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最果ての城の姫サーガ(テーマ曲つき)  作者: 貴島璃世
ランガル国異聞〜古の伝説
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18/21

都合の悪い事実

挿絵(By みてみん)

『伝説』→ ……故(ゆえ)に「真実はただ一つ」などという慣用句は戯言と思え。いくつもの真実が存在し、人を幻惑するのだ。ただ一つなのは、実際に起こった事である。観察者の主観を入れない事実のみ。だから……


†


 旅籠のドアが開く、意外に大きなギイッという音が、早朝のキンと張り詰めた空気に響いて消えていく。俺は寄りかかっていた壁から身体を起こした。


「あなたは嘘をついている」

「ん? なんだおまえか」


 老人の背中に投げつけた嘘という言葉。城の宿舎で、俺が一晩中考えて出した答えだ。


 この老人は嘘をついている。英雄なんかじゃない。この老人は……。


「ふむ。私が出てくるのを、そこでじっと待っていたと」

「そうです。早朝に出立されるとうかがっていたので」

「朝はまだ冷える季節なのに、ご苦労なことだ。しかし、嘘つきとは聞き捨てならんな」

「昨晩、あなたが俺たちに話したことは嘘だらけだ」


 腰に帯びた剣の柄に手をかけ、老人を睨む。相手は余裕の態度で、ゆったりそこに立っている。


「おまえがそんなくだらない疑念を抱くに至った経緯を話してみろ、ロルド」

「心が読めるのなら、わざわざ聞かなくても分かるのでは?」

「フッ。そう構えなくてもよい。おまえの言葉を聞くほうが面白い」


 いきなり殺されたりしないだろう。俺は肩の力を抜いた。


「魔物を封じるところを見せていただいたが、いろいろおかしな点がある」

「ふむ。それで?」

「現れたあなたの娘が言ったこと。そしてそのあとに出現した魔物らしき黒い影は、女の声で"愛しい人"と言った。それはあなたのことでしょう」

「ほう。あの声が聞こえたのはおまえが初めてだ。そうか……なるほど。続けろ」

「女の声に応えてあなたの唇がこう言った。"姫よ。今宵こそわが胸に来たれ"と。俺はこの目で見たんだよ」


 いきなりゾクッと背筋に戦慄が走った。思わずその場から飛び下がる。目の前の老人から放たれた禍々しい気配に、俺の無意識が瞬時に反応したのだ。


 この邪悪で悍ましい気配は、やはり英雄なんかじゃない。


「声には出さなかったはずだが、唇の動きを読んだのか」

「ええ。そうです」

「おまえを見くびっていたな。だが、それだけで私を嘘つきと断定するのは、いささか尚早だと云わざるを得まい」

「確かに。でも気付いたんです。そんな些細な疑問など吹き飛ぶような現象に」


 喋りながらジリッ、ジリッと老人の左へ回り込む。利き腕の外側に回り込めば攻撃されにくくなる。そんな作戦がこの老人に通用すればだが。


「現象だと? 面白い。言ってみろ」

「あなたは魔物を封じると言った。三百年の時を経て現れる魔物を封じると」

「ああそうだ。確かに言った。そしてそのとおりに……」

「それは違う」


 深呼吸をし、俺は腹に力を入れ、キッパリと言い放つ。


「あなたは封じたんじゃない。眠っていた魔物をあなたが目覚めさせたんだ」


 一瞬の静寂のあと、高らかに笑う声が響いた。その声に含まれている悪の気配に背筋が凍る。


「これはこれは、おかしなことを言う。言いがかりも甚だしいぞ」

「そんなことはない」

「論理的に立証してみせろ。私が魔物を呼び寄せたなどと、どうやったらそんなくだらない考えがその馬鹿な頭に浮かぶんだ」


 嫌な汗が全身から吹き出し、気持ちが悪かった。だが、ここで気圧されるわけにはいかない。俺は、へなへなと崩れそうになる膝に力を入れて踏ん張り、精一杯、虚勢を張ってみせる。


「俺たちが桜の木に到着した時、何も起きていなかった。不審な気配すらなかった。それなのに、あなたが奇妙な杖を地面に突き刺すと振動が始まって、それがだんだん大きくなって、魔物が現れた。発端はあなただ。順序が逆なんだよ。魔物の出現が先ではなく、あなたの行動が先にあって魔物が現れ、あの派手な封じ込め劇が始まったんだ。あらかじめ魔物を封じると言われていた俺たちは、先入観に騙されたんだ」

「おお。なかなか鋭い観察眼だ。そんな指摘をしたのはおまえだけだ」

「褒められても嬉しくない。あなたは英雄なんかじゃない。三千年生きているのという話が嘘じゃないなら、あなたはそんな長い永遠とも思える時間を、魔物を復活させるために捧げてきた、悪魔のような存在だ」


 嘘だという証拠を突きつけてみたものの、内心は恐ろしくてたまらず、膝が笑っている。剣を抜く構えを取っているものの、こんなに怖気付いていては、いざという瞬間に抜けるかどうか、はなはだ疑問だ。


「悪魔とは、随分な言われようだな」

「論理的に考えた結果だ」

「今日は一人なのか? あのケンとかいうお調子者はどうした」

「昨夜、あなたを相手に酒を飲み過ぎた。まだ宿舎で寝ているよ」

「ほう。そうか。悪魔を糾弾するのに一人で来るとは、いい度胸だ。それともただの愚か者なのか」


 ずいっと間合いを詰められ、構えていた剣を……抜けなかった。


 えっ!?

 剣がないっ!

