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それぞれの夢

一般の家庭はだいたい何時くらいに夕食だろうか。

我が家に関しては親の帰宅時間に準じて平均20時くらいだ。今日は20時ちょうどにカレーが食卓に並べられた。


「それじゃあ、食べましょうか!」


母さんはそういっていつも通りの笑顔で手を合わせる。そして全員で声をそろえて、


「「「「いただきます」」」」

「っておいっ!?なんで説明する前にカレー食っちゃってんだよ!!」

「なんだ聡太、今日は中辛じゃなくて甘口が良かったのか?」

「ちっげぇよ!俺は古今未来中辛派だよ!そうじゃなくて!ミーシャのことまだ説明してないんだけど!?」

「ミーシャ?……あぁ、メールで言ってたこの女の子のことか。といってもどうせ、すぐに終わる話じゃないんだろ?」

「…まぁ…そうなるだろうけど…」

「だったらまずは腹を満たしてからだ。…うん、うまい」


そういって父さんは特に気にした様子もなく、カレーをどんどん口へと運んでいく。母さんに関しては、


「ミーシャちゃんの猫耳と尻尾、とっても可愛いわね~。ご飯食べ終わったら少し触ってもいいかしら?」

「は、はいっ!大丈夫ですっ!お母様のカレーもとっても美味しいですよ!」

「ふふっ、ありがとっ!喜んでもらえて良かったわ。おかわりはあるからね!」


といった具合で完全に打ち解けている。

……まぁ、ミーシャの印象は悪くないみたいだし、大事な話なのだからといって焦る必要はないだろうしな。今はカレーをいただくとしよう。

今日はいつもの食卓に満開の笑みが増えているので、ご飯の味がいつもより美味しく感じられた。


夕食の後片付けを済ませた俺は、改めてテーブルに着いて両親と対峙すると、隣に座るミーシャのことを、出会いから包み隠さずに話した。


「ふむ……つまり要約すると、ミーシャさんは未来から来たロボットで、いろいろな未来の道具を使えて、この家に居候としておいてほしい…ということか?」


父さんは至極真面目な顔つきでこちらに確認してくる。改めて言われると無理難題以外の何物でもないな…

それでも………俺は!


「あのな父さん!頭がおかしいこと言ってるのは分かってる!普通じゃどう考えてもあり得ない話ってことも分かってる!でも信じてほしい!俺は嘘はついてない!ミーシャのおかげで学校に遅刻せずに済んだし、母さんの弁当を食べることもできた!ロボットの証拠が欲しいなら見せる!道具だって見せる!ミーシャの為なら俺はベッドを貸してリビングで寝てだってしてやる!

だから!俺の子供のころからの夢を、叶えさせてほしい!空を自由に飛びたいんだ!胸が躍る冒険もしたいんだ!妄想の中でしか出来なかったことを……いっぱいしたいんだ!」

「………………夢……か…」


父さんはそう呟いて天井を仰ぐと、冷蔵庫からオレンジジュースをコップに注ぐ。そして再びテーブルについて少しだけそれに口につけると、いつもより数段低い声で言った。


「聡太、人間には叶えていい夢と叶えちゃいけない夢がある。例えば、一方的な見方だけでこの世から戦争を無くしちゃいけないし、人間が地球を破壊してるからって人間を根絶していいわけでも勿論ない。あるはずがない。

……仮に、お前がミーシャさんと色んな夢を叶えていく過程で、そういった『絶対に変えちゃいけないこと』を変えてしまうかもしれない。その時、お前は責任をとれるのか?」

「っ…………………」


言葉を返すことが出来なかった。ミーシャをロボットだと証明できる出来ないの話の次元じゃない。俺は、自分が踏み込むという意味を、何一つとして理解していなかった。責任なんて、とれるはずがない。死を持ってすら償いきれないことを引き起こしてしまうかもしれない。

………そう考え始めると、急に体に冷たいものが這い上がってくる。……自分で叶えられない夢なんてものは、やっぱりすぐに捨ててしまうべきなのだろうか…ミーシャと出会ったことは、駄目だったのだろうか…


「大丈夫ですよ、聡太さん。あなたが夢をあきらめる必要なんてありません。私がついていますから」


俺の右手が小さい両手にそっと握られる。はっと顔をあげると、隣にはミーシャが優しい笑みを浮かべていた。やがてその顔は毅然たるものとなって父さんに向けられる。


「私は未来から来たロボットです。この時代では不可能なことも沢山できます。ですが、絶対に変えちゃいけないことわりは必ず守ります。私は聡太さんの夢をかなえたい。私は、自分を必要としてくれる人の力になるのが夢なんです。

あなた達の大切な聡太さんと、聡太さんが信じてくれた私の夢を、信じてくれませんか?」

「ミーシャ……お前…」


思わず口から少女の名前がこぼれる。かける言葉がうまく見つからないが、代わりに俺はミーシャの手をしっかりと握り返した。


「父さん、俺はミーシャと叶えようとしている夢全てが叶えられるとは思っていない。そりゃあしちゃいけないことはあるだろうさ。それでも俺は知りたいんだ。沢山の新しい楽しみを、喜びを、夢の果てを」


