁浅からぬ関係だったようです。

 メッチャ鋭い眼光が火花を散らしています。

 マジョリーシカ的にはボケ老人同士がシナジーを起こしているだけにしか見えませんけどね。


 あと、アカンテの本名はボケロージンというらしいです。

 ネームイズボディですね。


「貴様……なぜ勇者を名乗り、皆を騙した!」

「決まっておろう! 牙を研ぎ澄ませておったのよ。全ては貴様を葬り去るために!」

「なんじゃと!?」

「そして儂こそが芸斗瀑流最強の使い手だと証明するのよ!」

「なんじゃと!?」


 ゲンローイン、耳が遠くてよく聞こえません。


「……どういうことじゃ!」

「フン、貴様の姿を見てからというもの、この機会をずっと待っておったのよ。貴様と二人きりになるこの瞬間をなぁ!」


 ボケロージン、やっぱりボケているようです。

 まだ二人っきりじゃありませんからね。

 どうやら、マジョリーシカに二人で行ってくれと言われた時、魂が未来に飛んでしまったようです。

 もちろん周囲はそんなことはわかりません。

 ポカンと見つめるばかりです。


「そして儂こそが芸斗瀑流最強の使い手だと証明するのよ!」


 ボケているので二度言いました。

 でも、謎の老師も二度言われたことで、ようやくボケロージンが何を言いたいのかわかったようで、「あ、そういうことか」って顔をしています。

 ボケ老人同士のシナジーというやつですね。


「ぬぅ……こうなれば仕方あるまい……」

「行くぞ、奇エエェェェェェ!」

「喝アアアァァァァ!」


 老人二人が怪鳥のような雄叫びを上げ、怪鳥のようなポーズで飛び上がり、怪鳥のような飛び蹴りを放ちました。

 中空で交差する二人。

 ビキィ!

 と、嫌な音が響き渡ります。


「……」

「……」


 二人が同時に着地。

 勝負は互角かと思われました。


「うぅ」


 しかし、ゲンローインがうめき声を上げてへたり込みました。

 ボケロージンのキックが急所に直撃したのでしょうか。


「こ……腰が……」


 違います。どうやら腰をやってしまったようです。

 脂汗を浮かべながら腰を抑え、地面に倒れます。

 いい年なのに、準備運動もせずに跳躍からの鋭い蹴りを放つからです。


「……」


 対するボケロージンはというと、動きを止めています。

 何が起こったのでしょうか、微動だにしません。

 と、思ったらドサりと音を立てて倒れました。


「おい、じいさん、大丈夫か……?」


 勇者ガッデムが心配気に彼を覗き込みます。

 そして彼は見ました。

 白目を向き、口から泡を吐き、息を止めてしまっているボケロージンの姿を。


「お、おい、息をしていないぞ!」

「えっ!?」


 皆が心配そうに近寄ります。

 ボケた老人といえども、ここまで一緒に旅をしてきた仲、心配ぐらいはします。

 マジョリーシカが彼の腕を取り、脈をとりました。


「そ、そんな……死んでる!」


 なんということでしょう。

 ボケロージンはいきなり激しい運動をしたせいで、脳溢血か何かで死んでしまったのです。


「そんな……ウソだろ……爺さん……爺さぁぁぁぁん!」


 勇者ガッデムが叫びます。


 彼の脳裏に、ボケロージン……勇者アカンテとの思い出が蘇りました。

 最初に出会い……魔術師とはぐれ、迷子になって泣いていた時、偶然にもボケロージンが現れ、ホッホッホと笑いながらお手製の桜餅をくれたこと。

 試練の門で頭を悩ませていたら、お手製のおはぎをくれたこと。

 四天王を倒すべく旅をしていたら、お手製のおまんじゅうをくれたこと。

 四天王の居城を探索しながら、一緒にお手製のオニギリを食べたこと。

 そして、魔王を倒すまで一緒だよと馬車の中で約束した時のこと……。


 その約束が、そのこんな所で失われてしまうなんて。


「爺さん、あんたの仇、俺が取るぜ」


 悔しそうに涙を流すガッデム。

 経緯はともかく、感動的な場面です。

 そうです、この怒りは全て魔王にぶつければいいのです。


「許さねぇぞクソジジイ! ぶっ殺してやる!」

「ええっ!?」


 その言葉に、一連の出来事をボケッと眺めていたマジョリーシカはギョっとしました。

 でもよくよく考えて見ると、ゲンローインがボケロージンを倒したと言えなくもない光景でした。

 都合よく考えれば、ゲンローインが敵の手先だと考えられなくもないです。


 普通に考えればそんなはずはないのですが、勇者ガッデムは脳筋。

 ゲンローインとボケロージンの話なんて、よく聞いていなかったのでしょう。

 そして聞いていない部分を自分に都合よく解釈した結果、彼の中ではゲンローインは敵という結論が出たのです。

 彼は勇者である以前に、馬鹿なのです。


「ま、待ってください! ここで我々が争っては、魔王軍の思う壺です!」


 マジョリーシカがとっさにそう言いました。

 でも、本当にそんな気がします。

 四天王が姿を見せないのは、奴らのし掛けた罠に違いありません。

 マジョリーシカの中ではそういうことになりました。


「これは罠です! 私達を仲違いさせるための! だからほら、その怒りは魔王にぶつけましょう! ゲンローインさんは敵じゃないです! このコインをよく見てください、三つ数えたら貴方はここ一時間の出来事を全て忘れ、代わりに私に忠誠を誓った記憶ができます、ひとーつ、ふたーつ……」

