【15】みみっちい話をしましょう
こういう「エッセイ」の場においては、穏やかな話、愉快な話、
それからリッチな話、ホッとする話などが良いのだと知っています。
たぶんですけど。
でも私を逆さに振ったとしても、それらは出てきません。
入ってないものは出てこない、悲しい現実です。
というわけで私を逆さに振ったらどばっと出てくるのは
「みみっちい話」です。
「みみっちい話」をしたら、東日本で7位くらいには入れる、
そんな風格を持つ「みみっちい」ところが私にはあります。
かの大聖人、大沢たかお氏はこう言いました。
『エビフライはタルタルソースを食べるための棒』だと。
目からウ〇コが落ちました。
昨今の国産エビの値段を考えると、とんでもない富豪発言です。
趣旨はそうじゃないと思いますが、それは私の隣の貝塚に置いておくとして、
私にも、それがあるのです。
『食パンはバターを食べるための板』
『好きな食べ物は何ですか?』
嫌いな食べ物を聞くほうが100倍楽しいのに、わりと聞かれます。
私は全身に散らばっている社会性をかき集めて、
アイス、ケーキ、シャトレーゼで売ってるもの全部、
あとブルボンのお菓子です。
そんなふうに期待に寄り添って答えます。
でも、本当は違うのです。
それらも大好きですが、一番好きな食べ物は『バター』です。
でも言ったことはありません。
生まれて初めてここでカミングアウトをしました。
みみっちい話をするつもりが、壮大になってきました。
板チョコを銀紙を開けて齧っている人を見たら、
「脂質を齧ってるわぁ」と思うかもしれませんが
板チョコですからまあ、齧る人がいてもそれほどおかしくはありません。
でも、銀紙を開けてバターを齧っている人を見たら、
「バター?なんで?」と思う人が東日本で7万人くらい居ると思うのです。
200gのバターなんぞ、一気にいけます。
いってはダメそうだからいかない、それだけが私をこちら側に留めています。
スクランブルを作るのに、バターを取り出して銀紙を剥がす時が
至福のひとときです。
10gくらい包丁で切り、フライパンに入れる前に半分齧ります。
5g切れよ、毎回そう思いますが半分齧るために10g切ってんですよ。
ちょっとコクが半減したスクランブルになります。
でも私はバターを齧ったのでコクが増しています。全然OKですね。
本当は一気に 1/4 くらい齧ってみたい。
でも、今バター高いじゃないですか。
あと、50gもの塊のバターを齧ってる姿をあまり考えたくないといいますか。
私の中では特大のリッチ行為なのに、その姿がなんともアレ。
パン食べ放題のレストランで何が嬉しいって、バターも食べ放題なのですよね。
もしかしたら違うような気もしますが、パンさえ食べていれば、
バターを食べ放題しても職質はされないと思っています。
パンは全然食べたくないのですが、バターを食べたいので
致し方なく、パンを食べています。
社会性が大いにあるとこうなります。
しかも厚さ1cmに塗ったりしません。
涙を呑んでだいたい12gくらい、塗ります。
ちょっとだけ大きいひとかけらです。
社会性を失いたくないです。
バターは齧りたいけれど、社会の枠組から落ちたくはないのです。
あの箱のバターの銀紙がしわにならないうちに、
バターを食べ終えてみたい、それが私の小さな夢です。
嫌いな食べ物も聞いてください、パクチーと牡蠣ですが、
バターを塗っていない食パンも嫌いです。
ちょっとタイトル詐欺っぽくなりましたが、
詐欺ったものは皆さまの「胸焼け」だと思いますので
そんなに問題はなかったということでよろしいでしょうか。
どこのバターも大好きです。
バターに貴賎なし。
今冷蔵庫に居るのは森永のバターです。うまいです。