 そんな馬鹿な……さっきまでしっかり柄を握っていたはずなのに。


 狼狽える俺に老人の声が……。


「お探しの物は、もしやこれか?」


 ハッと顔を上げた刹那、腹のど真ん中に焼け付くような衝撃が迸る。


「グハッ! 貴様……」

「ふん。他愛もない」


 柄まで通れとばかりに突き刺されたのは、ついさっきまで腰にあったはずの、自分の剣だった。


「やっぱりあんたは……」

「いや違う。英雄に無礼を働く狼藉者を成敗しただけだ」

「あんたは英雄なんかじゃ……俺が死んだら、あんたの嘘を事細かに記した書状が……国王に届く……手筈になって……いる」

「なんだと」

「嘘……だと……思うなら……俺の心を……読んでみろ」


 込み上げて来た鉄の味のする液体を吐き出し、俺はまた虚勢を張った。どうせもう助からない。死ぬ時ぐらいは、カッコつけたいじゃないか。


 俺が言ったことはハッタリではない。ケンのような軽い男ではなく、もっと信頼できる同僚に、国王宛ての手紙を託してあった。


「どうやら本当のようだな。しかしおまえのたわ言を誰が信じる?」

「な……なに」

「英雄の私と、一介の下っ端兵士に過ぎないおまえ。信頼性があるのはどちらだ。んん?」


 くっ……確かに……。


 くそ。

 くそくそくそくそおおぉっ!

 この悪魔の言うとおりだ!

 俺の死は無駄だった!


 ああ……意識がぼやけて……もう立っていられない。


 瞼が下がり、ガクンと膝が抜けて……。


「そら、返してやる」

「は?……え?」


 俺に向かって放られた剣がクルクルと回転し、胸に突き刺さる寸前で受け止めた。


 ニヤニヤ笑っている老人は、元の位置から動いていない。俺の腹にも剣で突き刺された穴は無かった。穴どころか、傷も無い様子で、どこも痛くない。


 何だ。

 何が起こったんだ?


「生意気な若造を、からかってみたくなってな。今のはすべて幻だ」

「き、貴様ああぁ!」

「大きな声を出すんじゃない。今は夜明けの時刻。まだ寝ている者も多かろう」

「くっ、くそぉ」


 馬鹿にしやがって。悪魔のくせに、妙に道徳的な説教をしやがる。


「おまえの勇気は認める。私に敵わぬことは分かったはずだ」

「そんなことは、最初から、わかってる」

「ふむ。ならば、初めからこの私を討ち取るつもりなど、なかったと言うのか?」

「ああ」


 殺せるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。この老人の企みに気付いた時から、そんな大それたことなど、無理だと悟っていた。


「では聞こう。何が望みだ。おまえの望みは何だ」

「真実が知りたい」


 俺のその言葉を聞いたとたんに、老人の顔から、それまでの馬鹿にするような表情が消えた。


「真実だと」

「そうだ。俺が見せられたのは何なのか、何が起きたのか、あの女は誰なのか、本当のことを知りたい」

「本当に起きたことイコール真実であると理解しているなら、おまえは間違っている」

「……あんたの言っている意味がわからん」


 だって真実は真実だろうが。

 嘘偽りのないただ一つの真実とか、よく言うじゃないか。


「おまえが言いたいのは“事実“だろう。実際に起きた出来事だ」

「同じだろうが」

「まったく違う。いいか、真実は立場や物の見方によって、人によって変わる。その者にとって真実でも、隣人にはそうではない場合もある。そうだな、例えば、おまえ好みの、胸も尻も豊かな、髪の長い女が酒場で働いていたとする」

「なっ! なんで俺の女の趣味を知って……」


 そうだ。

 そうだった。

 この爺さんは心が読めるんだ。

 畜生、プライバシーもへったくれもないのかよう。


「そこで酒を飲んでいたおまえは、一生懸命に口説こうとするだろう。違うか?」

「……違わない」

「だが、おまえの友人のケンは、幼い子どものような体型の女が趣味だ。有り体に言うなら幼女趣味だな」

「はっ?」


 それは……初耳だ。


 えっ。

 それってヤバい嗜好じゃねえか。

 あいつ危ない奴だったんだ。

 知らなかったぞ。


「おまえにとっては震いつきたくなるようないい女でも、ケンにとっては何の興味も湧かない存在。おまえの真実とケンの真実は違う」

「……なるほど」


 例えが卑近過ぎて萎える……が、まあ……言わんとしてることは理解した。


「それで? 事実を俺に教えてくれるんだな?」

「教えることなど何もない。言っただろう。おまえが見たことが事実だ。誰の主観も意見も入っていない、見たとおりの現象。だからして私の論評など事実の前には蛇足。無用のもの」

「それは……詭弁だ」

「そうだな。確かに詭弁だ」


 こ、この野郎……馬鹿にしやがって。


 無意識のうちに剣に手を掛け、ハッと気付いて力を抜いた。さっきのような痛い幻は二度とゴメンだ。


「好奇心は命取りとも言う。だが……そうだな、おまえに、お伽話をしてやる」

「そんなものは要らん。俺は事実を……」

「いいから聞け。誰にも語ったことのないお伽話だ。聞く価値はあろう」


 静かな語りかけるような声に俺は黙った。そういえば、いつの間にか、あの邪悪な禍々しい気配が老人から消えている。


「発端は夢だった。ある男の夢に……」

挿絵(By みてみん)

⭐︎テーマ曲MV

https://youtu.be/pDvinxapqCw?si=OdYrZdUd-cnndfcC


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