「うるせぇ、俺はアカンテ爺さんに世話んなったんだ! 恩を仇で返せっかよ!」


 せめてゲンローインも勇者ガッデムにきびだんごぐらい上げていれば、こんなことにはならなかったはずです。

 でもゲンローインはうんうんと満足気に頷いていただけでした。

 何もしなければ、人はついてきてはくれないのです。


「さすが勇者、催眠術が効かないなんて……ええとですね、そもそも、こんな所で争ったら、魔王が……えっ?」


 止めようとするマジョリーシカを、一人の男が遮りました。

 黒くたくましい腕に、知性を持つ瞳。

 その表情には悲しみと同時に誇りが見え隠れしています。


「ウホ」


 ゴリラです。


「ウッホホ」


 訝しむマジョリーシカの前に、スッとアマゾンが出てきました。


「仕方ない。彼は道を分かってしまったのだ。

 こうなれば、もはや戦うよりほかに道は無い。

 これは仲間割れかもしれない。

 だが、人間が誇りを貫こうとすれば、いつかはこうなるのだ。

 そして、私はそれを良しとする。

 誇りとは、人間が生きる上で何より大事にしなければならないものだからだ。

 例えどれだけ飢えたとしても、悪に染まったとしても、人は誇りだけは捨ててはならないのだ」


 今日もアマゾンの翻訳が冴え渡ります。

 マジョリーシカは、ウッホホという一言にそんな多くの意味が込められているのかと疑問に思いました。

 しかし彼はボボンゴル族のシャーマン。

 ボボンゴル族は嘘をつきません。

 本当のことなのです。


「ジェラールさん……」


 誇りとは、人間が生きる上で何より大事にしなければならないもの。

 その言葉をゴリラが言ったことに、マジョリーシカはちょっとだけモヤっとしましたが、しかし心に深く染み入りました。

 あるいはそれは、ジェラールが裕福だからこそ出てきた言葉かもしれません。

 でも、ジェラールほどの男が、心の底からそうあるべきだと思っているのです。

 心を打たないはずがありません。


「ウホ」

「しかし、ゲンローインはすでに死に体……。

 戦うことなどできまい。

 私がやろう。彼の代わりに、勇者と戦おう」


 ジェラールはガッデムの前に立ちふさがりました。

 そして状態を大きく持ち上げ、そのハンマーのような拳で己の胸を叩きました。

 ドラミングです。

 地鳴りのような音が周囲に響き渡り、ガッデムが一歩後ろに下がります。

 ガッデムもゴリラが強いことぐらいは知っていましたが、これほど威圧感があるとは思っていませんでした。

 横幅は自分の2倍ぐらいあります。


「う……うう……」


 そして、その一瞬の恐怖が、勝負を決めました。


「ウホ」

「ぎゅぼっ!」


 勇者ガッデムは、ジェラールのラリアットで縦に3回転して地面に叩きつけられました。

 人間業ではありません。

 さしもの勇者ガッデムも、ゴリラの一撃を食らっては無事では済みません。

 一発で気絶してしまいました。


 しかしジェラールも有情の男。

 かなり手加減しています。本来なら上半身がちぎれ飛ぶ所ですからね。


「ウホ」


 ともあれ、ジェラールの勝利です。

 本来なら遺恨を残す所でしょうが、ガッデムは脳筋。

 脳筋は強い者に従うという習性を持っています。

 以後は、ガッデムもジェラールに逆らうことはないでしょう。

 ゲンローインの命は助かったのです。


 ついでに、マジョリーシカの回復魔法でボケロージンも一命をとりとめました。



■ ■ ■



 その後、再起不能となったゲンローイン、ボケロージン、ガッデムを連れて、モウメーダメとホリーシトが人間の国へと戻って行きました。

 四天王不在の情報も一緒です。

 彼らはきっと人間族と連携を取り、四天王の居城を攻め落としてくれるでしょう。

 マジョリーシカたちの勝利です。


 しかしマジョリーシカのパーティはかなり減ってしまいました。

 あれだけ屈強だった勇者ガッデムや、達人である勇者アカンテ、それどころかドワースレ王国から一緒だったゲンローインまでもがやられてしまいました。

 それもこれも、全ては魔王軍の卑劣な罠のせいです。

 少なくともマジョリーシカの中ではそうなっています。


 残ったパーティは4人。

 森の勇者ジェラール。

 小汚い金持ちゴンゾウ

 ボボンゴル族のシャーマン、人呼んでアマゾン。

 そして宮廷魔術師のマジョリーシカ。


 戦力としては、かなり心もとない感じです。

 しかし行かなければなりません。

 魔王を倒さなければ、世界に平和は訪れないのですから。


 四天王の居城を通過し、残るは魔王城のみ……。

 勇者の旅も終わりに近づいてきました。

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