父さんはしばらくこちらの瞳の奥を見つめていたが、やがて小さい嘆息とともに、オレンジジュースを飲み干した。


「ったく、自分な欲望に頑固なところは、誰に似たんだか……負けたよ聡太」

「!!っ…そ、それじゃあ!」

「好きなようにするといいさ。お前は世界を無理やり変えようと馬鹿なことを考える奴じゃないのは、父さんが一番知ってるよ。」

「……ありがとう、父さん」


父さんはミーシャのほうに向き直って手を差し出した。


「今からここは君の家だ。ミーシャ、これからも息子ともどもよろしくお願いできるかい?」

「っ!!こ、こちらこそ!よよよよろしくお願いします!」


ミーシャは涙目になりながらも、心の底から嬉しそうにその手を握り返した。

と、そこに母さんが父さんにわざとらしくしなだれかかりながら色っぽく笑った。年を感じさせないその表情は、父さんですらいまだにドキドキするらしい。


「もー、あなたったら勝手に決めちゃって、私の意見は~?」

「ここにいなかったのが悪い」

「むー、お風呂沸かしてたのよ!こうちゃんだからって生意気だっ!」

「子供の中では恥ずかしいから呼ぶなっていつも言ってんだろ。というか、俺の意見に不服なのか?」

「不服も何も無いわよ。だって…」


そういって母さんはミーシャのもとに歩み寄り、そのまま少女の体を抱き寄せた。


「こんな超絶可愛い猫系美少女だったら、議論の余地なく迎え入れるに決まってるじゃない!」

「あわわわっそ、聡太お母さま!こちらこそよろしくお願いします!」

「ふふっ…ママでいいわよ、ミーシャ。むしろママって呼んでちょうだい」

「わ、わかりました!…マ、ママッ!」


ミーシャが若干照れながらも母さんに向かってその単語を叫ぶと、呼ばれた本人は大きく目を見開いてその場に停止した。が、次の瞬間、


「っ~~~~可愛いいいいいいいいいいいっ!!」


母さんはソファまで吹っ飛んで悶えまくっていた。こんなに母さんが悶えたのも見るのは初めてだ。なんというか、ミーシャが一番気を付けなければいけない人は母さんな気がする。


「聡太、お前が赤ん坊だった頃も、母さんはあんなんだったんだぞ」

「………父さん、ああなった対処法は?」

「聖菜…んんっ…母さんは風呂に入れると大人しくなるな」


流石伊達に何十年も夫婦をやってるだけあって、父さんは母さんの扱いに長けているようだ。あえて父さんが母さんの名前を呼んでしまったことはスルーする。

と、母さんは俺たちが話しかけるより先にがばっとソファから跳ね起きてミーシャの手を握った。


「あ、そうだミーちゃん!一緒にお風呂入らない?私が隅々まできれいにしてあげるわ!」

「えっ!?あの、私は一人で洗えますにゃあああああああ!?」


人間は、愛の為になら何者にもなれる。

母さんはその場にいる全員反応速度を大きく凌駕した速さで、ミーシャを風呂場へと連れ去っていった。

あとに残された二人は、互いの顔を見て苦笑するしかなかった。


「父さん、一応ミーシャと未来の道具用意してたんだけど、見てみる?」

「いや……なんかもう、疲れたからいいよ」


こうして、可愛らしい猫耳と尻尾がついたちょっと変わった少女は、新しく家族として迎えられたのだった。






✜ ✜ ✜






風呂上がりにソファに腰かけ、ふと窓から夜空を見上げると、雲一つかかっていない満月が輝いていた。


「確か…あの日もこんな月だったな…」

「あら、あの子たちを見て思い出しちゃったのかしら?」


ギシッとソファに更なる重みがかかるのと同時に、横からすらりとした腕が自分の左腕に伸びて絡みついてくる。康介こうすけに預けられた女性の重量感は、強制的に幸せを感じてしまうほど心地よかった。

康介は、愛妻の頭をポンポンと触れてから再び窓の外に目を向けた。


「まぁ…………まさか………『家に未来からロボットがやってくるイベントが生涯に二度も起こる』とは思わなかったよ…」

「ふふっ…これも運命ってことかしら?」

「さぁな。聡太たちが危険なことに巻き込まれなきゃ、それでいいよ」

「あら?廃棄処分寸前だった私を、未来まで追っかけてきて血まみれで救ってくれたのは誰だったかしら?」


聖菜は意地悪そうな笑みを浮かべながら夫を見上げる。康介は余っている右手で頬を書きながら苦笑するしかなかった。


「いや、それはその……あの時は無我夢中で…」

「しかもあのタイミングで求婚プロポーズしてくるとは夢にも思わなかったわよ。台詞だって覚えてるんだから、『お前がロボットなんてことは関係ねぇしどうでもいい!俺は…」

「だああああああっ!もう止めろ止めろやめろ!」


自分の言ったことながら康介にとってあの時の台詞は、人生トップクラスで恥ずかしくて死にたいものなのだ。

急激に上がってしまった体温をようやく落ち着かせた康介は一つ咳払いをしてから息子とミーシャを思い浮かべる。


「………まぁ、多少の無茶は仕方ないか」

「えぇ、折角私が完全に人間になってまで産んだ子どもですもの。自分のやりことを気の済むまでやらせなきゃ!もちろん、これからはミーシャも含めて、ね?」

「分かってるよ。かつて俺たちが、そうやって夢を叶えてきたみたいにな……せいぜい俺たちは親らしく見守っていこうぜ」

「ふふっ…あの子たちの夢、最高の形で叶うといいわね」

「あぁ…きっと叶うだろうさ。あの子たちなら、必ず」


二人はそっと互いの手をとると、美しい月夜のもとで自分たちの思い出を幸せそうに語りあった。

そして二人は願った。自分たちが歩いてきた以上の物語を、大切な少年と少女が紡いでいけるように。




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